え? 穴見さん、今なんて?

 西日が差し込んでくる穴見さんの部屋。決して広くはないこの空間で、女子と二人きり。


 彼女が言っていた通りご家族の方はおらず、僕が懸念していた事態も置きそうな気配はない。


 という事はつまり……穴見さんは本気で僕とエッチを――。



「……………………」



 僕は首を巡らしベッドの上で体育座りをしている穴見さんに視線を向ける。


 するとすぐに彼女と目が合った。穴見さんもしきりにこっち見ていたのだろうか。



「……なんでそんなとこにいんのよ」


「え、ああ、えっと……落ち着く、から?」



 僕は部屋の隅に座って穴見さんに背を見せる形でいた。


 どこに座ればいいものか……悩みに悩んだ末のここだったんだ。



「こ、こっち……くれば?」


「え、う……うん」



 しかし、部屋の主に『こう寄れ』と言われれば別。僕は汗まみれの手のひらをズボンで拭き、それから穴見さんの元に。


 心臓はもう……爆ぜる寸前だ。



「「……………………」」



 穴見さんの隣にきたはいいものの、会話が中々生まれず、気まずさがさっきよりも増した。関係ないが、鼻腔をくすぐる素敵な香りも増した気がする。


 と、とりあえずなにか話題……話題はないかッ!



「きょ、今日は、というか今日もじめじめしてて、ちょっと蒸しあつ――――んなッ⁉」


「……な、なに? 急に固まちゃって、どしたの?」



 戸惑う穴見さんをそっちのけ、僕の目はある一点に釘付けだ。


 彼女も蒸し暑さを感じていたんだろう、シャツの胸元をパタパタと仰いで風を取り込んでいる。


 そのシャツはほんのり汗で濡れていて、故に水色のブラジャーが透けていて――。


【マイネームイズ雲晴Jr.】が『俺にも風を感じさせろ!』とムクムク主張してくる。


 お、おかしい! こんなのはおかしいぞ! 君和田さんのパンティーを目にした時より穴見さんの透けて見える水色のブラジャーの方が興奮するなんて絶対におかしい!


 ブラジャーとパンティー……確かにどっちとも興奮はする。けど、どちらが興奮するかと問われれば世の大半の男はパンティーと答えるだろう。少なくとも僕は即答でパンティーと叫ぶ。


 だってそうでしょ? ブラジャーとパンティー、それぞれが守っているモノを比べればパンティーが圧倒的に勝っているんだから。


 確かにおっぱいも素敵で魅力的だよ? でもおっぱいは大人の動画で修正なく拝める。どころか一昔前のテレビ、ちょっぴりHな映画でも拝めた。


 対するパンティーが守るそれは? コンプライアンスが厳しい世の中、テレビではもちろんの事、ちょっぴりHな映画でもその姿は絶対に晒さない。


 大人の動画でだってモザイク修正が入ってるんだ……ここまで紐解けばブラジャーとパンティー、どちらが格上か嫌でも理解できるはず。


 なのに……僕は今――君和田さんのパンティーを見た時よりも興奮している!



「ん? ………………あ」



 僕の視線に気づいたのだろうか、穴見さんは顔を真っ赤に染め上げ口元をふにゃらせる。



「み――みにゃいでッ!」



 即座に胸を太ももに密接させる事で隠した穴見さん。僕は咄嗟に「ご、ごめん!」と口にし顔を逸らした。


 み、みにゃいでって……え? 焦るにしたってそんな。


 普段の穴見さんからは想像もつかない慌てぶりに僕も動揺してしまう。


 だがしかし、彼女の言っている事は盛大に矛盾している。それだけはちゃんと指摘しておかないと。



「で、でも穴見さんは……その、僕とエッチしたいんだよね?」


「……ま、まあ」


「だとしたら、さ……ブラジャーは見られて当然と言うか……その奥にある、おっぱ――」


「わ――わかってるしッ! わざわざ言葉にしなくていいからマジでッ!」



 語気を強めて返してきた穴見さん。彼女がらしさを取り戻してくれたみたいでとりあえずは一安心といったところか。



「そ、それじゃ早速……はじめよっか」


「……う、ういっす。ど、どぞ」


「いや、どぞじゃなくて……穴見さんから責めてくるんじゃないの?」


「は――はぁッ? なんでウチから⁉」


「だってほら、僕童貞だし? 穴見さんだって知ってるでしょ? あんなにネタにされてるんだから」


「そんなの関係ないないっしょ! こういう時は男がリードするもんしょ!」


「確かにそうかもだけど、でも穴見さん――どうせ経験豊富なんでしょ? だったら先輩として新人をリードしてよ!」


「……………………じゃねーし」


「え、なんて?」



 こんなにも近くにいるのに穴見さんが何を言ったのか聞き取れず、僕は彼女の方に顔を向け聞き返した。



「経験豊富じゃねーしって言ったの」



 睨みつけてくる穴見さんに対し、僕は失礼な事を言ってしまったとすぐさま謝罪を口にする。



「ご、ごめん! でも、豊富じゃなかったとしても、経験自体はあるでしょ?」


「…………経験自体、ねーし」


「…………え?」



 視線を左下に落とし、どことなく拗ねたように明かした穴見さんに、僕は驚きを隠せなかった。

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