指先一つで簡単さ! 不良くんが私の手のひらで転がされている(意訳)

みずがめ

本編

 私が所属している漫画研究部は旧校舎の一室でひっそりと活動していた。

 今や部室棟扱いの旧校舎。用がなければ好き好んで足を踏み入れないであろう場所だ。

 なのに、だ。


「うーん……」


 昼休み。憩いの場所と定めていた漫研の部室で、金髪の不良がスマホを片手に唸り声を上げていた。

 ドアを開けたまま固まる私。巣に戻ったら肉食動物に占拠されてました。端的に今の状況を表すとそんな感じ。

 お弁当を食べながらネット小説を読むという贅沢をしようとしたからなのか。こんなところで不良くんとエンカウントするだなんて、もっとマシな罰ゲームは他にもあったでしょうに……。


「……」


 沈黙。口を開くどころか、指先一つも動かせない。

 不良くんはスマホに夢中なようで、私の存在に気づいていないようだ。音を立てずドアを閉める。そして一目散に逃げるのだ。それが今一番すべきことである。


「ん、誰だ?」


 見つかっちまったよ……。

 どうする? いっそのことフレンドリーに話しかけてみようか? それとも顔を伏せて逃げるか。私のモブ顔なら覚えられることもないだろう。


「……高橋か」


 ばれてるんかい!


「そういう君は門脇くんじゃないですか」


 逃げられないのなら前進あるのみ。私は部室へと足を踏み入れた。ていうか部外者なのは門脇くんの方だからね。

 門脇義信。隣のクラスの男子である。

 つまり同級生だ。ならば恐れることはない。たとえ金髪だろうが、怖い面をしていようが、街でケンカに明け暮れているという噂があろうともだ。


「俺のこと知ってるのか?」


 そりゃあ同級生の中でも有名人だからね。危険人物的な意味で。


「むしろ門脇くんが私のことを知っている方が驚きですよ」


 本当にね。マジで勘弁してもらいたい。

 地味な女子の私。門脇くんと接点なんてなかった。むしろどうして私の名前を知っていたのだろうか。


「そりゃあ同級生だからな」

「でも同じクラスになったことないですよね」

「……悪いかよ」


 まずい、怒らせてしまったか?

 何か別の話題に変えなければ。そう考えて、彼が持っているスマホに目が行った。

 そういえばスマホとにらめっこしながら唸り声を上げていたっけか。


「門脇くんはスマホで何をしていたんですか?」

「い、いやこれは……っ」


 あれ? 思った以上に動揺しているぞ。

 ふふふ、これは攻め時かもしれませんね。


「う……く……っ」


 おお、苦しそうだ。ただ見つめているだけで何もしていないんだけどね。


「わかった……教えるから……」


 門脇くんは観念した。

 少し顔を赤くしながら、彼は言った。


「……小説を書いていたんだ」

「小説、ですか?」


 門脇くんがこっくりと頷いた。


「これなんだけど」


 差し出されたのは彼のスマホ。その画面には、とあるサイトが表示されていた。


「『ヨミカキ』じゃないですか」

「高橋も知ってたか。さすがだな」


 さすがも何もない。私も利用させてもらっている小説投稿サイトなのだ。利用、と言っても読み専ではあるけれど。


「門脇くんは『ヨミカキ』で小説を投稿しているんですか?」

「ま、まあな……」


 あらまあ、不良くんが恥ずかしがっておるぞ。お可愛い反応だこと。

 でも恥ずかしがる必要はない。「ヨミカキ」は小説投稿サイトの中でも一、二を争うほどの規模を誇る。それこそ老若男女、誰が利用していたとしても不思議じゃない。たとえ不良くんだとしても、だ。


