第6話 きらりちゃんと動物園に行く
妖刀のある場所は分かったが、気づいた時間が遅かった。俺もきらりちゃんも閉園された動物園に入る事はできない。
また、騒ぎになると妖刀を刺激する恐れがあるので、俺ときらりちゃんは次の日の朝に普通に動物園に行く事にした。
そこでさりげなく妖刀を捕獲するのだ。
神職である自分が一人で妖刀の相手をすると豪語していたきらりちゃんだったが、動物園に行った事は無いと言う。だから、俺が案内する事にした。
まあ、俺も動物園に行くのは子供の時以来なのだが、調べられるだけの事はネットで調べた。後は何とかなるだろう。
近所の動物園。俺は朝からゲート前できらりちゃんを待っていた。神社で待ってもよかったのだが準備する物があるから先に行ってと言われたんだ。
なら、待っているのが男の甲斐性という物か。
「まさか俺が女の子とデートする日が来るとはな」
手持ちのアイテムで一番のお洒落をしてきたつもりだ。おみくじ様のお告げにしたがって貯金も崩してきた。
「頼むぜ、おみくじ様。俺に彼女を作らせてくれよ。きらりちゃんはどんなお洒落をしてくるんだろうな」
やがて、きらりちゃんがやってきた。
「お待たせして申し訳ありません。準備に手間取ってしまいました」
「その姿は……!」
いつもの巫女服だった。そして、妖刀との決戦を見越してだろう。いろいろ道具の入った袋を背負っていた。
「荷物持とうか?」
「いえ、結構です。私が使う物なので」
「じゃあ、入ろうか」
「あ、お金払います」
「いや、俺が払うよ。俺は今月のガチャはここで賭けると決めて来たんだ」
「そうですか」
きらりちゃんは余計な反論はしなかった。彼女の意識はもう妖刀との戦いに向いているのかもしれない。だとしたら残念だなと思いながら俺達はゲートをくぐった。
「カピパラだ~」
途端に横から華やいだ声が上がった。何事かと思ったらきらりちゃんが目を輝かせてカピパラに近づいていく。
「ちょ、きらりちゃん!?」
何て事だ。俺はきらりちゃんの動物園初心者ぶりを甘く見ていた。彼女は可愛い動物への耐性がまるで無かったのだ。
「わぁ、ふわっとしてるぅ。草食べてるよ、草ー」
「うわあ、食べてるねえ」
喜んでいる彼女に早く妖刀を探しに行こうぜと言うのも無粋というものだろう。まだ朝の早い時間で閉園までは時間がある。今はきらりちゃんが喜ぶままに動物園を回る事にした。
「えへへ、楽しいですね。うおお、リアルのキリンさんだー」
「首が長いね」
「象さんもいる!」
「鼻が長いね」
「ペンギンがいる! 南極にいなくて大丈夫なの?」
「元気そうだから大丈夫なんだろうね」
「かわいい……」
「きらりちゃんに楽しんでもらえて何よりだよ」
彼女は心からの笑顔を見せている。俺はそんな彼女を微笑ましく思う。いろいろ見て回ってお昼になった。
俺はきらりちゃんと適当な良さそうな店に入ってお昼にする。来た時はお仕事モードだったきらりちゃんは今ではすっかり上機嫌なお客様だ。
「可愛いし美味しいし、ここは地上の楽園ですね!」
「そうだね。お昼からはどこを回ろう」
「そろそろパンダを見に行きましょうか」
「お、いよいよパンダを行っちゃうか」
俺はきらりちゃんとパンフレットを見ながらこれからの予定を相談する。すると、きらりちゃんの顔色が変わり始めた。
「パンダ……パン……ああ! 忘れてましたー!」
「妖刀の事?」
「そうですよ! 何で教えてくれないんですか!」
「いや、動物園に来たんだし、動物を見てから行くのかと」
「世界の危機なんですよ! 動物を見ている場合ではありません!」
きらりちゃんは立ちあがって荷物を持ってすぐに向かおうとする。だが、俺はそんな彼女を止めた。
「いいけど食べ終わってから行こうぜ」
「でも、悠長な事を言っていられる状況ではないんですよ」
「焦っても仕方がない。閉園までは時間があるし、ここの食べ物を置いていくのももったいないでしょ」
「うむむ……」
ここにはきらりちゃんの注文した美味しい物がまだたくさん残っている。彼女も観念したのか葛藤を終えて諦めたように座った。
「むう、分かりました。急がば回れとも言いますし。それでは食事が終わったらすぐに向かいましょう」
「そうそう、準備は万端に整えてから行こう」
それからの彼女はまるでリスのように寡黙になってもぐもぐと食べていた。そんな彼女を眺めるのも楽しかった。
「「ごちそうさま」」
