第4話

「右のパンチ、92キロ。左のパンチ、81キロ」

目の前で講習会に来ていた人達が次々とミットに向けてパンチを繰り出していく


機械の上の方にはモニターが付いており、ミットを殴るとそのパンチ力が数値となって表示される

「嘘だろ?前にゲーセンでやった時は100キロ超えたんだぜ?」

何度かこの言葉を聞いているので、もしかするとあの機械はゲームセンターにあるそれよりは、正確な数値を計測してくれるのかもしれない


「これは何かの間違いだ!もう一回だ!」

この言葉も既に何度か聞いたセリフだ。右と左で3回ずつ。そのどれもがほぼ同じ数値だったんだから、それが彼の実力なんだと思うが……

ちなみに俺の見立てでも、彼の肉体から繰り出せるパンチ力はそんなもんだろうと予想できた


そうこうしていると俺の順番が回ってきた

「ではAの20番、右からお願いします」

久しく見たミット目掛けて、専用のグローブを付けた手で思い切り殴り付ける

するとおぉー、と順番待ちをしながら見ていた人達からちょっとした驚きの声があがる


機械上部に設置されたモニターを確認すると、そこには155キロの文字

「右のパンチ、155キロ。続けて左、お願いします」

タブレットに数値を記録していた人に促され、そのまま同様に左でもパンチを放ち、それを交互に3回ずつ行う


「右のパンチ、158キロ。左のパンチ、149キロ。なかなかどうして、結構やるじゃないですか。何かスポーツでもやってたんですか?」

係りの人に少し褒められながらも次の計測へと向かう

一応空手道場の息子だから空手はやってましたよ。とは心の中の言葉

自身の中ではあまり触れられたくはないワードなので、愛想笑いだけ浮かべてささっと立ち去る


係りの人も、只のちょっとした世間話的なノリだったのだろう。次の瞬間には既に測定器の方に向き直っており、続く人達のパンチ力を再び測っていく

俺はその事に少しだけホッとし胸を撫で下ろす

誰にでも言いたくない秘め事の一つや二つあるもんだ

それにしても3回殴って平均で158キロか……

…………さて、次は何を測定するのかな?何を思う訳でもない。俺は気持ちを切り替え次に進んだ




その後もいろんな種類の測定が続き、握力、背筋力、跳躍力なるものから、キック力や20メートルの短距離ダッシュ、はてはサンドバッグを30秒間殴り続けるなんてものもあった

身長と体重も測られたんだが……?


前もって動きやすい服装と着替えを持ってきて無ければ、服が動きを阻害して正しい数値が測れなかったかも知れない

ほとんどの人は、事前に見たサイトのお知らせ通りに、動くのに適した格好で臨んでいるが、中には軽く見ていたのか動くのにあまり適していない服装で計測している人もいた。あれでは実力の何割かは削れていることだろう


そうこうしているうちに、いよいよ最後の計測となった

目の前に並べられたのは木製の武器と防具

それらはRPGなんかをやっていれば簡単に理解出来る物で、言わば中世ヨーロッパを舞台にした剣と魔法の世界観を持つゲームなんかでよく目にする物たち


防具は軽装、中装、重装と3種類あって、その中から一つを選んで身に着ける

防具とは言いつつも、ただ重さの違うライフジャケットみたいな物で、フリーサイズなのか、俺のような人間でもすんなりと身につける事が出来た

ちなみに身に着けたのは軽装タイプだったりする


次に武器を装備するのだが、ズラリと並べられた武器の種類に少々困惑してしまう

皆が思い描く形の剣に始まり、戦斧やハンマー、杖や錫杖、果てはトンファーやヌンチャクなんて物まである

一度決めたら次の更新までは変更が効かないとあっては、選ぶ時間もそれなり掛かってしまうのも仕方のない話しなのかも知れない


俺は少し時間が掛かってしまったが、結局一番オーソドックスな剣タイプに決めた

「では武器を選んだ方からどうぞ」

係りの人に促され、個室のような所に入るとそこにはゲームや小説の世界で言うところの所謂オーク。と呼ばれる生き物を型どったサンドバッグのような物が置いてあり、一目見た瞬間、何これ欲しい。と思った俺はけっして間違いではないと信じたい。それくらいのクオリティーだ


「では好きに剣を振って、オーク人形に攻撃してみて下さい。こちらのオーク人形、内部に計測器が内蔵されていますので、それらの攻撃も全て、数値化されます。しばらくしましたらそちらのオーク人形の頭部、胴体、全身が順番に光りますので、そちらが光っている間にご自身の思い描く必殺技をそれぞれ口に出しながら放って見てください。時間はそれぞれ10秒ずつです。光ってから技を放つまでの時間も反映対象となりますので、そのあたりは充分に注意して貰いますようお願いいたします」


なるほど、つまりこれがゲームに直接的に反映されると思って間違い無いだろう

周囲を見渡せば、部屋の至るところに無数のカメラが仕掛けられているので、もしかすると、俺の動きがそのままゲームの中での動きになるのかも知れない


「では始めて下さい」

そう言った係りの人は、既に部屋の外に出ていっているので、部屋には今現在俺一人とオーク人形一匹と言うことになる


俺はとりあえず、なんとなくでオーク人形を手にした木製の剣でぶっ叩いていく

木製とはいえそれなりに重量はあるし、軽装タイプであるはずの防具に見立てたライフジャケットの様な物は、立っているだけであれば何てこと無かったが、実際に動き始めてみると地味に身体が重く感じる

無理して重装タイプなんて選ばなくて良かったと心から思った


瞬間、オーク人形の頭部が光る

俺は今の俺に出来る最大限の力を込めて、そのオーク人形の光る頭部に一撃を加えた


そして残った時間に余韻を感じることしばし、今度は人形の胴体が光りだす。俺はすぐさま横薙ぎに剣を振るうが、少し焦ったのか振るう剣に力は充分に伝わっておらず、挙げ句変な体制で剣を振ったからか、剣をその場で落としてしまう


慌てて剣を拾い上げるが、少しだけ剣が胴体に触れたからなのか、もうオーク人形の胴体は光っておらず、少しの間をおいて今度は全身が光りだす

俺は剣を落としてしまった故の、恥ずかしさからなのか、それとも今日と言う日の非日常的な体験からくる一種の興奮からなのか、渾身の力を込めてオーク人形に剣を振るう

「ハイパーコンボ!」

自然と口から出たのは意味不明なセンスのない必殺技名。そう言えば、技名を言いながらやってくれと言われたのを今更思い出してしまう


俺は流れるような動きで胴体から頭部へと連撃を加え、合間に突きと蹴りも合わせながら最後に上段からの振り下ろしを頭にいれて終了する

久しく体を全力で動かしたからだろうか?汗をかいてベタベタの服は不愉快でしか無いはずなのに、今の俺を支配していたのは謎の興奮からくるものによる、不思議な達成感だった



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