「だけど……」


 門脇くんの表情が曇る。


「俺の小説……全然読まれないんだ」


 彼はとても悔しそうに言った。悔しさからか奥歯がギリッと音を立てた。私は一歩後ずさる。だって怖いんだもん。


「いくら更新しても、一つも★がつかないんだ。フォローもされないし応援コメントもきたことがないし、ずっとゼロのまま。だからpvも全然増えないんだ……」

「そ、それは大変ですね」


 顔がどんどん怖くなっているのに彼は気づいているのだろうか? いないんだろうなぁ……。

 私は小説を投稿したことはないけれど、評価されないことがどれだけ辛いことなのか。門脇くんの隠し切れない感情に触れるだけで、ちょっとだけわかってしまった気がする。


「で、でもまだ始めたばかりならこれから──」

「もう三十話は投稿している。物語も終盤に入った……」


 そこまで更新してフォロワーも★もゼロか……。

 でも、まだ希望が潰えたわけじゃない。

 完結さえすれば一気に読まれる可能性はあるけれど、何か励ます言葉はないかと探してしまう。

 だって門脇くんの落ち込みようといったら、ちょっと見ていられないくらいの落ち込みっぷりなのだ。


「……こんなにも辛いなら、もう執筆するのやめようかな」

「だ、ダメですよっ。せっかくがんばって書いてきたんじゃないですか。もう終盤だって、あと少しで小説が完結するのに」

「でも誰も読んでいないのに完結させても意味ないんじゃないかなって……」


 くっ、不良くんのくせになんて弱々しいんだ。

 私は別に門脇くんと接点があるわけじゃない。

 でも、読み手と書き手の違いがあるにしても、同じ「ヨミカキ」のユーザーだ。こんな顔をさせたまま退会したともなれば、なんというか目覚めが悪いではないか。


「とにかく! 弱音は完結した時にでも好きなだけ吐いてくださいよ! 私が全部聞いてやりますからっ」

「お、おお……?」

「小説を執筆している時、作者は孤独かもしれません。でも絶対に読者はいるんですから。門脇くんに見えていないだけで絶対にいます! 絶対! 絶対の絶対です!」


 門脇くんはこっくりと頷いた。ゴリ押しって効果あるのね。


「……ありがとな」


 彼がこんなにも優しい声を出せるだなんて驚いた。不覚にもドキリとしてしまった。



  ※ ※ ※



 夜。私はベッドに寝転がりながらネット小説を楽しんでいた。

 もちろん「ヨミカキ」である。玉石混交の中から自分の好きな作品を探し当てるのが至福の時である。


「これは名作だな」


 私は確信する。笑いあり涙ありの素晴らしいファンタジーだった。

 こういう作品を見つけ出すと心が躍る。読後感に浸りながら応援コメントをのぞいてみた。


「あれ、コメント一つもないんだ」


 ならばと小説情報を見てみる。そこには応援コメントどころか、おすすめレビューや小説フォロー数もゼロだった。


「こんなに面白いのにもったいない」


 そこで思い出すのは昼間のこと。門脇くんが評価ゼロという現実に嘆いている姿だった。


「ふむ……」


 読者として、ユーザー登録している私には権利がある。

 それは気に入った作品を応援する権利だ。フォローや★評価、応援コメントといったものがそれらに当たる。

 感想の文章に苦戦したとしても、評価は簡単に気持ちを伝えられる。★やフォロー、各話の応援はクリックするだけだ。


 そう、作品を評価するのにデメリットなんて何もない。もっと気軽にポチッと押してもいいのかも。


「よし」


 私は意を決してスマホの画面をタップした。



  ※ ※ ※



「おう高橋。待っていたぞ」


 私は門脇くんと待ち合わせをした覚えがないんですが……。


 次の日。昼休みの憩いの場所である漫研の部室へと訪れた。

「静かに執筆できる場所を求めてここへ来た」なんて言っていたものだから、私がいる以上もう来ないと思っていたのに、またもや門脇くんが我が物顔で部室にいた。しかも仁王立ちで出迎えられてしまった。これは逃げられない。


「今日は高橋に報告したいことがあるんだ」

「はあ……」


 嬉しそうだな不良くん。昨日絶望感に打ちのめされていたのとは大違いだ。

 彼はスマホの画面を見せつけてきた。


「これを見てくれ!」


 門脇くんが見せてきたのは「ヨミカキ」に掲載されている小説情報のページだった。

 そこに表示されていたのは昨日までとは違う。と、彼の顔が物語っていた。


「ゼロ、じゃない?」

「そうなんだよ! ついに俺の作品が評価してもらえたんだ!」


 昨日はゼロだと聞いていた★とフォローが増えていた。

 小躍りしそうなほど喜んでいる。怖い見た目をしている不良くんだけれど、こうしてみると可愛いじゃないか。


「そっか、それはよかったですね」

「しかもだな、なんとレビューコメントまでもらったんだ!」

「へぇー、それはよかったですね」

「高橋にも教えてやろう。感想をくれたのは──」

「……え?」


 門脇くんが高らかに読み上げるのは、そのレビューコメントを送ってくれたという人の投稿者名。

 ぶっちゃけ、私だった。

 昨晩、私が名作認定した作品。それは門脇くんの作品だったのだ。

 気持ちのまま★評価とフォローをした。さらに溢れる気持ちのまま感想まで書いた。

 なんてこったい……。それがまさか知り合いの作品だったとはね。


「くぅ~! モチベ上がってきたぁー! 絶対に完結まで書き上げてやるぜ!」


 でも、これだけ喜んでくれるのなら応援した甲斐があったかなって。私も好きな作品に関われて嬉しくなった。



  ※ ※ ※



 その後の話。

 門脇くんは見事作品を完結させた。私が名作と確信した作品を、である。

 すると完結ブーストという現象が起こった。

 彼の作品が完成したのだと保証されたのだ。そうなると腰を据えて読もうという読者が増える。読み手の中には完結した作品しか読まないといった人もいるからね。

 あれよあれよという間に門脇くんの作品に★が入っていった。その勢いのまま総合ランキングへと駆け上がり、まさかの書籍化までしてしまった。

 もし私が評価ボタンを押さなかったら? 門脇くんは書籍化どころか完結までたどり着けなかったかもしれない。そう思うのは傲慢だろうか。


「高橋、何にやついてんだよ」

「えー、べっつにー」


 私と門脇くんの関係はまだ続いていた。

 あれっきりになるかと思いきや、彼は執筆の悩みを私に相談してくるようになった。気分は編集者。まあ私が口にしたといえば精神論くらいなものだったけれどね。

 今はコミカライズ化した門脇くんの作品を、私が描いている。私もまた夢を実現したのだ。


「早く描いてくれないと締め切りに間に合わないだろ」

「じゃあ名前で呼んでー」

「は?」

「名前で呼んでくれたらがんばるからさ」


 門脇くんは顔を真っ赤にする。

 接しているうちに門脇くんは別に不良くんではなかったと判明した。金髪は地毛である。祖母が欧米の人らしいのでそこからの遺伝だとか。

 顔が怖いのは仕方がないにしても、不器用な性格が彼を不良くんというキャラにしてしまっただけとのこと。彼に関する噂は全部嘘っぱちだった。

 実際に、恋人になった彼は私をとても大切にしてくれる。


「ち、千里……愛してる、ぞ……」

「~~!!」


 あ、愛の言葉を添えろとは言ってないでしょうがっ!

 好きだという気持ちを伝える。伝えられた側はこんなにも嬉しくて、もっと好きになってしまう。だからまた、がんばれるのだ。


「わ、私も……義信のこと、愛してる……!」

「~~!!」


 この後めちゃくちゃ愛し合った。


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指先一つで簡単さ! 不良くんが私の手のひらで転がされている(意訳) みずがめ @mizugame218

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