12 ジーク視点 彼女への負担

「アイナ嬢は、今回も一緒じゃないのか?」

「ブレーズ……」


 とあるお茶会でのこと。

 人が途切れたタイミングで声をかけてきたのは、幼い頃からの友人、ブレーズだ。

 僕とは同い年で、逆立った黒い髪に赤い瞳をしている。見た目や口調から、乱暴に見られたりもするそうだ。


「アイナは、こういう場があまり好きではないからね」

「だからって、このままじゃいられないだろ。……今はまだよくても、アイナ嬢やお前が悪く言われる可能性もある。不仲だと誤解される可能性もな」

「……」

 

 ブレーズは僕に近づき、声量を落とす。

 友人に指摘されたことについて、僕もわかってはいた。


 この国の「お茶会」は同年代の子供同士で親交を深める場だから、男女ともに異性を同伴させる必要はない。

 でも、予定さえ合えば婚約者と一緒に参加する人が多い。

 僕とアイナの場合は年齢が同じで居住区も近く、参加できない理由もないから、2年ものあいだ婚約者不在だと、色々と怪しまれる可能性が高い。

 アイナは単独で社交の場に出ることもほとんどないから、余計にだ。

 

 ブレーズの言うことはもっともだってわかってる。わかってるんだ。

 アイナのことを悪く言われるのは嫌だし、僕だって、彼女と一緒に参加したいと思う。

 でも……無理に引っ張り出すと、アイナにとって良くないなにかが起こるような気がしていた。


 黙り込んでしまった僕を見て、ブレーズが小さくため息をつく。気を取り直したようににっと笑うと、


「ジークベルトが大事にしてる婚約者さんのこと、俺もちゃんと知っておきたいんだけど」


 と軽く僕の肩を叩く。

 この友人は、僕とアイナのためにこうやって「お節介」をしているんだろう。


「……わかったよ。アイナと話してみる」


 そう返せば、「約束な」と言ってブレーズは去って行った。

 ブレーズは、隅で暇そうにしていた女の子の方へ向かっていく。

 彼にはまだ婚約者がおらず、お相手探しの真っ最中なのだ。




 そんなやりとりの後、僕の家でお茶会を開くことになった。

 ブレーズに指摘された件もあるし、シュナイフォード家主催の会にアイナがいないのもよくない。

 強制するようで悪いなと感じながらアイナにお茶会の話をしてみれば、参加すると言ってくれた。




 お茶会の日はすぐにやってきた。

 こういった場は苦手なはずなのに、アイナは笑顔を絶やさずに頑張ってくれた。

 喋りは僕がなんとかする。だから、君は君にできることからやってくれればいい。


 場が落ち着いた頃、一度アイナと離れた。

 僕は僕で話す人がいるし、アイナだってそうだろう。


 他の人と話したところ、僕らが並ぶ姿を見て安心したとか、やっぱり仲がいいとか、プラスの印象を与えることに成功したようだった。

 アイナ本人に対しても、可愛い、健気、色々なことを頑張る子……といった受け取り方をしてもらえたみたいだ。

 あまり表に出てこないことから、儚い感じを想像している人もいた。

 二人で並んだ効果は大きかった。アイナには悪いけど、これからも一緒に外に出てくれたら助かるな。

 そんな風に思いながら、女の子たちに囲まれる彼女の様子を確認する。

 笑顔を保っているけれど、もうかなり疲れているのがわかる。

 助けに行こうかと思っていたら、アイナの友人のリディが動いてくれて、会場を抜ける2人にオルマリアがついていって……。

 なにかが起こる気配を感じたから、僕も彼女たちを追った。


 結果、僕が思っていた通りのことが起きた。

 本当なら僕からオルマリアに圧力をかけておきたかったけど、壁に埋まりたがる姿が気の毒で何も言えなかった。

 言い方はきついけど、まあ、悪い人ではないんだろう。

 オルマリアはオルマリアで、なりたい自分になれるといいなと思う。



***



 あのお茶会から一か月ほどが経つ。

 アイナが落ち込んでいる様子はない。

 落ち込んではいない、けど……あらゆることに全力で向き合い始め、明らかに無茶をしている。

 頑張りたいって気持ちは否定しない。でも、これじゃあ近いうちに倒れてしまう。

 もう少し休んだ方がいいと伝えても「大丈夫」「頑張りたい」と返されて……。

 僕もアイナの家族も、彼女のことを心配していた。




 ある日の午後、アイナから手紙が届いた。

 嫌な予感がして、急いで目を通す。

 そこには、アイナの字で風邪を引いてしまったと書かれていた。


 すぐに家を飛び出し、ラティウス邸に向かう。

 出発する前に顔を合わせた母上に事情を話せば、様子を見に行っていいと言われた。

 ただし、あまり長居はしないようにとも。僕まで風邪を引いてしまったら、アイナが気にするからだ。


 僕らの家は、馬車で気軽に行き来できる距離にある。

 ラティウス邸に到着した僕は、アイナの両親に突然の訪問を詫び、彼女に会わせて欲しいと頼み込む。

 今は控えた方が、と言われても、僕は引かなかった。

 王族男子の「お願い」に強制力があることは理解している。

 理解したうえで、アイナに会わせて欲しいと頼んでいるのだ。


 僕の「お願い」は聞き入れられ、アイナの部屋に通される。

 ようやく会うことの叶った彼女は、どこか苦しそうに眠っていた。

 起こすかとラティウス家の使用人に聞かれ、このままでいいと返す。

 自然に目覚めるのを待つことにして、ベッドの横に待機。

 ……流石に暇になってきたから、本を用意してもらって更に待機。

 

 1時間ぐらい経ったころ。


「アイナ、目が覚めたんだね」


 ぼうっとしながら瞼を持ち上げた彼女に、そう声をかける。


「調子はどうだい?」

「え、っと……まあまあ……?」

「それはよかった」

「……じゃなくて! どうしてここに?」


 思ったよりは元気そうで安心した。

 身体を起こそうとするアイナをベッドに戻し、君の様子を見に来たんだよと答える。

 アイナは僕の存在に驚いて、すっかり目が覚めたようだ。早く離れた方がいいと言い始めたから、わかってると返して素早く退散した。

 残されたアイナがぽかんとしているのがわかる。でも、あまりゆっくり話してもいられない。

 もう少し一緒にいようなんて考えたら、その気持ちに負け続けて更に長居する自信がある。




 馬車に乗る前に、ラティウス邸を見上げる。

 しばらく……といっても1週間程度だろうけど、アイナに会えないのが寂しかった。


 アイナが明らかな無茶をするようになったのは、あのお茶会の後からだ。

 僕が彼女を引っ張りだしたりしなければ、こんなことにならなかったのかもしれない。

 負担になってしまったかな、とか。無茶をしないようもっと見張っておくべきだったかな、とか。

 そんなことを考えてから、馬車に乗り込んだ。


 帰宅すると、僕の帰りを待っていた母上に怒られた。

 ラティウス家の人やアイナちゃんが気にしてしまうから、長居はするなと言ったでしょう、と。

 母上の言うとおりだ。反論の余地はない。

 大人しくお説教を受け、反省の姿勢を見せれば長々と叱られなくて済んだ。

 ただ――

 

「幼い頃から大好きだった婚約者への愛……。ああ、素敵ね……。あなたのお父様やおじいさまも愛情深い人で……」


 と違う方に話が転がってしまい、両親と祖父母のその手の話しを聞かされてちょっと辛かった。


 ちなみに、風邪はうつらなかった。

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