遥か古の清算

1

 朝持ち場に来た途端、事態が把握できないトラブルに見舞われることは早々ない。

 【調律の森】に凄まじい魔力の塊が現れた。即ち『早々ない』ことが起こった訳である。

 まず僕らが守っている境界の門を無視して【調律の森】の真上に現れて、一直線へと落っこっていく光とか敵襲ばりにヤバいしあり得ない事態な訳だ。

 見掛けた以上無視はできないので現在進行形で速攻向かっている最中だ。


「なぁ、あの森に知影も月華もいて俺ら側が不利になるような問題起こると思うか?」


「それmeも思っちゃったけどさ、おじさん、中立世界を守っている門の無視ができちゃうって事実がやばいって言いたいんだよね?敵じゃなくてもさ。」


 最速で羽ばたく名留ちゃんへ、僕は頷く。が、僕を抱えて飛んでいたタケルさんは渋い顔のままだった。


「ただよぉ、お前らもわかってると思うけど、門に落ちてきたあの力……わかるよな、心愛。」


「そう、だねぇ……確かに無視は良くないんだけど、タケルさんが察している通り、あれが一直線に門に来られても僕らじゃ太刀打ちできない。ぶっちゃけ放っておきたい。」


 羽をはためかせながら名留ちゃんは首を傾げ、僕を抱えて飛ぶタケルさんは近づくを遠目に視認して「うわー……。」とげんなりした声を上げた。タケルさんの想像が現実になってしまったのが森を見てわかったらしい。


「森に落下した魔力は月華ちゃんと同じ、でもあの子より強い力を持っていた。つまり客人は、彼女と最も強い縁を持つ人ってことだ。」


「……え、あ、そっか、そういうことか。」


「そういうこと。この予想が当たっているとしたら、あそこに来ているのはきっと……。」


 やっと僕らが察したことを理解した名留ちゃんに、更に先の予想を話しつつ【調律の森】の中枢に着いて見た光景に一瞬、呆気に取られた。


「ああ、息災のようでよかったよ月華。私が思っていた以上に森はお前を愛しているのだな。」


「まだ、母さんほどじゃないよ、ちぃさんも助けてくれるから森が受け入れてくれている……と、思っているの。」


 片や月華ちゃんに面影がある……でも切長で眼力が強い目の造りからか言葉とは裏腹に冷たい印象が拭えない妙齢の女性が微笑みながら月華ちゃんの頭を優しく撫でている構図。


「えぇーやだお前、俺に擦り傷一つつけらんないとか弱、よっわ、雑魚。いや魚に失礼な弱さっぷりじゃねーかおい、どんな鍛え方したらこんな体たらく発揮できんの?」


「っ……く、そが、あんたが規格外に強すぎんだよっ、だああああ1!クっソ馬鹿力が全然動けねぇ……!!」


 片や青い髪が特徴的で凛々しく整った顔の作りの紅い瞳の男性に、地面に下半身を埋められ頭を踏みつけられ絶賛ブチ切れているボロボロの知影さん。そしてその勝者は知影さんと同じような羽を持っている……つまり、初めて見る方の男性も天使だということか。


「何この……片や美人天国に片や蹂躙地獄の相対シチュエーション。」


「しかも見ろよ、地獄絵図の方天使が起こしてんぞ。」


「ヒィ天使怖い……これ見なかったことにして帰っちゃダメ?。」


 名留ちゃんとタケルさんが死んだ魚のような目でギャーギャーと喚く天使2人を眺めてまさに的確な表現をしてくれたけど、問うというかもう帰宅命令がほしいと言わんばかりの表情でこっちを見ないでほしい、お願いだから。


「あ、心愛さん。」


 が、今回ばかりは不幸である。月華ちゃんに気付かれて帰れなくなった。前よりも明るいガーネット色の眼がパッと輝いてこっちを視認すると、一緒にいた女性がこちらに顔を向けた。


「……嗚呼、もしやあの門を守護していた者達か?」


「へ、あ。」


「すまない、本来なればあれを通らねばならないとはわかっていたのだが、森が直接道を繋いでくれたもので、無碍にできなかった。汝らに危害を加える気はない、それはわかってほしい。」


 女性の方が僕らに近づいてきて申し訳なさそうに眉を下げて謝ってきている。その感じが月華ちゃんにそっくりなので警戒心とかそういうの持っても無駄な感じがしたが……というか濁しながら言っても仕方ない。


「あ、ええとご丁寧にどうも、一応タッち……失礼、王に報告をしないといけないので、その、差し支えなければ名前など聞いてもいいでしょうか?」


「嗚呼……そうか、名を名乗れば、私達が危害を加える存在ではないことの証明にもなるな。」


 女性は打って変わって目元をもっと和らげた笑みを浮かべて、僕らへ挨拶をした。


「私はアンス、月華の母だ。娘が大変世話になっている、仲良くしてくれてありがとう。」


「おおおおおおおおお母様ああああああああああ!!!???」


 思っていた通り、名留ちゃんが絶叫した。タケルさんは来訪者もとい月華ちゃんの両親を見て唖然としているし、僕はキリッとした顔立ちなのに表情がガラッと人懐こい印象に変わった女性に戸惑って上手い言葉が出てこない。そんな中脊髄反射で物を言う今の名留ちゃんの存在はありがたかった。


