第6話
俺は早くもソワソワしている
「おはよー。いよいよ今日だな?……あれ?ノブー?」
学校に着くなり席に座るが、なんなら今すぐにでも帰りたい。何故なら今日が、[チェンジボディーワールド]通称CBWの発売日なのだから
昨日は楽しみのあまり、興奮してかなかなか寝付けず、朝も目覚ましが鳴る1時間も前に起きてしまった
当然学校にも、いつもより1時間早く着いてしまった
バスの運転手さんが驚いていたよ。え?え?って二度見してたから
「おい!聞こえてるか⁉ノブユキー!」
「……なんだよ朝から大声出して?聞こえてるよ。おはようヒロ」
「嘘つけ!ずっと正面見ながらブツブツ言いやがって。見てみろ、山下さんが完全に引いてるじゃないか」
「………………えーと……ごめんね山下さん」
ヒロに指摘された山下さんとは、俺の一つ前の席に座るクラスの女子だ
特別仲の良いというわけではないが、近くにいるのでそれなりの友好関係は保てていた筈だが、言われてなるほど。俺に対して向けたことのない目をして少し俺から距離をとっている
「いや、別に良いんだけどさ?ちょっとキモかったと言うか怖かったと言うか……」
どこか虚空を見つめながらブツブツ呟く俺は、さぞ異様に見えただろう
こんな見た目も手伝ってか、数少ない俺と話す事のできる貴重な女子生徒だ。大切にしないとクラスで浮いてしまう
「何だっけ?CBWの発売日なんだろ?なんなら学校休めば良かったのに」
「そんな事出来るかバカ野郎。ゲームはあくまでも日常生活に置ける一種のスパイスみたいなもんなんだ。スパイス求めて日常生活を疎かにしたら本末転倒じゃないか」
「だったらそのソワソワと動き続ける体をどうにかしろよ。お前の貧乏揺すりは意外に速いから余計気持ち悪く見えるんだよ」
く、頭では分かっているのに体が言うことを聞かない。思えば、こんなにも一つのゲームに対して欲を見せたのはいつぶりだろうか?いや、もしかすると初めてかもしれない
それ程までに、俺はCBWを待ち望んでいる
それは多分、今迄にない画期的なシステムを搭載した未知のゲームと言う事もあるが、例の講習会での経験が一番大きいかも知れない
だってゲームするのにパンチ力測るんだぜ?普通考えられない
講習会を受けたりした人たちがネットでいろいろと騒いでいたらしが、当のゲーム会社が一切取り合わなかった為に、事態はすぐに収束した
おそらくだが、ゲームが始まってからも、いろいろな問題が出てくるんだろう
普段ネットニュースはあまり見ない俺だから特に気にはならないが、今回のゲームだけは少しだけ情報が欲しくもある
何故なら動画アプリにすら情報が一切流れてないのだ。挙げ句何度検索してもゲームに関する情報は何も無く、あるのは予測と憶測の飛び交う掲示板のみ
今のご時世であり得ない程の強気な会社だが、それでも少なくても3000人はあのテストを受けたらしいとの統計を取ってる人もいたから、情報を一切流さない新規のゲームソフトとしては異例だとも取れる
そうこうしているうちに学校も終わり。明日、明後日は休日となるので早速ゲームを買いに行こうと教室を飛び出すと不意に声を掛けられた
「伸之待って。今日は部活休みなんだ。だからたまには一緒に帰らない?」
振り返ってみると、そこには隣の家に住んでいる小さい頃からの付き合いのある幼馴染みの[堂森菜々(どうもりなな)]の姿があった
中学の頃には毎日のように一緒に帰っていたけど、とある出来事をきっかけに少しずつ疎遠になって、高校に入ってからは菜々はテニス部に打ち込むようになり、ますます接点の無くなっていた筈だけど、一体なんのつもりだろうか?
「えーっと……今日は急いで寄るところがありまして…」
「……何で敬語なのよ?それに寄り道って、どうせゲームでしょ?明日買いに行けばいいじゃない。な、なんなら私も一緒に行ってもいいわよ?どうせ暇してるし」
「いやぁーどうかなー…とりあえず今はちょっと……」
「何よ?あんたとは家も近所なんだから別に良いじゃないのよ。も、もしかして彼女でもいるのかしら?」
普段絡むことも無いようにしていたのに、なんで今日に限ってしつこく絡みやがるんだ?
俺は今、一刻も早くCBWを入手して、一刻も早くゲームをプレイしたいのだ
それにお前は小さい頃から容姿が整い過ぎているから、周りの目をよく惹くんだ
見てみろ今の状況を。クラスでもパッとしないデブの一般男子が、校内でもトップクラスの女子と会話してるんだぞ?
さっきから他の男子達の視線が痛いんだ。奥のやつなんて軽い殺気すら送ってきやがるぜ?
だから空気を読んで早く俺を開放してくれ。俺には読めないけれど、私は空気を読むのは得意なんだよって昔自慢気に話してただろ?今がまさにそれだ。読め!早く!空気を、読むんだ
「いない!必要もない。もういいだろ?ホントに急いでるんだ。また今度な?」
そう言って話を半ば強引に打ち切り、俺は歩みを進めようと……
「何だお前は?菜々にああまで言わせといて自分だけ先に帰るつもりか?何様のつもりだ?」
したのだけど、その足は目の前に立ちはだかった男子生徒によって止められてしまう
「菜々ちゃんはお前みたいなデブにも優しくしてくれてんだぞ?調子にのるなよ?このデブが!」
「お前は一体菜々さんの何なんだ?弱味でも握ってるのか?汚らわしいクズめが!二度と菜々さんに近付くな」
三人の男子生徒が、口々に俺を批難する
とはいえ別に腹を立てる事もないし、なんなら近づいてきたのは向こうからなんですがね?とは言いたい気持ちはあるけどやめておく。きっと言わない方が良いと思ったから
そんな彼らは所謂不良と呼ばれる少年達だから
きっと反論して良いことは一つもない筈だ
「止めて、良いの。ごめんね伸之?呼び止めちゃって……」
そう言った菜々の目からはうっすらと涙が……
「この野郎!菜々を泣かせるんじゃねえ!」
多分だけどあなた達が出てきた事も要因の一つだと思いますよ。と、言いたかったけど流石は不良少年達。彼等は言葉を放つよりも先に拳を先に放ってきた
ちらりと横目で不良達の口元をみると、おそらくは元よりそのつもりだったのか、うっすらとした笑みを浮かべている
…………とはいえ、菜々の目の前で殴られるわけにはいかない。反撃することすら論外だ
彼女の中に眠る恐怖の一端を、わざわざ掘り起こす事もないだろう
だとするならば、ここで俺の取る行動は何が正解なのだろうか?
一生懸命考えた俺は、一つの答えへと瞬時に辿り着く。それは………
「すいませんでした!」
大きな声を張り上げ、頭を深く地面へと叩きつける。日本と言う国に古くから伝わる謝罪の奥義、所謂土下座だ。
「あ?」
これには不良達も、困惑の表情を浮かべる。きっと彼らのパンチを土下座と同時に避けた事で、恥ずかしさが今現在勝っているのかもしれない
「菜々もごめん!でも今日は急ぎの用があるんだ。だからまた今度」
菜々はなんとも言えないような表情を浮かべて俺を見ていた
これでいい。出来ることなら菜々にはもう、俺には関わらない方が良いんだろうけど、何度それを言っても首を縦には振らない彼女だから、今はこの距離感がちょうどいい
そして俺は、既に注目の的となってしまった教室前の廊下からダッシュで逃げ出し、目的であるゲームショップへと駆けていく
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