同級生の書いた小説が、「僕は人を殺めたかもしれない」という書き始めから止まっている

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

「動機は?」「決めてない」

『僕は、人を殺めたかもしれない』

 

 シオリコが、小説を書き始めた。一行だけだが……。


 いいじゃん、この書き出しは。

 フミヨは、そう思った。

 

述等のべら高校文芸部の幽霊部員が、珍しく小説を書いたぞ」となって、文芸部は騒然となっている。

 かくいうフミヨも、同様だ。

 

 とくに、いい感じの書き出しじゃないか。

 

 冒頭からシリアスめで、サスペンス要素バッチリだ。

 一瞬で、孤独な少年の姿が浮かぶ。



 おそらく彼は、いじめられっ子だ。殺した相手は、いじめっ子か。

 もしくは、毒親に反抗する思春期特有の症状を背負っているだろう。

 だとしたら、被害者は両親かもしれない。

 首を絞めて殺して、バスタブにでも隠しているのだろう。

 自分が作者なら、そうやって死体を隠し通すと、フミヨは想像した。


 そんな少年が、取り返しの付かないことをして、逃避行をするか。

 もしくは、受け入れて罪と向き合う社会派作品かもしれない。

 感情論としては同情できるが、罪であることには変わりなかろう。世間の風当たりはいかほどか。


 いいじゃんいいじゃん。

 いつもの勉強会サボってるシオリコにしては、珍しくまとまりのある作品に仕上がるのでは?

 


「で、シオリコ。少年の動機は?」

「決めてない」

「は?」


 信じられない言葉が、シオリコから飛んできた。


「じゃ、じゃあ、トリックとかは?」

「トリックって何?」

「……は?」


 まて。こいつは、二年生だぞ。

 なのに、トリックがなにか知らないとか。

 この女は、二年間なにをしていたのだ?


 

「いや、トリックって、ミステリではだいたいあるじゃん。犯行を隠すしかけみたいなの。死亡推定時間をずらしたり、時刻表でトリックかましたり」

「考えてない」

 

 

 なるほど、計画殺人ではないと。衝動的に殺してしまったというわけか。

 では、社会派路線だろう。

 


「おまえ、ちゃんとプロット組んだ? 組んでいるなら、そのとおりにやればいいんだよ」

 

 文芸部として、コイツはプロットというモノを学んでいるはずなのだが。


「風呂? 風呂はちゃんと昨日入ったよ。なに? 風呂に入らないと小説って書いちゃいけないの?」

「Oh……」

 

 やべえ。想像以上のことが起きている。

 

「プロットな。起承転結とか聞いたことないか?」

「ああ、そっち? ぶっちゃけ考えてない」

「お前なあ」


 プロットを使わないで小説を書くって、上級者でもかなり難しいぞ。

 ましてミステリだ。整合性が物を言う。


「どうして、こんなの書こうと思った?」

「フミヨ、ミステリ好きじゃん? 読んでくれるかなと思って」

「わたしのため……」

 

 

 その後、丁寧にプロットを組んで、どうにか完成した。


「じゃ、主人公の名前から決めよう」

「フミト。フミヨから取った。ハッピーエンドになるから安心して。殺人も傷害にとどまっているから」

「そこは決めてるんかい」


 

 だが、少なくともフミヨのハートは殺めたかもしれない。

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同級生の書いた小説が、「僕は人を殺めたかもしれない」という書き始めから止まっている 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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