穴見は君和田に気づかされ

 穴見南美


「むうううううッ! ――なんなのよアイツううううううううッ! ムカつくムカつくムカつくんじゃああああああああああッ!」


「――相当ご立腹のようね、穴見さん」


「誰ッ⁉ ……って、あんたは」



 声がした方に顔を向けると、そこには偉そうに腕を組んで強者ポーズをとっている君和田がいた。


 つか、なんであんなとこにいんだし……パンツ丸見えじゃん。



「そんなとこいたら危ないっしょ。早く降りてきなよ」


「ふふ、見かけによらず優しいのね」



 貯水タンクを背にウチを見下ろしてくる君和田が、口元を緩めてクスクス笑う。けど、その目は冷え切っていた。



「優しい優しくないとか関係ないし。ウチはただ当たり前の事言っただけ」


「そ。ならやっぱりあなたは優しいわね。その当たり前を口にしない人が世の中的にほとんどだから――――とりゃ!」


「あ――ちょッ、なにして」



 決して高いわけじゃなく、けれど低いとも言い難い位置から君和田は何の躊躇もなく飛び降り、ウチの体は咄嗟に反応する。



「……ふぅ」



 間に合うかも考えず一心不乱に駆けたが、どうやら必要なかったようで、君和田は華麗に着地を決めて見せた。



「このぐらいの高さでは、ちょっとしたスリルにすらならないわね」



 人の心配を余所に君和田はつまらなそうな顔して呑気な事を抜かす。



「ちょっとあんたッ! さっきウチが言った事まったく聞いてなかったっしょッ!」


「早く降りてきなよと言われたから実行しただけよ」


「誰も飛び降りろなんて言ってないしッ! 何の為にそれが付いてるかわかってんのッ?」



 そう言ってウチは梯子はしごを指し示すが、君和田は目で追おうともしないで涼し気に手で髪をなびかせた。



「私の事はお構いなく。危険かそうでないかのラインは自分の中でちゃんと設けているから――そもそも、人の事を心配していられる心境かしら?」


「は? 意味わかんないんすけど」



 薄い笑みを浮かべ、乱れのない歩調で近づいてくる君和田。


 なんとなくその笑いに挑発の意が含まれているように感じられ、ウチは君和田を敵意を込めて睨む。



「足立君とのやり取り、すべて聞かせてもらったわ。意外な事にあなた、処女だったのね」


「ちちち違うしッ! つか、処女なんて単語いっかいも出てきてなかったっしょ! 勝手に決め付けんなよなッ!」


「会話から読み取れるわよそれぐらい。強がらなくてもいいのよ?」


「だーかーらーッ! ウチは処女じゃねーって――んんッ⁉」



 君和田は喋っている途中でウチの口を片手で塞いできた。



「いいのいいの、そこは大した問題じゃないから。というより、問題にすらなっていない……一番の問題はあなたが足立君に相手にされていなかった事よ」


「ンンンンンンンンンンッ!」


「そうよね悔しかったわよね……その気持ちは〝私〟も一緒よ」



 君和田も……一緒?



「あの死にぞこない……何があったか知らないけど、調子に乗っちゃって。お仕置きが必要ね、まったく」


「……………………」


「何が何だかわからないって顔してるわね……まあ、無理ないわ」



 ウチの口を封じていた手がゆっくりと下ろされた。



「も、もしかして君和田も……」


「ええ。多分、恐らく私も足立君に相手にされなくなった一人ね」


「……マジ?」


「ええ、マジのマジよ。だから私も怒り心頭なのよ? こう見えて」


「……………………」



 あ、あの野郎……。


 腹の底から込み上げてくる怒りの感情がぷるぷると拳を震わせる。


 そんなウチを見て何を思ったのか、君和田は慈愛に満ちた表情をし優しく抱きしめてきた。



「え、ちょ、な、何してんのッ、あんた」


「穴見さんを落ち着かせているだけよ。それと、諦めるのはまだ早いわ」


「え?」


「あなたは気付いていなかったでしょうけど、私は確かにこの目で見ていたわ」


「……な、なにを?」



 ウチが聞き返すと、君和田は耳元に顔を近づけ、



「ナニを、よ。あなたがローションだと明かした時、足立君のナニはズボンを突き破ろう勢いで勃っていたわ」



 そう囁いた。

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