「えっ、えっじゃあ待って待ってちーちゃん沈めてる地獄絵図作ってる天使さんってまさか、つ、月華さんの……?」


「割と失礼な子供悪魔だな、うちの可愛い娘を手篭めにした馬の骨野郎に対して愛あるしごきをしているだけだろ。」


「やっぱりお父様だあああああああ!!!!」


 彼女の絶叫のおかげで、ポツリとタケルさんの添えられたツッコミは僕以外の誰にも届くことはなかった。


「驚く前によく見ろよ、月華って外見母親だけど目の色は父親と一緒だろうが。」


「タケルさんよく気づいたねそこ……。」


 ちなみにお母さんもといアンスさんの目の色は、月華ちゃんと異なって綺麗な紫色。どうして気づかなかったのだろうか……。


「それじゃ改めて自己紹介と謝罪な、俺はチル。多分知影から聞いてんじゃないかと思うけど天使名はガブリエル。本業はアンスの嫁と月華の父親だ、故に顔パスで入れるはずだったが、不法侵入になったみたいで悪かった。」


「私はアンスという。月華の母親で、此処では恐らく【声無の魔女】として伝わっているようだが……大したことはしていない。」


 うん、流石月華ちゃんのご両親。シンプルなのに情報量が多い。大したことをしているから異名があるのだと言いたいところではあるけれど。


「ええと、僕らも先に自己紹介をします、此方の世界と多世界の境の門番をしています、心愛といいます。こちらこそ、月華ちゃんにはいつも助けられています。」


「はい!!心愛ちゃんの忠実な下僕で名留って言います!!月華さんとは大変仲良くしてもらおうと思ってます!!」


 手を上げて元気よく自己紹介姿はいい子そのものだが、自分を下僕と称したり未だに月華ちゃんと距離が縮んでいないことを敢えて暴露する必要はあっただろうか?あらぬ誤解を生むから下僕を名乗るはやめて欲しい。


「あんたらに俺の自己紹介いるか?」


「タケルさん!?」


 そして丁寧な自己紹介を心がけていた流れを叩き折ったのは案の定タケルさんだった。一番黙っていて欲しかった人でもあったから思わずストップをかけた。


「2人は敵かも味方かもわかんないんだから、心象!!心象大事!!」


「ふふ、賑やかな方が本性の方だな?心配せずとも娘の友と敵対する意はない。」


 優しい笑い声で僕を諌めたのはアンスさんだった。


「【審判】の者よ、その異神は月華の眼を知っている。ならば私の眼に何が写っているかも大方理解しているから名乗らぬ、そう言いたいのだ。」


「そ、そう、なんですか?」


穏やかな笑顔を見せるアンスさんは何も気にしていないようだけど僕は動揺している。【アルカナ】と【審判】の言葉を出していないのにはっきり言い当てたこと、タケルさんを異神と言ったこと、誰にもまだ明かしていないことを彼女は見通しているというとも言える。

 

「私は人に紐づけられた運命と人成らざるモノを認識できる、汝らは種族の垣根を越えこの世界……いや、其方に力を貸している。それ以上、暴く必要性もなかろう?」


 尤もアンスさんはそれをここで明らかにするつもりはないようで、僕らを見るアメジスト色の目は暖かい印象のままだ。隣にいる月華ちゃんを時折優しく見る眼が母親の色をしているからだろうけど、内心僕はほっとした。

 尤も、娘たる月華ちゃんがどれだけ僕らのことを見通しているのか、という謎うは残ってしまったのだが……。


「ええと、お母さんのアンス姉さんが人の運命を分かるなら……月華さんもそういうの分かもがっ!!」


「馬鹿聞くな!!分かってたら知影とのこと未然に防げただろが!!」


「ンゴォっ!!……はっ!!ごめんおじさんナイスプレー危ない危ない。」


 うっかり思考の海に入っていたら、名留ちゃんが月華ちゃんとアンスさんににやばい質問を投げそうになっていた。口を塞いだタケルさん、ナイスプレーである。


「それで、アンタらは本当に何しにきたんだよ。」

 

 更にいいタイミングで知影さんがお茶を一口飲んで本題へと切り込んだ。


「果たさなければならない目的があって、ここにきた。」


「目的?」


 質問に答えたチルさんが先に立ち上がる。


「昔の俺達ができなかった決着を、つけにきたんだ。」

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選択肢防衛戦線 柴犬美紅 @48Kusamoti

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