第2話 目を閉じるシーン
夕方五時を過ぎた場末のカフェーは秘密の花園だった。
秘密の会員しかいない店内――表向きは勿論閉店している――にささやくように灯りがともるころ、店内はがらりとその姿を変えて。既に世界から禁止されたさまざまなものがあふれかえり、踊り出す。
しかしこの場で彼らをはばかるものはいない。
誰もが思い思いのたのしさで、ゆるやかさで、ゆるされるためにこの店に足を踏み入れている。
彼もそんなひとりだった。
本の旅商人。
彼はいつも少女をひとり連れていて、彼女との関係性を『本と持主』であると触れ回っていた。少女はとても美しかったけれど、ひとつ欠点があった。まぶたが存在しないのだ。目のあるべきところにはお粗末な義眼がはめられていて、その詳細を誰も語りたがらなかった。
「わたしがまぶたを閉じると」
言葉少なに彼女は言った。
「世界が終わってしまうの」
そんなバカな、とふざけた客が、少女の目の上に古本で覆いを作った。制止する客もたまたま居らず、持主さえも席を外したときだった。
目を閉じてみろよ、と客が言う。
場末のカフェー、灯りの下で。抵抗のしようがないと諦めた彼女は、紙の動きに合わせて目を閉じた。その唇がまぶたが降りる合間につむいだ言葉を、彼たちは知らない。
とっぴんしゃらりのずるるん、はらり、ほう。
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