陸
斯くして僕の瞳先輩へのアピール作戦が始まったわけだが、特段何をすればいいのか甘酸っぱい恋をしてこなかった僕には、なかなかどうして皆目見当もつかないのであった。
「おい、死神」
「なんですかい」
「……をすればいい…」
「なんですか、聞こえませんよ」
「僕は何をすればいいんだ」
死神は全く悪くないがつい、声を荒げてしまった。この時の僕の顔は熟した林檎よりも真っ赤であったことだろう。
「なにって、そりゃあ、瞳と話をするとか、瞳と出かけるとか、いろいろあるじゃないですか。もしかしてあなたってど──」
「あああああああああああ、それ以上は言うな。」
危なかった。咄嗟に叫んだので隠すことはできたと思う。きっとバレていない。バレていない。
「つまり、瞳先輩に話しかければいいってことだな。」
「慌ててどうしたんですか。ま、つまりはそういうことですやい」
「ニヤニヤするんじゃない、鍋も食ったならとっとと出ていけ」
「へへ、こりゃこわいこわい。では、私はこの辺で…明日の朝は気をつけてくださいね」
「なんのことだ、わけのわからないことを言ってないで早く出ていけ」
死神が部屋を出ていき、鍋や食器の片づけをしている際に様々な疑問を頭の中で整理していた。
死神はいったい何者なのか。僕の命を奪いに来ているのなら、わざわざ生かすようなことする必要はあるのか。なぜ、僕が瞳先輩に密かに想いを寄せていることがわかっているのか。そして何故、昼間の大学にあいつは現れたのか。生徒なのか…?
死神に対しての疑問は次から次へ湧くだけで解決しなかった。
とりあえず、今夜はもう寝よう。なんだか疲れがドッと溜まった気分だ…
ジリリリリリ…
目覚ましの音で目が覚めた。しかしなぜだろう。普段より多く寝た気がするし心なしか体も軽い。
これは、いい1日になりそうだ。
鳴り止まない目覚まし時計に手をかけようとした瞬間気づいた。
時計の針は10時を指している。遅刻だ。どうしてだ、僕はいつも大学に間に合うように目覚まし時計をいじっている。こんなことをするのは僕以外の人間のみ…その刹那、昨晩の死神の言葉が頭の中に流れてきた。
──明日の朝は気をつけてくださいね──
あの野郎、僕の目覚まし時計を弄ったのか。そんなことをする意味が分からない。ともかく早く準備をして大学に向かわなければ。
何故、朝からこのようなドタバタ劇を独りでしなければならないのだ。
ブツブツとつぶやきながら大学に着くと向こうから一人の女性が奇麗な髪を靡かせながら走ってくる。僕は、その女性に見覚えがある。瞳先輩だ、まさか昨日の今日で、アピール大作戦の好機が訪れるとは。遅刻発覚時の憂鬱な気分はひっくり返り、今では周囲に花畑の幻覚まで見えてくる始末。
花畑なのは僕の頭の中なのかもしれない。
そうこうしているうちに、瞳先輩が僕の横を通り過ぎようとしている。ここで、声をかけないならいつ、声をかけるんだ。今しかないだろう
「あ、あの、瞳先輩」
少し声が裏返ったような気がしたが、これは朝から声を出さなかったからで、決して緊張の類のものではない。多分…
瞳先輩は僕のか細い声をどうにか耳に入れてくれて足を止めてくれた
「む、君は…えっとー、狐君とよく一緒にいるこだね」
黒髪を靡かせながら微笑みながら答えてくれた。
狐は無駄に顔が広いから先輩にも顔が知られているのか、少しむかつくが狐のおかげで僕の存在も少しは知られているようなので後でミルダマカレーを狐には奢ってやろうと決めた。
「そうです、えと、瞳先輩も遅刻ですか?」
「おっと、なぜ君が私の名前を!」
「瞳先輩はその、有名なので」
「あはは、私が有名?おかしなこともあるもんだね」
瞳先輩は大きな口を開けて目は細目になりながら少し涙を流し大笑いしながら答えた。
「君は何回生の子かな、狐君と友達なら…」
「えと、2回生です」
「そうそう!2回生!いいね!青春って感じだね」
2回生のどこに青春要素があるかわからないが僕はすこしでもアピールできるように瞳先輩のいうことに頷いておいた。
「って、あ!やばい遅刻しちゃう!後輩君、この広いキャンパスでまた会おう!」
どこかの怪盗のようなセリフを吐きながら瞳先輩は駆けていった。
初めて、瞳先輩と話すことができた。今まではただ見ているだけの人。高嶺の花のような存在だった先輩と話をしてしまった。僕の世界が少しだけ広がったような気がした。
僕も遅刻だ、急ごう。
教室に入ると大勢の生徒がこちらを見てくる。基本的に緩いので教授はそこまで気にはしてこないが、静かな教室にドアの音が聞こえたからって生徒諸君はこちらをみないでくれ。
狐がこっちに小さく手を振っている。
狐の元に行くとどうやら席をとっていてくれていたみたいだ。意外といい奴なのか、こいつは。
どこか、そわそわしている狐を横目に授業に参加した。きっと、僕が遅刻した理由を聞きたいが、前回怒られた教授なので日寄っているんだろう。
程よくして授業が終わるや否や、狐が待ってましたと言わんばかりの速さで口を開いた。
「君が、遅刻なんて珍しいね、何があったんだい」
「お前には関係のないことだ、ところで、腹の虫は鳴いているだろう。学食へ急ぐぞ、今日はミルダマカレーを奢ってやる」
「え…」
「世界の終わりのような顔をしてどうした。」
「君が奢ってくれるなんてとっても珍しいから…来る途中どこかに頭をぶつけたのかい?」
「いらないのか、ミルダマカレー」
「今日もいい天気だね、さ、学食へ走ろうか」
現金な奴だ。
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