ぷちヘキまとめ

井村もづ

第1話 お湯が沸くのを待っているシーン

 神様の産湯を沸かしている。夜中にコトコト、代々受け継がれし夜のヤカンで。

 沸騰させるのは七年かけて集めた朝露のしずくと星から生まれるかけらを煎じた粉だ。

 今朝方満たされたしずくは、まっくらな闇のなかでも青みがかって澄んだ色をしていた。

 粉を落としてあたためて、ふたつが混ざったあんばいに、そっと沈み込ませるのはふるい神様の最後の涙だ。うっそうとした月に似た光をつくるそれをそっと指で撫でてから、やさしく水面に落とす。

 それから。

 生まれるとき、には、うたが必要だ。祝福のうたを奏でなければ。

 息を静かに吸って、吐く。うたうのは子守唄だ。ゆっくりと寝息のようにはじまって、そして徐々に響かせて。声をつむぐ。


――あぶく、は、めざめ、あなたは、祝福されし、かみの、こ。


 かつて自分がうたわれたうただ。そして、今夜は自分の、うただ。それが誇らしくもうれしい。

 うたに寄り添って、より一層ヤカンの中で弾けた泡が、徐々に大きくなって光を宿す。一番大きく光が弾けたら完成だ――ひと息に蓋を開け放つと産まれたばかりの神様が飛び出していった。その尾っぽを見ながら、最後に残った産湯でコーヒーを入れる。誕生のあとの一杯はいつにも増して格別な味がした。

 祝盃を上げると、ぴぃよと朝が鳴く。 

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