第5話 今日は、
あの後、すぐに担任が教室にやってきて数学の授業を始めたので状況はなにも変わっていない。
授業中、異変に気づいた先生が「あれ、今日は金山が静かだなぁ」と褒めてるのか心配しているのか分からない言葉を掛けていが、
前の席の金山はそれにも答えず、50分間ずっと耳を真っ赤にしていた。
「やる。」
授業が終わるや否や、チョコを乱暴に私の机へ置き教室を飛び出して行った。
そして入れ替わるように、若菜がやってきた。
「かなみ!チョコ持ってきたよ!あげる!」
「あれ?これ、金山くんの・・・?私が先にあげたかったんだけどー!」
「もらっちゃった・・・」
金山がくれたチョコは綺麗にラッピングされたものだった。こんなものを急に渡されても困る。
だって今日は、
「バレンタイン」
なんでこんな事になってるの。少女漫画とかでこんな展開あった気がするな。こういう時、どうするんだっけ?追いかけた方がいいのかな。
現実が私の意思と無関係にうごいている。私はただ、・・・平穏に過ごしたいだけなのに。
「えーーー!てか、私にはないのー?ねえ、金山くーん!」
若菜は私の苦悩に気づく様子もなく、楽しそうにここにはいない金山に呼びかけている。若菜はチョコをもらい慣れているからかこの状況を深く考えていないようだ。
「もう、若菜ってば!」
若菜の能天気な様子を見ていると、私も楽しくなってきた。まあ、バレンタインにチョコ渡すくらい今時告白的な意味なんて持たないよね。
「・・・あのさ。」
「ん?」
若菜が、急に笑顔を崩して悩ましい表情をしたのでドキッとする。
「ううん、なんでもなか。ウチのチョコ見てー!これ限定とよ?かなみと一緒に食べとうて持ってきたー!!」
「え!すご!めっちゃ美味しそう!でも、ごめん。私チョコ用意してきてない・・・。今度帰省した時でもいい?」
「えーー!全然よかよー。食べよ食べよ!」
若菜が包みを丁寧に開けた。真っ白な箱の中に、真っ白な缶。その中に赤青黄色白と色とりどりの花びらのようなチョコが敷き詰められている。
「きれい・・・」
思わず呟いてしまった。見たことない。コレはチョコレートなの?
若菜から赤色の花びらを一枚もらい食べた。めちゃくちゃ美味しい・・・。いちごの濃厚な味。
「これ、やばいね。美味しすぎる・・・」
「うん!やばいよね、今まで食べた中で一番美味しい!」
若菜も目を見開いて驚いている。美意識が高い若菜は、他の人の前ではあまり表情を変えないが私の前では感情を素直に出す。私に気を許してくれているようで嬉しい。
金山のことはすっかり忘れて、若菜のチョコを楽しんでいたら、金山が戻ってきた。
「なんじゃそれ!バリ美味そうっちゃけど!俺んは?!」
何事もなかったように私にチョコをねだってきた。やっぱりチョコに大した意味はなかったようだ。
「これ若菜が持ってきてくれたから・・・」
そう金山に言うと、若菜はいつの間にか取り出したチョコを一つ手に持ち、無言で金山に突き出した。
金山はそれを奪い取るようにして口の中に放り込むやいなや、
「さんきゅっ!何これ!うま!」
と一言。若菜から金山への素早いチョコ受け渡しと、脊髄反射ででたような食レポに、思わず笑ってしまった。
「当たり前やろ!かなみのために持ってきたんやけん。」
若菜は顔を赤くして金山にそう言うと、笑ってる私に、
「ねえ、なに笑っとると?」
と、不安そうに覗き込んできた。
「ううん、なんでもない!若菜可愛いなと思って!」
普段私以外の人と喋る時は無愛想な若菜が、金山のペースに巻き込まれているのが妙に可笑しかった。
「急になん言いようとー!」
若菜はさらに顔を赤くし、手で顔を煽いだ。
「女子ってなんで女同士でイチャイチャすると?」
その様子を見ていた金山が怪訝そうな顔で聞いてきた。若菜は赤くなったまま固まっている。
「してないから!」
若菜は赤い顔をこれでもかと赤くして、バタバタとチョコをしまい、「残りは寮で食べて!」と逃げるように席に戻って行った。
「あ?俺なんか変なこと言ったけ?」
金山は不思議そうに若菜の後ろ姿を見送ったあと、私の方を見て何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わないまま前を向いた。
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