第11話

ですが………

伸之の帰りを待っていたのは、鬼の形相を浮かべた、伸之のお父さんでした

「伸之!お前一般人に向けて何をしている⁉」

「違うんです!伸之はただ私を守ろうと……」

「ナナちゃんは少し黙っていてくれ。これは神鷹家の問題なんだ。チカ、ナナちゃんを家まで送ってあげなさい」

「……………わかりました…」

「え、千花姉!伸之は悪くないの!悪いのはあの人達で……」

「ナナちゃん!……今日は大人しく帰りましょう。ほら、送るから」

「千花姉……」


何を言っても無駄だと言うことはその時に理解出来ました

そして私は言われるがままに家に帰ってしまったのです

今にして思えば、あの時必死に伸之のお父さんに訴えかけていれば、あんなことにはならなかったのかも知れませんが、それを痛感したのは3日後の事でした


学校を休んでいた伸之が心配になって家に行くと、前の日までは中に入ることが許されなかったのに、その日は千花姉に言われて中に入る事を許してくれました

そして3日ぶりに伸之に会ったのは2階にある伸之の部屋

伸之は体中に包帯を巻き、ベッドで上半身だけを起こしながら窓の外を眺めていました

千花姉は私を案内すると、スッと居なくなって、私達を2人きりにしてくれました


「………………」

「………………」

お互い何を言うわけでもない無言な時間

そのケガは?と聞く事もありません。一目見た瞬間こそ心配をしましたが、何があったのか?なんて聞かなくても分かっているからです

聞かれた所で伸之も辛いだけだと思いました


そんな無言の時間がしばらく経った後、最初に口を開いたのは伸之でした

「………怖い思いをさせて済まなかったな」

「…⁉そんな事ない!伸之は私を守ろうとしただけでしょ?」

伸之は私の方へと目も向けずに、窓の外をずっと眺めながらポツリポツリと話し始めました



「格闘家である親父の拳は痛かった」

「…………?」

「俺はさ、今まで空手を一度も[怖い]と思った事はなかったんだ。親父と稽古をしていても、たまにくる高校生、大学生とかを相手にしても、殴られたり蹴られたりしても[痛い]だけで[怖い]なんて思わなかった」

「……………」

口下手な伸之が、何かを伝えようとしている事を感じ取った私は、余計な口を挟まずにただ無言で、伸之の話しを聞き続けました


「それはなんでかって考えたら答えは簡単だった。親父も、高校生も大学生も、空手の稽古の時には相手を痛めつけよう、なんて思いながらやってる奴は一人も居なかったんだ。当然だよな?だって、空手の稽古なんだから。もちろん俺も同じさ。今まで色んな人達と組み手をしてきて、俺も相手も、[痛い]事はあっても[怖い]なんて事はなかった筈だ」


「だけどさ……この前の親父の拳……俺はその時に食らった親父の拳を初めて[怖い]と思ってしまった。何度も何度も叩きのめされて、今まで教わった空手の技術なんか何も通用しなくて、ただただ親父に殴られ続けた」


「後で千花姉から聞いたよ。俺達が警察から事情聴取を受けてる時に、あのキョウヤって奴だけは警察から逃げきれたらしくてさ、そのキョウヤって奴とその親が家に怒鳴り込んできて、この子が一方的に俺に殴られた。先に手を出したのはそちらだ。全身を打たれて酷いケガだ。後日弁護士を連れて顔をだすから覚悟しておけ。なんて事を一方的に怒鳴り散らして帰っていったらしい」


「だからかな…無抵抗の一般人を俺が痛めつけたと勘違いした親父が怒ったのは。当然弁解はしたんだけどね、頭に血がのぼっていた親父に俺の声は届かなかったよ………」

「………………………………」


「でもさ……一つだけ気付けた事もあってさ……怒りに狂って相手を殴ったんであればさ、俺も同じだなって……」

「それは……!」

流石にそれは違うと否定したかった私の声も待たずに伸之は続ける


「あの時の俺はさ、初めて相手を[痛めつけよう]と思って力を振るったんだ。小さい頃から鍛え続けてきた[空手]の力を、初めてただの[暴力]に使ってしまったんだよ」

「それで気付いたんだ。あの時の俺の行動は間違っていたのかなって?[痛めつけよう]として振るった[空手]の力で、相手に[怖い]と思わせていたのかなって?」


「鍛えた体で受けた親父の拳はさ、あまり痛くなかったんだ。だけどさ、[心]がとてつもなく痛かったんだ。苦しかったんだ。格闘家である親父の拳は相手の肉体も、精神も傷付ける事が出来るんだ。だとしたら俺は?俺も同じように相手の肉体と精神を傷付けていたのか?そう考えたらさ…………」


その時の伸之の言葉を思い出すと、私は今でも涙が止まらない


「俺……空手辞めるよ………」









その後、私が何を言っても伸之が反応してくれることもなく、伸之は既に暗くなってしまった窓の外をずっと眺めていた


後で千花姉に聞いたら、あの後警察に連れられたキョウヤくんが家に来て、千花姉と伸之のお父さんはその時に事情を全て理解したらしい

キョウヤくんの親も、キョウヤくんの証言だけで神鷹家に怒鳴り込んできてきたらしく、その時に一緒に菓子折りを持って、頭を下げに来たらしい


結局あの乱闘騒ぎで、キョウヤくんを含めたグループのほとんどが警察のお世話になったらしく、グループは事実上の解散


全てを理解した千花姉と伸之のお父さんは伸之に謝ったらしいけど、伸之はどこか上の空で話を聞いていたらしく、一度入ってしまった大きな亀裂は未だ修復出来ていないようだった


伸之のお父さんが私の家にも謝りに来た時があって

「ナナちゃんには怖い思いをさせて済まなかったね?話しを聞かなくて本当に申し訳なかった」

と、私達両親の前で頭を下げた伸之のお父さんは、やっぱり出来た大人だと感じた

だけど、だからこそ私は伸之のお父さんに対して怒っていた

「伸之言ってました。お父さんの拳が怖かったって。もう空手を辞めるって」


私の怒りを理解したのか、伸之のお父さんも私にはっきりとした口調で受け答えてくれました


「そうか、伸之がそんな事を………。だけどね、ナナちゃん?これだけは理解していて欲しい。[空手]は相手を[痛めつける][暴力]じゃないって事を。空手も暴力も殴る蹴るは一緒かも知れないけれど、そこに[心]が籠もっているかどうかが大切なんだ。要はどんな力であれ、使う人次第で、それが大切な者を守る為の盾にも、只の暴力にもなりうるんだ。だから格闘家は[力]と[技]を研磨しながら[心]も磨くんだ」


「だったら!だったらそれを伸之に伝えてあげればいいじゃないですか⁉おじさんの口から、伸之は悪くなかったって!おじさんの間違いだったって![空手]と[暴力]は使う人次第なんだって!そう伝えてあげたらいいじゃないですか!」

いきなり叫び声をあげた私に、両親はびっくりしていましたが、その場の空気を察知したのか、あんまりな物言いを伸之のお父さんに言い放つ私を咎めようとはしませんでした


「………………………………すまないナナちゃん………私には、それを言う資格が…もう、無いんだ………」

そう言って伸之のお父さんは頭を下げながら、私達の家の玄関で、涙を流してました


私はもう、それ以上何を言うわけでもありませんでした。きっと伸之にこのことを私が伝えた所で何も変わらないし、何よりそれが絶対にダメな事だと理解出来ます

きっと千花姉が言ってもダメでしょう。あの事はもう、当人である伸之と伸之のお父さんとでしか解決出来ない物なのです


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る