第18話

待ちに待った週末。俺は自室で違う世界へ翔ぶ為のボタンを押す

普段は節制しているエアコンも、まだまだ暑いこの時間だけは、最適な環境作りを手伝ってくれる


毎回プレイする度にワクワクしてしまうこのゲームだが、今回のワクワクはいつもよりも更に楽しみな感じだ。と言うのも、今回は事前にアキくんと連絡を取っていて、俺自身このゲームでは初のオンラインプレイをすることにしたのだ

自身が完全に反映されるこのCBW(チェンジボディーワールド)と言うゲームの世界で、他のプレイヤー達がどんな冒険を楽しんでいるのかがとても気になった事が今回のオンラインプレイのきっかけだ。それにアキくんとは前にも約束してあったし


そしていざオンラインの世界へと入り、約束していた“始まりの街”へと降り立った俺の目に飛び込んで来たのは、他のオンラインゲームとなんら変わりのない程のプレイヤー達でひしめく街の様子だった


サーバーもそれなりあったし、いくら始まりの街とは言えこれだけ賑わっているのなら、最初はすぐにクソゲー判定の煽りを受けていたこのゲームも、意外と息を吹き返してきているのかも知れない

俺は別に自身が楽しければそれでいいのだけれど、楽しさを共有できる人が多ければ多いほど、更に楽しいと感じる感覚も持ち合わせている為、このプレイヤーの多さは、以前読んだ記事から勝手に落ち目になると思った俺の予想に反し、俺は思いの外驚き、更に少し嬉しく感じるのだった


「アキくん入ったよ」

オフラインではこの街には来れないので、見るもの全てが新鮮で、少し街を眺めながらヘッドホンから伸びるマイクに語りかけると直ぐに反応が帰ってきた

「ノブ君ここだよ。赤い木の所」

言われて見てみれば、普通の木々のならぶ街路樹に、1つだけ赤い木が生えている

そこに近付くと、やはりこのゲームは意外な所で凄い物だと感心してしまう

俺もそうなのだから、考えて見れば分かるのだが、実際に目の当たりにすると実感してしまう。あの日あのときに会ったアキくんが、そのままそっくりそこに立っていたのだ




「うわー、凄い作り込みだよねこのゲーム。アキくんのまんまだよ」

「そういうノブ君はかなり変わったね。すっかり痩せちゃってるじゃないか」

「まだまだダイエット途中なんだけどね。あれからアキくんはステータス更新には行ったのかい?」

「いや、まだ一度も行ってないなぁ。1人で行くのもやっぱり勇気がいるし、更新して変わるほど何かした訳でもないからね」


なるほど、俺のように自分の肉体を変化させ、ステータス更新をすることでこのゲームを楽しんでいる人もいれば、アキくんのように初めからステータスが高ければ、さほどステータス更新には興味を示さず、純粋にこのゲームを楽しんでいる人もいるわけか

システムの割にかなり作りがしっかりしてるからなこのゲーム


「さてノブ君。今日はどうする?」

「実は俺まだオフラインの最初の街周辺から出て無くてさ、モンスターもゴブリンとオークしかまだ見てないんだよね」

「えぇ、そうなの?ノブ君はもっと進んでるものだと思ってたよ。それじゃぁ少しだけ僕が先輩だね。僕はオーガ辺りまでは倒したから」

「まじで?すげぇー。…………いや、その肉体なら有り得るか」

「どうしたの?」

「いや、なんでも………じゃあさ、俺もオーガと戦ってみたいから一緒に行こうよ」

「分かったよ。やっとノブ君と冒険ができて僕は嬉しいよ」


そう言ってアキくんは、俺と会うために分かりやすい私服スタイルから一変、全身を黒い鎧で纏い、背中には身の丈程もある巨大な斧を携えたバトルスタイルへと一瞬で変化する

唖然としてアキくんを見る俺

「どうしたの?ノブ君も早く装備変えて行こうよ」

鉄仮面で顔は見えていないが、何処か楽しげな口調で話すアキくん。ごめんよアキくん、俺既にバトルスタイルなんだよね………

方やいかにもファンタジーゲームの重騎士と言った風貌の強そうな戦士。その隣には何の武器も持たず、初心者用のレザーシリーズの軽装を身に纏ういかにもな一般人

………装備もそろそろ変えた方が良いのかも知れない。そんな事を思いながら俺はアキくんとオーガが出ると言う森へと向かうのだった





「だあぁぁぁ!!」

凄まじい程の速さで巨大な斧が縦に振り下ろされ、対峙していたオークの体を一刀の元に分断………はしてないけど、きっとこれがグロ系も取り入れられているゲームならば、今頃オークの体は見事に左右に分断され、その断面からは血肉が噴き上がる事間違い無しだろう


「アキくんの必殺技?凄い威力だね。オークを一撃で倒せるなんて」

「そうかい?なんだか照れるね。でもノブ君も凄いじゃないか、なんでそんな簡単にオークの攻撃を避けれるんだい?」

まぁオークの攻撃はゴブリンと比べるとかなり遅いからな。モーションも大きいし避けるのも簡単だ。当たり判定もかなり精密に作られてるみたいだし


「俺の武器はこの拳だからね。避けて避けて相手の懐に入っていないと攻撃を当てられないから結構必死さ」

距離を取れば、武器を持たない俺はたちまち不利になる。だから相手がどんなモンスターであろうと、俺に超接近戦以外の戦い方は残されていない


仮に武器を持っても俺の場合はかなり不器用であるから、剣を持った時のように今より攻撃力が下がる事は簡単に予想できる

それに………

俺はちらりと横を見ると、アキくんがオークからの反撃を貰っていた

しかしアキくんの鎧は見た目通りの頑強な性能なのか、さほどダメージを受けた様子もなく、返す刀、アキくんの場合は斧でオークを倒していく


攻撃力も防御力もかなりのハイレベル。アキくんがどれほどこのゲームに費やしたかは分からないけど、いくらなんでも終盤装備と言う訳でもないと思う

やはり先に進んで装備の見直しを考えたほうが良いのかも知れない


アキくんを見れば見るほど、今現在の自分がとても貧相に見えてきてしまい、やはり早く先の街へと進むべきかを検討していると森の奥から凄まじいまでの咆哮が聞こえてきた

《ガアァァァァァ!!》


「ノブ君!オーガが来るよ!」

「でかい……」

森の奥からやってきたのは先程の咆哮の主であるオーガ

その大きさもさることながら、発達した肥大な筋肉がその攻撃力と防御力を容易に想像させてくれる

見ればボス的な存在なのか、いつもは敵の頭上に出るHPバーが画面の最下部を使って大きく表示されていて、いかにも強敵だと言う存在な事がわかる

しかもHPバーも、赤色を通り越して紫色まで到達しており、横に小さな点が4つあることから、おそらくはHPバー5本分の体力があることが予想できる


「ノブ君!いくよ!」

「了解アキくん!」

未知なる強敵に少し興奮気味の初心者冒険者の俺と、隣に並び立つはいかにも強そうな重戦士であるアキくん

………………明らかに装備が足りてない感がある。アキくんはそんなこと言わないだろうけど、俺完全に場違いじゃね?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る