第2話 魔王、真実を知る

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「お母さん 、お疲れ様です。かわいい男の子ですよー」

「はぁ……はぁ……ありがとうございます」

「お疲れ様。頑張ったね」

「ありがとう」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 気が付くと私は、赤ん坊の声で泣いていた。


「あれ、どうして赤ん坊の身体なんだ? 全く覚えてないぞ」


 祝宴で飲みすぎたせいか、記憶が全くない。 しかし、赤ん坊になっているということは、おそらく輪廻の転生リンカーネイションを使ったのだろう。


「あの日に襲撃に遭ったとは考えにくいな。ひとまず、記憶を蘇らせてみよう。再生リプレイ


 『再生《リプレイ》』それは、転生魔法の付属効果であり、転生前の出来事を映像と音で再現する。この映像が、何も知らない魔王の顔を真っ赤に染めることになる。

『トイレに行ってくる』

「そうだ、私はトイレに行こうとしていたんだ」


 魔王はふらついた足取りを見て、かなり酔っていたことに気付く。そして、トイレに行くまでは柱しかない廊下を歩くだけなのに、何が起きたのか不思議でたまらなかった。


『お前、この私にぶつかっておいてお詫びの一言もないのか?』

「私は、なぜ柱に向かって話しているのだ……」


 魔王は全く覚えていないため、映像に映っている自分に困惑している。しかし、酔っていたのでこんなこともあるだろうと思いながら、引き続き映像を見た。

 

『つ、次は、力比べだ!』

『クッ、硬すぎる。本気で戦わないとまずそうだな』

『くそっ! 貴様は何者だ! 何故これほどまでに強固なのだ!』

「それは硬いに決まっているだろ。私が補助魔法で強化しているのだから」

 

 魔王はあの場にいたゼシルと同じツッコミをした。当たり前だ。今の魔王は全く酔っぱらっていないのだから同じことを思うだろう。

 ここまで来ると自分の行動が恥ずかしくなってくる。


『次の一撃で倒してやる。今日は忙しいんだ。炎魔法【煉獄インフェル──』

『うっ……おぇぇぇぇぇ!』

『吐血!? まさか精神攻撃か……!?』

「おいおい、この映像は本当なのか? ただ酔って、嘔吐しただけじゃないか」

 

 魔王は、この映像があまりにも現実離れしていて、実際にあった事とは思えなくなってきていた。それと共に、1つの疑問が生まれてきた。


「この状況ならば、転生魔法じゃなくて、仲間の元へと転移魔法を使うはずだろ? いくら泥酔していたとしても、長年戦ってきた私がこの判断は絶対に間違えるはずがないぞ」


 この映像は魔法のコントロールが上手くいかずに、内容が変化したのだろう。

 そう思いながら魔王は映像を見続ける。


『仕方ない、転移魔法を使って仲間と合流だ。無魔法【輪廻の転生リンカーネイション】、』

「おい待て! それは転移魔法じゃないぞ⁉」

『……ってあれ、これって転生魔法じゃ──』

「おいおい……、俺がここにいるのって……、まさか……、うわぁぁぁ!!! やっちまったよぉー!!!」

 

 魔王はようやくこの映像が本物であることを知ると同時に、恥ずかしさで身体が熱くなる。そうなるのも仕方がないだろう。泥酔して勘違いしたのに加えて、間違えて転生してしまったのだから。


「まだ勘違いでに勇者に追い詰められて、転移魔法を使ったならば、まだ笑って済ませられる」

「が……酔って柱を勇者と間違えてた挙句、転移魔法と転生魔法を詠み間違えるなんて、恥ずかしすぎるだろ!!! もう部下に会わせる顔がないぞ!!!」


 私は、悲しくなったせいなのか、赤ん坊になったせいなのか分からないが、涙が抑えられなくなり、大声で泣いた。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「よく泣く元気な子ねー」

「何が元気な子だ。今の私に元気などあるものか」



 しばらくして泣き止むと、ふとこんなことを思ってしまった。


「この身体、人間ではないか……」


 転生したことに夢中になっていて、運悪く人間に転生してしまったことに気が付いていなかったのだ。魔族として再び、生きていくことすら許されなかったのである。

 

「これからどうしろって言うんだよぉぉぉ!!!」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「まあまあ、よく泣く子ね」

「そんな嬉しそうな顔で私を見ないでくれ。悲しくなる」


 私は更に悲しくなり、どうしようもなく1日中泣き続けた。

 泥酔魔王はこれから、どのような人生を送るのか。魔王自身も全くわかっていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る