そうして、俺達は食事を終えていよいよ妖刀のある場所へ向かう事にした。まだ移動していないのなら妖刀はパンダのいる場所にいるはずだ。
「しかし、何でこんなに人が多いんだろう」
動物園の中は人であふれていた。俺達が歩いている通路もかなり混雑している。
「さすがパンダ。人気があるんだな。この分だと妖刀がある所まで辿り着くのは骨が折れそうだ」
俺がそう思っていると服の裾をぎゅっと握ってくる手があった。きらりちゃんの手だ。なぜか目を強く瞑っている。
「きらりちゃん、どうしたの?」
「もう可愛い物に釣られないようにしませんと。このまま妖刀の場所まで連れていってください」
この動物園にはきらりちゃんの気を引く物が多くて彼女は煩悩を振り払うのに大変そうだ。さっきから口数が少ないと思っていたが我慢していたのか。
このまま彼女の望んだ通りに妖刀の場所まで行くのもいいが、いじわるしていけない場所まで連れていくのも面白そうだな。
お化け屋敷とか……彼女なら怖がるどころか逆に退治してしまいそうだから、ファンシーショップとかに連れて行く方が面白いかもしれない。
彼女が目を開くとそこは可愛い物がたくさんある空間。そこできらりちゃんは……
刺激の強い妄想はこれぐらいにしておくか。目的地が近づいてきた。きらりちゃんが言った通り時間はもう少なくなってきてるし、妖刀をいつまでも放置しておくのも危険そうだ。
それに彼女の望みを叶えてあげたい。俺はきらりちゃんに頼られる男になりたいのだ。
やがて、目的地に辿り着いた。
「着いたよ、目を開けて」
「ん……」
きらりちゃんが目を開ける。するとそこにはパンダがいる。きらりちゃんの目はすぐに子供のように輝いた。
「うおお、パンダ~」
「うん、パンダだね」
「パンダパンダパンダ~」
「パンダだね」
「可愛いよ。笹食べてるよ。やばいやばいやばい」
やばいな、きらりちゃんにはパンダしか見えていない。俺は彼女の意識を仕方なくファンタジーから現実に戻してやる事にした。
「パンダもいいけどあそこに妖刀があるよ」
「え、妖刀!?」
そう、俺はとっくに確認していたけど、パンダの近くの地面に妖刀が刺さっている。
「やばい! 早く回収しないと!」
「入れないと思うけどどうするの?」
「ここからお札を飛ばします!」
きらりちゃんは巫女服からお札を取り出して念を込め始める。
「パンダさん、ごめんなさい! すぐに終わりますから!」
「目を瞑ってたら当たらないよ」
「分かってます。今から開けます」
するとそれを感じ取ったのだろうか。パンダが笹を食べるのを止めて移動すると刺さっていた地面から妖刀を抜いた。
「「「おおおおお」」」
会場にざわめきが走る。玩具を使ってパフォーマンスをすると思われているようだ。きらりちゃんは驚いて口を開けていた。
「どうしてそれを抜いちゃうんですか、パンダさん!?」
「パンダも何かを感じたのかもな。あるいは妖刀に操られたか」
「うぬぬ……こうなったら仕方ありません! 私が直接行って妖刀を回収します!」
「待って! それはダメだ!」
俺はきらりちゃんを止める。みんなが見ている前で勝手に柵の中に入ったら大目玉じゃ済まない。
「放してください! これでは妖刀を回収する事が出来ません!」
「大丈夫、俺に任せてくれ」
「でも、どうやって……」
「ふっ、見てろよ」
俺は手をパタパタと動かすと指笛を吹いた。するとパンダがゆっくりとこっちに歩いてくる。
「よし、いい子だ。そのままこっちに来るんだ」
「何をしたんですか? まさか、パンダを呼ぶ事ができるんですか?」
「まあな。これでもゲームの世界ではいろんな動物をテイムしたんだぜ」
「凄い。凄すぎる」
きらりちゃんが感動している。俺も鼻が高い。
そして、パンダは少し歩くと飽きたかのようにまた笹を食べ始めた。妖刀をその場に置いて。
「おい、こっちまで来いよ!」
「……いえ、この場所なら! 急急如律令! 妖刀よ、封印されよ!」
きらりちゃんがお札を投げる。それは刺さっていた場所よりも近くに置かれた妖刀に届いた。
お札と妖刀はしばらく争うように火花を散らしていたが、やがてレンジをチンし終えたように収まった。
妖刀のやばい力は封印され、後は係員に話して妖刀を返してもらった。
子供がうっかり玩具を投げ入れてしまったと説明して。
きらりちゃんの姿を見れば納得してもらうのは簡単な事だった。
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