12歳
1 そうすれば、きっと世界は広がるから
前世の記憶を取り戻してから2年が経ち、私、アイナは12歳になった。
今もラティウス公爵家の娘として生活しているし、ジークベルトとの婚約もそのままになっている。
12歳足す18歳で……30歳?
いや、そこは単純計算していいところではないと思う。
私は10代だ。誰がなんと言おうと10代なのだ。
そもそも、前世の記憶があるなんて誰にも話していないから、そんなことを言われたりはしないのだけど。
この2年間、自分がどうしたいのか、どうしたら気持ちが落ち着くのか考えた。
でも、答えはまだ出ていない。
道としては、大まかに2つあると思う。
公爵家に残り、ジークベルトと結婚。
家を出て、婚約も解消。ジークベルトには他の人と幸せになってもらう。
このどちらかになると思うんだけど……。
「ラティウス家にはお兄様がいるし、ジークだって、次の婚約者はすぐに見つかる……」
14歳の兄、アルト・ラティウスはシスコンの気があるけれど基本は優秀で社交的。婚約者との仲も良好。
公爵家の跡取りとしての自覚もある。
私がいなくたって、ラティウス家はこれからも続いていく。
ジークベルトだって、婚約者不在になれば新たな縁談はいくらでも飛び込んでくるだろう。
私のせいで家が断絶してしまうとか、ジークベルトを孤独にしてしまうとか、そんなことにはならないのだ。
けれど、何も決められない。
家や国に貢献する気もないのに公爵家に居座り続け、ジークベルトのことも身勝手にキープしているように思えて、我ながら嫌な女だと思う。
一応、どういう場合に婚約が解消できるのか調べたりもした。
ただの口約束じゃなくて正式なものだから、簡単にはいかないみたいだ。
でも、お互いに全く気持ちがなくて、他に好きな人でもいれば婚約解消のきっかけにはなると思うんだけど――ジークベルトが女の子に興味を持つ様子はない。
意図して距離を作っても無駄だったから、今は無理に拒んだりせず、普通に接している。
***
今日の私は、ジークベルトと一緒にお茶を楽しんでいた。
この小規模なお茶会の開催場所は、ラティウス邸の庭だ。
前世の記憶を取り戻してから気が付いたことだけど、この国の人たちは庭を使いたがる。
日本にだって、飲食店のテラス席、ピクニック、ガーデンパーティ等は存在していたものの、日本人よりも外が好きなように感じる。
それは貴族や王族も同じで、天候に恵まれた日は庭でお茶や食事を楽しむのだ。
「ずいぶん眠そうだね。あまり眠れていないのかい?」
目の前のジークベルトが、少し困ったように微笑んだ。
相変わらず美少女なのか可愛い男の子なのかよくわからない顔をしているけれど、彼も確実に成長している。
10歳の頃は私の方が背が高かったのに、今では同じくらいで、2人揃って150センチちょっと。
この勢いで成長し続けたら、数年後にはイケメンと呼ばれる人種になるのだろう。
「うん……」
うとうとしながらそう返すのが私。
元から寝不足だったところに、この柔らかな風と優しい日差し。
せっかく遊びに来てくれたジークベルトには申し訳ないのだけど、すごく眠い。
彼はそんな私を見て苦笑する。
前世の記憶を取り戻したばかりの頃はよそよそしい態度を取ってしまったものの、2年も経てば慣れたもので。
気を抜きすぎて普通にあくびをしそうになり、頑張ってかみ殺した。
「この2年ぐらい、君は熱心に勉強してるけど……。なにか理由があるのかな」
「……この世界や国のことを、もっとよく知りたくて。知識の分だけ、自分の世界が広がるって思うから」
「……そっか」
自分が納得できる生き方を探すために、最初に行ったこと。
それは、この世界で勉強に励むことだった。
前世とやっていることが変わらないけれど、1番に思いついたのはこれだった。
公爵家の娘として生きてきた私は、この世界のことをよく知らない。
実感として知っているのは上流階級の暮らしだけだ。
どんな職業があって、どんな人がいて、どんな歴史や仕組みがあるのか……。
そういった知識を増やせば世界が広がって、きっと、自分が進む道だって見えてくる。
元々勉強が嫌いではなかった私は、すっかりのめり込んでしまっていた。
やるぞー! と思った私は家庭教師をつけての勉強にも励み、ラティウス家にある本もどんどん読み進めていった。
ある時、ジークベルトがシュナイフォード家の書庫に招待してくれて、最近では彼の家にも入り浸っている。
ラティウス家の蔵書だってかなりのものだけど、シュナイフォード家はそれ以上。
なんでも、ジークベルトの祖父にあたるアダルフレヒト様が熱心な読書家で、様々な分野の本を収集していたとか。
その名残で、今も蔵書が増え続けているそうだ。
ちなみに、孫の方は本の虫って感じでもない。
「……でもね、アイナ。ちゃんと寝ないと体に悪いよ」
「借りた本、早く読み切らなきゃと思って……」
「それで無理をしているようなら、貸出数を減らした方がいいかもしれないね」
「……睡眠を優先します」
「うん、是非そうして欲しい」
ジークベルトは基本的に穏やかな男の子だ。
でも、私が無茶をしていると思ったら、こうして釘を刺してきたりもする。
12歳――誕生日がまだだから正確には11歳――の男の子なのに、しっかりしているなあと思う。
睡眠を優先するという言葉を引き出して満足したのか、彼はカップを手に取り、紅茶を口にした。
私たちには紅茶好きという共通点があり、食事やお茶の時間、ちょっとした休憩のときにもどちらかの好みに合わせた紅茶を飲むようにしている。
本日のお茶は、目の前の彼がプレゼントしてくれたものだ。
イチゴの甘い香りに誘われて口をつければ、意外にも飲み口は爽やかで。
香りも味も私好みで、美味しい、と思った。
視線を感じて顔をあげると、彼と目があう。
にこにこといい笑顔をしていて、とても楽しそうだ。
「気に入ってもらえたかな?」
あなたが選んでくれたお茶はすごく私好みで、美味しいです。
……なんてこと、言葉にはできなくて小さく頷いた。
「喜んでもらえてよかった。この前よそのお茶会で飲んだとき、君が好きそうだと思って銘柄を教えてもらったんだ」
そんな私とは対照的に、ジークベルトは恥ずかしがる様子もなくさらっと言ってみせた。
私の好みを把握していて、にこやかに婚約者を観察し、小学生の男の子が言わないであろう台詞を平気で放つ。
これで12歳だっていうんだから、王族って怖い。
「それじゃあアイナ、僕はそろそろ失礼するよ。次は明後日、僕の家だったね」
「うん」
「……貸した本が読み終わらなくても、睡眠時間は削らないように」
「はい……」
数時間ほど滞在し、ジークベルトは馬車に乗って帰って行った。
彼が言った通り、次は明後日、シュナイフォード家の方で会う予定だ。
あの蔵書から本が選べると思うと、すごくわくわくする。
明日はマナーやダンスのレッスンがあるからちょっと気が重いけど、なんとか乗り越えたい。
色々済ませて身軽な状態で会いにいくから、待っててね。ジークベルト……の家の蔵書たち。
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