だれにも読まれなかった小説 改訂版

桜木樹

田嶋ハル 1

 テレビのワイドショーで今話題になっているネット小説が紹介されていた。タイトルは『タナトスと踊れ』。その小説が最初にネット上に公開されたのは今から三年前。当時は誰からも見向きもされず、のちに運営サイトが閉鎖してしまうという悲運に見舞われ、特に話題になることもなく消滅した。だが最近になってその小説は別のサイトに投稿され瞬く間に日の目を見ることになった。


 内容は凡作の粋を出ない、人によっては並以下と称するようなミステリだった。他のミステリとの違いを無理やり挙げるなら多少スプラッタな表現を含んでいる点だろうか。でもそれにしたってほかに類がないわけではない。

 それが脚光を浴びることになった一番の要因は数十万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーがその小説を自分のSNSで取り上げ面白いと評価したからだ。

 有名なインフルエンサーが話題にしているというだけで大衆、特に若い世代を中心に知名度が増していった。そのインフエンサーの支持層は普段本を読まない人間ばかりだったため、彼らはその内容をよほど斬新に思ったらしい。結果評価はみるみるうちに上がっていき、そこから一般層にも話題が波及し人が押し寄せPV数はうなぎのぼり。


 この一件で、小説に必要なのは中身ではないのだと改めて思い知らされた。

 例えばイギリスの小説家にロバート・ガルブレイスという人物がいる。代表作に『カッコウの呼び声』がある。この作品は発売当初はほとんど注目されていなかったのだが、あることをきっかけに大ベストセラーとなった。そのきっかけというのはロバート・ガルブレイスがハリー・ポッターシリーズで有名なJ・K・ローリングと同一人物であることが露見したことだ。その本の内容が面白いのは事実だ。でも最初は売れなかった。売れたのはハリー・ポッターの作者だからだ。

 まるでアメリカンジョークのようで笑えてくる。だったらいっそ世の中に存在するすべての作家はJ・K・ローリングに改名すればいいのではないか。


 つまるところ内容なんて二の次で本当に必要なのは宣伝広告というわけだ。だからこそ大手広告代理店は業界内外で幅を利かせていられる。彼らの胸先三寸で物の価値の良し悪しが決まってしまうのだから、誰も彼らに足を向けて眠れない。


 そして今これだけの注目を浴びている『タナトスと踊れ』を出版社が放っておくはずがなかった。あれよあれよ言う間に書籍化の話が持ち上がり同時に映画化までもが決定した。出版社はさらに広告費を注ぎ込んで小説の宣伝に力を入れ話題作りを行っていった。このワイドショーもその計画の一環なのは間違いない。


 ほんの少しだけ小説の内容に触れたあとで作者の田嶋ハル本人がスタジオに登場した。黒のショートヘアに派手すぎない薄紫色のハイウエストのワンピースがよく似合う美人に分類される女性だ。そして彼女の存在が『タナトスと踊れ』が話題になったもう一つの理由だ。こんな美人があんな内容の小説を書いているのかというギャップに惹かれた者が大勢いるのだ。それを証明するかのように彼女に関する話は小説の内容を紹介する時間よりも多く取られている。小説の内容が内容だけにお昼のワイドショーでは取り扱うのが難しいというのもあるかもしれないがそれにしてもだ。

 一昔前に流行った美人すぎる〇〇シリーズを見せられている感覚に近い。職業の内容そっちのけで美人社員にスポットをあてるあれだ。結局は外見だ。美人は美人ってだけで得をする。


 満更でもないのか、プライベートな質問にも田嶋ハルは嫌がるでもなくむしろ前のめりになって笑顔で受け答えしている。出身は武蔵野で学生時代に卒業旅行で行ったインドでタージ・マハールを見た時に田嶋ハルというペンネームを思いついたのだとか。

 年齢を訊かれればいくつに見えますかと返し、MCがありえないくらい低い数字を答えると、彼女はこう見えても三十なんですよと微笑む。会場の客席から「えー、見えなーい」というどよめきが起こると、そのリアクションを受けて彼女は笑顔を見せる。

 もう何年も前から使い古されたテンプレのようなやり取りに見てるこっちは冷笑するばかりだ。でもこれが正解なのだ。彼女は番組が欲しがっているものを理解している。こういう人間はきっと重宝される。


 だからといって何をやっても許されるわけではない。たとえ美人であっても罪を犯せばそれ相応の報いを受けるのが道理というものだ。彼女の犯した罪を知っているのはおそらくこの世で立った一人。わたしだけだ。だから彼女に罰を与えるのはわたしの役目。わたしにしかできない使命。


 テレビに映える彼女は間違いなく輝いていた。人生のピークと言っても過言ではないだろう。そしてこれが彼女にとっての本当のピークになる。なぜならこれからわたしが彼女を奈落の底に突き落とすのだから。たとえこの身を犠牲にしてでもわたしはそれをやらなければならない。


 番組のMCが彼女に小説を書こうと思ったきっかけについて訊ねていた。彼女は臆面もなく堂々とその話題に乗り、学生時代の話に花を咲かせる。

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