2 婚約者2人の読書会
「新刊が入ってる……!」
「ああ、それは一昨日入ったやつだね」
今は14時ちょっと過ぎ。
約束通りシュナイフォード家を訪れた私は、挨拶もそこそこに書庫へ向かった。
一応、ジークベルトが私を連れて行く形になっている。
婚約者とはいえ、私が勝手にお屋敷をふらふらすると、誰かに迷惑がかかったりもするのだ。
書庫に着いた私が最初に見に行く棚は決まっている。
最近になって作られた、新刊コーナーだ。
新しく入った本を一か所にまとめてもらえて、利用者の私は助かっている。
書庫から繋がる部屋に読書や勉強に使うスペースもあったりと、学校の図書室っぽさがすごい。
新刊の確認を終えたら、気になる本を手に取り始める。
シュナイフォード邸に滞在している間になるべく多くの本の内容を確認し、その中から借りて帰るものを選ぶのだ。
「よさそうなのはあったかい?」
ジークベルトが声をかけてきたから、
「うん。とりあえず、まずはこれとこれ」
なんて言いながら手に持っていた本を見せると、ジークベルトがそれを受け取った。
次に選んだ本も見せる。彼が受け取る。私が見せる。彼はまだ受け取る。見せる。のせる。見せる。のせる。
なんとなくそういう流れができてしまい、どんどん本を積み上げていく。
……積みあげた先が、婚約者の手の上だということも忘れて。
「アイナ……。一度どこかに置いてきていいかな……?」
「ご、ごめんなさい……」
気が付いたときには、ジークベルトは大量の本を抱えて腕をぷるぷるさせていた。
男性とはいえ、彼はまだ12歳。この時点では、女性の私と腕力も大きく違わないだろう。
加えて、この人は王族の男子。
婚約者だとしても、身分は彼の方が上だ。
ジークベルトがこんなことで私を罪に問うとも思えないけど、立場とか抜きに申し訳ないからもうちょっと気を付けよう。
ジークベルトに持たせていた本の半分ぐらいを自分で持ち直し、読書スペースへ向かう。
書庫はちょっと暗くてひんやりしていたけれど、こちらは明るく暖かい。
しっかりと電気がついているのだ。
私がアイナとして誕生したこの世界は、それなりに発展していた。
日本にあったものすべてが存在するわけではないけれど、電気や水道は通っている。
電球も存在しており、貴族の家には普及していた。
だから私たちが明かりに困ることはない。
それでも、不便さを全く感じないと言えば嘘になる。
前世では普通にスマートフォンを使っていた身だから、なんであれやそれがないんだ……と感じることもあったり。
それでも、慣れてしまえばなんとかなるレベルでよかったと思う。
***
視界の端で何かが動いている。なんだろう、これ。
本からそちらへ意識を動かすと、動く何かの正体がわかった。ジークベルトの手だ。
アイナ、と私の名前を呼んでもいた。
「ジーク……?」
「あ、気が付いてくれたね。そろそろ帰る時間だから、貸出用の本を選び始めた方がいいと思うよ」
「え、もうそんな時間?」
「うん、2時間近く経ったかな」
「そっか……。集中してるとあっという間だね」
時間ってすぐに過ぎちゃうから困るよね、とジークベルトに笑いかけてみる。
私は座っていて、彼は立っているからこちらが見上げる形だ。
私の言葉と笑顔を受け、ジークベルトは「そうだね……」となんともいえない顔をしていた。
持ち出したい本を選び、それだけを机に置く。
他のものは、シュナイフォード家の使用人に片づけてもらった。
頑張って厳選したけれど、机の上には4冊の本が残っている。
「……ねえ、ジーク。やっぱり3冊までじゃなきゃダメ?」
「うん。他の家の人に貸していいのは3冊までって決まってるんだ」
「図書館みたい……」
「ごめんね、決まりだから。……シュナイフォード家の人ならそんな制限はつかないんだけどね」
「じゃあ、例えば……。クラウス様は何冊でもよかったりするの?」
「……そうなるね」
「いいなあ……」
クラウス様はジークベルトのお父さんの弟の長男……つまりは彼の従兄だ。
シュナイフォード家の人なら貸出数の制限なしって、私としてはすごく羨ましい。
10冊とか一気に借りて行けたら、移動時間やお互いのスケジュールを気にせずひたすら自宅で読み進めるんだけどなあ。
もっと遅くまでシュナイフォード邸にいられればまた違うのだけど、私たちはまだ12歳。
この国の成人年齢は17だから、この世界でも12歳は子供なのだ。
遅くとも夕ご飯の前には解散するよう、両家の親に言いつけられている。
これじゃあ読む時間が足りないと話したら、貸し出しも可能だとジークベルトが教えてくれた。
ただ、貸出数に制限があるとかで、一度に3冊までしか借りることができない。
「関連を考えたらこの2冊で、違う分野のものにしたいならこれとこれ……。1枠は小説にしたいけど、これをやめればあとの3冊全部いける……。でも、物語も好きだし……」
「そろそろ決めて帰らないと、またご家族を心配させてしまうよ」
「も、もうちょっとだけ悩ませて……!」
「じゃあ僕が決めよう。……この3冊」
ジークベルトは、近くの本から順番に指さしていく。
その3冊には小説も含まれていた。
「……理由は?」
隣に立つジークベルトの顔を見る。
私の視線を受け、彼は、
「僕の近くにあったから」
と微笑んだ。
「それじゃあアイナ、またおいで」
「うん。また来るね」
ジークベルトに見送られ、彼が選んだ本を持って馬車に乗り込む。
かなり雑な理由でこの3冊に決まったけれど、特に不満はない。
馬車が動き出してからも、やっぱりあっちにすればよかったとは思わなかった。
私だけで考えていたらしばらく決まらなかっただろうし、読みたい気持ちがあるのなら、次の機会に借りればいいのだ。
「気軽に出入りさせてくれてありがとう、ジーク……」
思わずこぼれた、婚約者への感謝の言葉。
既に動き出した馬車の中でのことだったから、当然、ジークベルトには届いていない。
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