伍
死神と話してしまったが故に学食にはすでに溢れんばかりの人が団子のように集まっている。
「あっちゃー、こりゃ今日は『ミルダマカレー』食べれないかなぁ」
狐を肩を落としながら呟いた。
それもそうだ、ここの学食に来る者は誰だって目玉の『ミルダマカレー』を食べに来ている、そのため死神に足を止められてしまい出遅れた僕たちには『ミルダマカレー』は回ってこない。これには、僕の腹の虫もご立腹のようだ。
グゥーー
これでは午後の授業の教室に僕の虫の音が木霊してしまう。そんな、目立つことはしたくない。
仕方ない、ほかのものを食べるか…
肩を落としながらほかのメニューを選んでいると、人混みの中からやけに目立つ男が声をかけてきた。
「おーい、狐さんたち」
ヤツの声だ
「これぇ、食べたかったんですよねぇ、あなたには帽子を返していただけないとならないので、少しの媚び売りを許してください。はい、狐さんもどうぞ」
長い手足を使い器用に僕たちと自分の分のミルダマカレーを死神が運んできた。
先ほどまで、広場にいて置いてきたはずなのに何で僕たちよりも先に学食にいて、ミルダマカレーを手に入れているのかと疑問が頭に浮かんだが、今はそんなことよりも腹の虫を抑えるのに必死だった。
「えぇ!いいんですか?博士。いやー、ほんとに博士はいい人ですね。ありがたくいただきます」
「いえいえ、いいんですよぉ、助け合いですからねぇ」
また不気味にニタァと笑いながらカレーを渡してきた。
「帽子は大学が終わってから取りに来てくれ、そもそもなんでお前が大学内にいるんだ」
「はて、おかしなことをいいますねぇ。そりゃあいるでしょう。さ、時間もないし食べますよ」
こいつは、何かあるたびに話をそらし例のとぼけ顔を披露してくる。僕に勇気と力があればコイツの顔を殴っていただろうが、やめておいた。
「やっぱ、ミルダマカレーは美味しいですね。ほんとうに博士ありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。私は用事があるのでこの辺でお暇しますね。」
「さっさとどっかいけ。お前の顔は見たくない」
「怖い顔しないでくださいな。では、また晩にあなたの家にお伺いしますね。」
そういうと、ロングコートをひらりとしながら死神は学食を後にした。
「なぁ、君はどうして博士にもあんな態度をとるのさ、おっかない男だね本当に」
「そんなの僕の勝手だろう、お前もなぜあの男と仲良くできるんだ、反吐が出る」
「そりゃあ、あんなにいい人はいないからねぇ」
死神と同じような顔をしながら不気味にほほ笑んだ狐を見て寒気がした。
「そ、そうか。午後の授業も始まってしまう。急いで食べて教室に向かおう」
「そうだね、にしても本当にうまいなぁ、ミルダマカレーは」
それには同意する。
午後の授業が終わりすっかり、疲れてしまった僕はアパートに帰るや否や死んだように眠ってしまった。
ドンッドンッドンッ
玄関のほうから聞こえる音に気付き目を覚ました。時間は19時を指していた。
「帽子ぃ、よろしくお願いしますよぉ…」
疲れ果てた声で死神がドア越しに帽子を返すように言ってきた。
「あぁ、今開けるから待ってくれ」
ガチャ
「さ、これでいいか?」
「おぉー、これですよこれこれ、ありがとうございます。そしてお邪魔します」
「待て、おい勝手に上がるな」
止めようとする僕の手を払いのけながら死神は部屋に上がる。よく見ると袋を両手に持っている。
「勝手に入るな、用は済んだろ、早く帰ってくれ」
「済んでませんよ、囲みましょう。鍋」
死神の突飛な提案に思わず口が開いてしまった。
「鍋?」
「鍋」
「なぜだ?」
「おいしいでしょうよ、鍋」
「そんなことを聞いているのではない、なぜお前と鍋を囲まなければならないんだ」
「気にならないんですか、私が昨日あなたに言ったこと」
確かに、気になる。だが、こんな不気味な男と鍋を囲むのは断じていやだ。
グゥーーー
僕の虫が鳴き始めた
「ほらぁ、あなたもお腹が減っているんではないですか。さ、鍋を用意してください」
「そ、そもそも何で春先に鍋なんだおかしいだろ」
「じゃあ、あなたは冬にアイスを食べないんですか」
食べる。仕方ない、今日だけはこいつの言葉に従ってみよう。腹の虫が鳴いたのとは関係ない。存在しない神に誓って。
「ハフッハフ、いやぁおいしいですねキムチ鍋。私、こう見えても辛いの好きなんですよ」
「お前の好みなど知ったことか、早く詳しいことを教えろ」
「もう、せっかちですねぇ、じゃあ、何が知りたいんですか」
「死ぬことについてだ。なぜ、目標や夢がないと死ぬんだ」
「そんなの、簡単ですよ。生きる意味がない人が生きていても寿命の無駄遣い。なら、早々に死んでもらって、残った寿命をほかの人に譲渡するんです。それが、死神の仕事。昔から言い伝えられているでしょう」
そんな話は聞いたこともない。口から出まかせを吐いているだけなのか?だがしかし、コイツの言葉には表すことのできない妙な説得力がある。
「な、なら、どんな目標でもいいのか」
「お、その気になりましたか、何でもいいんですよ。なんでも」
ニタニタしながら死神は続けて口を開いた。
「瞳でしょう、彼女と付き合いたい。違いますかね」
「何をバカなことを、僕が彼女と付き合えるわけないだろう」
「それはわからないですよ、あなたは彼女のことを何も知らない」
「それはそうだが…」
「明日から、アピールするのです。きっとあなたの人生は薔薇色に変わることでしょう」
「そんなのできるわけ─」
「そのために私がいるのです」
まただ、妙な説得力をもつコイツの言葉に気圧されてしまった。
「アピールするのは悪いことではありません。今のあなたには失うものは何もないでしょう。」
「鼻につくが、確かにその通りだ。僕でも彼女と付き合えるのか?」
「それは、わかりません、彼女の想いもありますからねぇ。ですが、想いを傾けさせることはあなた自身の力で出来ることですよ」
「・・・・・・」
「さぁ、そうと決まれば明日からアピールしていくのみですよ」
────こうして、1年限りの恋のアピール大作戦が始まった───
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