第10話

「大きくなったらノブユキのおよめさんになる」

まだ、無邪気に遊んでいた小さい頃の大切な記憶

「ばっ、ばかじゃねぇか⁉お、おれはおまえなんかとけっこんなんかしねぇよ」

顔を真っ赤にして叫ぶ伸之が可愛くて、何度もそんな話しをしていたあの頃


小さい時から家が近所で、親同士も仲が良かったからよく一緒に遊んでいた幼少期

5つ上の伸之のお姉さんとも仲良くしてもらっていたから、弟しかいない私にとって、千花姉は本当の姉のような存在だったんだ


伸之の家は代々空手道場を営んでいて、伸之ももちろん空手をやっていた

小さい頃からやっていて、同世代では伸之に敵う子なんていなかったからか[神童]なんて呼ばれてた

だけど私は知っている。伸之が只の天賦の才で強くなったんじゃないって事を

彼が誰よりも空手に打ち込み、誰よりも努力と言うものをしていたことを、私は側でずっと見てきたから


もし伸之に本当に才能があって、それこそ本当に[神童]であったのなら、あんなにボロボロになりながら、ひたむきに体を苛め抜かなくても良かったはず

彼には神鷹道場と言う空手道場の子に生まれながらにして、残念ながら才能と言うものは無かった。これは伸之のお父さんも陰ながら言っていた

だけど彼には一つだけ誰にも負けない特技があった。それは異常なまでの集中力


それこそ寝食を忘れて鍛錬に没頭する事もかなりあった。声を掛けたぐらいでは気付かない程に、彼は一つの事に集中する

そのたった一つの特技……いや、それこそが伸之の才能なのかも知れないそれが、伸之を神童と呼ばれるまでの存在に押し上げてくれた


でもそれは中学2年生の時までの話し。ある時、いつものように伸之と一緒に学校から帰っていたら、目の前に一人の男子生徒が現れて

「菜々。どうしてもダメなのか?」

「……キョウヤくん……。うん、昨日も言ったけど他に………す、好きな人がいるから」


私はどうやら結構モテるらしく、週に一度は告白されたりしていた。けれどその度に好きな人がいるから、と断り続けていたのに、目の前の男子は諦めきれなかったみたい

けれどよりによって伸之がいるときにまた現れるなんて。そう思い、若干の怒りが沸いてしまったのは事実です

だけどそれを察知したらしい伸之が前にでます。普段は何も気付かないくせに、そういう所だけは敏感に感じとる伸之が私は好きでした


「……おい、なんだか嫌がってるように見えるぞ?昨日断られたんだろ?それで今日は待ち伏せとかダサすぎんぞ?別に邪魔するわけじゃないが、今日はもう帰ったらどうだ?」

「なんだお前は?そういえばいつも菜々に付き纏っているな!お前こそ邪魔すんな!」

その時、キョウヤくんは何を思ったのか伸之に殴りかかりました


「いっ⁉…………⁉」

だけど一般人であるキョウヤくんと、大会で何度も優勝している伸之とでは力の差がありすぎます

彼もそれは当然のように分かっていたのか、殴りかかってきたキョウヤくんの拳を弾き飛ばし、キョウヤくんの目の前で伸之は拳を寸止めして止めました

そのスピードは私には見えなかったですが、対するキョウヤくんに与えた精神的な衝撃は計り知れない物だったのか、キョウヤくんはへなへなと崩れ落ち、あまつさえ失禁までしてしまってました


「よせ。ここで優しい顔を見せたらまた言い寄ってくるぞ?相手はいきなり殴りかかってきたクズだ。放っておけばいい」

崩れ落ちて呆然としているキョウヤくんに近寄ろうとするのを伸之が止めます

「でも……」

当然、相手が先に手を出したので擁護のしようもありませんが、そのままってわけにもいかないような……。そんな気がしている私をよそに

「おいお前。もし俺がお前の拳を避けて菜々に当たりでもしたらどうする?そんな事も考えれないからすぐ暴力に走ろうとするんだ。これに懲りたらもう菜々に迷惑かけんじゃねえぞ!分かったな?」

「は、はいぃ……」


キョウヤくんは呆然とした表情のまま情けない声を出し、私は伸之に手を引かれてそのまま何事もなく家路へとついた……けど

問題が発生したのは次の日でした

いつもの帰り道、普段通りに伸之と帰っていると

「またお前か?今日はなんだ?たくさんのお友達に見られながら告白でもするのか?」

昨日のように、再び姿を見せたキョウヤくん。ですが昨日と違う点が一つ、キョウヤくんは後ろにたくさんの不良達を引き連れていました


「つ⁉いい気になってんじゃねえぞお前!今日はお前に用があんだ!昨日は良くもやってくれたな?俺に手を出した事後悔させてやる!」

「?別に俺は手を出してないだろ?先に手を出してきたお前の突きを弾いてただ拳を目の前に付き出しただけだ。それだけで漏らしたのはお前だろう」

「く⁉うっせぇ!こんなやつやっちまえ!」


聞いたことがありました。キョウヤくんは暴走族のリーダーであるお兄さんがいて、その影響からかキョウヤくんも悪い人達と絡むようになって、最近では一つの不良グループをまとめているのだとか

だとすればいくら伸之だって……しかもこの人数です。五十人はいるでしょうか?街中なのにバットや鉄パイプ等を持つ人も見かけます

逃げよう。そう伸之に伝えようとした時でした

「つーかまえた!」

「きゃあ⁉」

「⁉菜々?」


背後から迫っていたらしいキョウヤくんの仲間の一人が、私に後ろから抱きつきました

一瞬の事で焦った私は暴れましたが、その時に捕まえた人の顔に、私の持っていた鞄が当たってしまいました

「っち!痛ぇじゃねえか⁉」

「あぅ⁉」

私はどうやらその人の怒りを買ってしまったらしく、パシンと言う音と共に、頬に衝撃が走りました


「がぁ⁉」

するとその後に続く私を捕まえてた人の声

振り返り見てみると、そこには私が見たことのない伸之の顔がありました

そこからは今でも信じられない光景が続きました

武器を持つ五十人を相手に、一人で挑む伸之は的確に相手を倒していき、気付けばその場に立っていたのは拳を血にまみれさせた伸之の姿ただ一人

その時の伸之の顔は今でも忘れる事は出来ません


その後、駆け付けた警察に連れて行かれた私達。私は事情を必死に説明しましたし、多分周囲で見ていた人達の証言もあってか、こちら側が被害者であるとの事は理解しているようでした


ですが………





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