自分の手で作ったハンバーグを満面の笑みで平らげた死神はそそくさと帰る準備を始めた。


「む、もう帰るのか」

「えぇ、あまり長居してもあなたは嫌がるでしょうよ」

「それもそうか、お前の顔を一秒でも見なくて済むと思うと心が清々しいよ」

「あなたは瞳にアピールする前にその言葉遣いをどうにかしたほうがいいのではないですか」

「余計なお世話だ、ほら、また帽子忘れているぞ」

「おっと、こりゃ失礼。ありがとうございます」


これしきの事でお礼を言うだなんて、こいつも変わっているな


「では、私は帰りますね。洗い物は、申し訳ないですがしてもらっても構いませんかね」

「あぁ、これぐらいなら」

「ふふ、優しい人ですね」


ニタァと不気味な笑みを浮かべながら死神は言った。

この顔は何回見ても慣れる気がしないな。


ドアノブに手を伸ばしたところで死神がさっきまでの笑みとは程遠いほど真剣な顔で


「明日は絶対に早く行くんですよ」


と、念を押しながら部屋を出ていった。

何度も言わなくてもわかっている。僕は別にそこまで頭が悪いわけでも何でもない。

今日はすることもないし風呂に入って寝ることにした。

洗い物は、明日でもいいかな。


ジリリリリリリリ


例のごとく目覚まし時計の音で目を覚ました。

うむ、いつもより1時間早い。我ながら僕の時間管理能力は高いことが伺えた。

さて、準備もして、大学へと向かうか。

しかし、1時間早く行ったとて一体何があるというのだ。


1時間も早いとなると大学周辺とはいえ生徒の姿はごく少数しかいなかった。

こうなると、僕も体を丸めることなく堂々と歩けるぞ。ふむ、気分がいいな。

死神はこの気分の良さを僕に味わってほしいのか?なんとも気持ちの悪い奴だな。

そんなことを考えていると前方から輝かしい女性が来るのが見えた。

瞳先輩だ。どうしてこんな早い時間から…?

僕は、頭で声をかけるか悩むよりも先に声に出していた。


「あの、瞳先輩」

「およ!?君は、優しい後輩君ではないか、どうだ、青春感じているかい」

「どうも、青春が何かよくわかりませんけど…先輩はどうしてこんな朝早くに?」

「私は、時々早く来て図書室で勉強したり広場の大樹の下のベンチで読書などをするのだよ。この時間は人が少なくいつもと違った大学の顔を覗かせてくれるからね」


なるほど、確かに。昼飯時になればうるさい『新人類同好会』のやつらもそれを見物している観衆もいない大学はなかなかいいものだ


「後輩君は、なんでこんなに早く来ているんだい」

「あ、えっと」


死神博士とかいう不気味な男に行けと言われたので、なんてこと口が裂けても言えない。なんというべきか


「時間を、1時間早く間違えてしまって」

「なんだいそれは」


瞳先輩は大笑いをして目を細め涙を出しながら答えた。昨日も見た顔だ。かわいい


「後輩君、君は面白い子だね。どうだろう、もし後輩君にやることがないのなら、私と少しの間談笑でもしないかな」


なんてことだ、僕は運がいいのか。まさかのルートに突入だ。スタートラインの白線が昨日よりも少しだけ近づいたように思えた。


「ぜひ、話しましょう。僕も、先輩と話してみたかったんです」

「私とかい?それまた面白いね。では、私に聞きたいことなどはあるかい」

「えっと、じゃあ、好きな食べ物とか」

「そんな、合コンみたいな質問でいいの?私は、ハンバーグが大好きなのだ!それも、デミグラスソースたっぷりの」


合コン…僕とは縁の無い話だ。瞳先輩はそういう場所にもよく行くのだろうか


「ハンバーグ、僕も昨日の夜食べました。おいしいですよね」

「お!素晴らしいね。素晴らしい食の趣味をしていることだ!」


そこまで大層なことなのか…?


「後輩君は何が好きなんだい?」

「僕は、あまり好きなものとかはなくて」

「それは、ダメだね、好きなものは見つけないと。悪い人に怒られちゃうかもよ!なんてね」


ニカッと歯を見せながら諭された。そんな顔もかわいい


「そうですね、見つけるように努力します」

「うむ、いい心がけだ。褒めて進ぜよう。ほかにないの?」

「あ、じゃあ好きな色とかは」

「好きな色か―、これを言うと笑われちゃうんだけどねー私は黒が好きかな」

「黒…ですか」

「うん、どんな色を混ぜられても自分を忘れない色だからね。誰にも流されないって素敵だと思わない?」

「そうですね、瞳先輩の髪もとても奇麗な黒色をしていますよ」

「ひぇ!?」


何か変なことを言っただろうか。体調でも悪いのか?少し顔が赤い気がした。


「あ、えと、うん、そうだね、へへ。」


急にたどたどしくなった。やばい、アピール作戦失敗か?


「あー、ちょっと熱くなってきたね。へへ」

「そうですかね、少し肌寒い気もしますが」

「うん、そだね、ちょっと寒いかも?あはは」


様子が変だ。話題を変えたほうがいいのか、どうしよう、何か考えなければ


「先輩は、その、合コンとかは行かれるのですか?」

「へ!?合コン?!行かない、行かない!どうして、急にそんなこと聞くのさ」

「いえ、先ほど『合コンみたいな質問』と言っていたので、経験があるのかと…」

「あっはは、そーゆーことじゃないよ、行ったことはないけどきっとそういうこと聞いてるんじゃないかなって思っただけ」

「あ、そういうことでしたか。すいません」

「後輩君は冗談が通じないねー」

「すいません」

「攻めてるわけじゃないよ!もっと気楽に柔軟に行こうよ、ね?」


言ってる意味がよくわからなかったがとりあえず頷いておいた。


「さ、そろそろ談笑もこのぐらいにして授業の準備でもしようかな」

「そうですね、お話しできて楽しかったです」

「うむ、私も楽しかったよ。では、後輩君、また会おう!」


また、怪盗口調で駆けて行った。

この時間までのことを踏まえて思ったことだが、先輩はところどころ話し方が変わっている。だが、それもかわいい。


春の爽やかな風が僕の頬を撫でた。

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