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「緑が多いんですね。」
「碧摺の区は住居スペースでもあり農業スペースも兼ねてんだ、てか住んでる連中大体が農民系だからクソつまんねー緑なのは当然っちゃ当然だわな。」
「言ってることは当たってますけど案内人としての態度は相当マイナスですよタケルさん……。」
何が名留ちゃんを駆り立てるのか土下座つきでの懇願までされ、更にゲッちゃんとタッちゃんの悪ノリのせいで知影さん達の動向を追うことになった。タケルさんの視界を皆で共有するように働きかけると、早々にリクローが控えめに注意している場面から始まった。機嫌悪そうに睨むタケルさんが怖いだろうに、ごめんリクロー、荷が重すぎたね。
「ここなら確かに人が住みやすそうな……そんな感じがします。でも中央区にも人が住むスペースはあったと思うんですが。」
「それは中央区の街並みの方が自分達のいた世界に似てて住みたいって人向けね、あとは医者とか商売やっている人がそのまま住み込むようになって今に至る感じかな。」
「……そういえば皆さんほぼ自力でお仕事をしているように見えますが、この世界の人達は私達のような力を持っている方々はいないのですか?」
月華ちゃんはタケルさんに質問するのを最初から諦めているようでリクローへ聞きたいことを聞いている。
「えーと、使えるところから来ている人もいるけれど、大体がその世界に必要とされちゃっているからあんま居着かないね。ここで一生を過ごすって人は魔法使えない人の方が多いよ。」
「そう、なんですね……。」
「そ。どこぞの異世界のど偉い大魔法使いだとしてもあの連中を殺すことはできなかった。……魔力を持っている連中ほど勝ち目がないと踏んでここへ来て、俺らへあいつらを殺すよう願ってくる。来訪者をうまく利用することはできねーぞ。」
この辺りで不意にタケルさんの声が聞こえなくなった、突然会話に参加して月華ちゃんと何かを話しているのはわかるのだが口の動きも見えない位置で内容が本当にわからない。リクローは知影さんへ変わっているところを話しているようで2人のことに気づいていなかった。
「私の力を異世界の魔法使いに与えても……でしょうか。」
「やめとけやめとけ、お前自分の力の強さわかってねーのか、無駄に与えたらそいつが化け物になっちまうって……こっちに移住していた異世界出身の魔法使いが天使と悪魔に対抗しようとしたが出来ずに死んじまった例がある。つまり天使と悪魔に対抗できるのは『この地に初めから生まれ落ちた人間』だ。そしてその人間に力を貸すと契約し力を得た、人間じゃない天使か悪魔かそれ以外の人外、俺やお前、知影達しかいない。」
「抗える力を持つ人間は少ない。だから先王は私の力を必要としていた。」
「……今知ったって顔してっけど、お前このこと分かっていたから先王のジジイの誘い断ったろ。」
「……ちぃさんが協力をしてほしいといえばやると私は答えていました。でももし、あの時自分から力を貸していればちぃさんは死ななかった……と考えたら後悔ばかり思うんです。」
「考えているもしもが最適解だったかはもうわかんねーんだから、あいつが今お前の隣にいることを喜んどきゃいいんじゃねーか?」
「……ああ、そうですね、もう一度ちぃさんと一緒にいられることを許された今を、大事にしないと、二度を繰り返さないようにすればいいんですよね。」
「おい何月華と至近距離で話してんだ離れろクソ悪魔、てめぇに月華の魂は渡さねぇからとっとと離れろ。」
「ああ?これから【アルカナ】として仕事していくから、この優しい俺様は後輩にエール送ってやっただけだぜ?」
「呪いの間違いだろ。」
「喧嘩か買うぞ。」
秒速の勢いで知影さんが月華ちゃんとタケルさんの間に割って入った瞬間、音が戻ってきた。割としょうもない喧嘩が始まっている。
「月華ちゃん、タケルさんと何話してたんだろうね。」
首を傾げるタッちゃんとゲッちゃん達と一緒に帰ってきたタケルさんへ聞こえなかったところを問い詰めたけれど、答えは得られなかったのだった。
さて、緑一面を歩く4人の行き先を見守りつつ、月華ちゃんは興味が尽きないのか世界について質問していってくれた。タケルさんは曖昧な答えばかりだが、リクローと知影さんはしっかり答えていった。
リクローはともかくブランクがあるというのにその辺しっかりしているのは流石知影さんだ。でもその度にタケルさんをバカにするように鼻で笑うのはやめてほしい。
それから一応、タケルさんには後でテストを受けてもらおう。前回の点数もしっかり控えてあるからどのくらいあがったか見ものだ、とほくそ笑んでいる僕を見て名留ちゃんが怯えて泣き始めたがまあ知らないふりをした。
「美味しい。」
「美味いのに沼茶ってまだ飲む気失せる名前のままなのかよ……にしても、変わらねぇと思っていたがそうでもねぇんだな。ここ知らなかったし、また行くか?」
2人は碧摺の区名物の沼茶ラテを飲んでいる。道中買ってその場で飲める簡易的なカフェが開いているのは僕も初めて知ったというのはさておき、知影さんの優しい眼差しを受けとめて月華ちゃんはこっくりと頷いた。
小休憩を挟んでどこに行くのか見守っていたら、どんどん山へと向かっていて、どうやら青碧様と榛摺様がいる処にいくのだと察せた。どこまでも広がる緑と民家、それをしっかり見つめつつ月華ちゃんは疑問を口にしていく。
「此処は天使と悪魔以外に争うことはないんですね。父や母は人同士も戦うことがあるって言ってましたが、此処にいると、それが嘘みたいに思えます。」
「此処はないけど、人間同士が自分の利益のために争うって選択をする世界は本当にあるよ。」
「え?」
リクローが苦笑してため息をついた。
「悲しいかなそんな珍しいことじゃないんだよねぇ……たまーにそれをどうにかしてくれって言ってくる人がいるけどさ、自分達で決めたんだから自分達でどうにかしなさいって言うしかないんだよね。俺らはあくまで天使と悪魔としか戦えないんだからさ。」
「天使や悪魔が介入している事象だと分かるものはありますか?」
「ああ、結構わかりやすいもんだぜ。」
隣に座っていた知影さんを月華ちゃんは見上げると、事もなげに知影さんは答えた。
「共通して悪魔と天使は『その世界にはない力』を持って現れる、大体が蘇生魔法だな。奇跡を起こせる唯一無二って思い込ませることで自分の身を安全なところに確保できて、権力持っている連中も駒に出来る。同時に自分には世界を変える力があること、あるいは自分が崇拝する神を信仰すれば世界は救われるだの言っておけば、自然と信仰が集まり連中の力も強くなっていくって流れだな。」
「信仰が世界の存在や存続の力になる話は聞いていましたが……それで神や自分への信仰心を力に変えて、他の神々の力を弱らせてこれたんですね。」
「そうだな。実際人間の蘇生なんてできてなくて、蘇生しているように見せかけて死んだ遺体を生きているように操っているか幻影を作って都合いいように操ってるってクソみてぇな魔法使ってんだけど普通はわからねぇ。連中が纏う魔力は人間と違うから、見たら一目瞭然だ。」
そう知影さんが締めくくると、月華ちゃんが納得した表情で頷いた。
そんな話をしていたら知影さん達は青碧様と榛摺様が居を構えている山の麓まで辿り着いていた。
「いらっしゃいみんなー!待ってたよ!」
「久しぶり知影くん、そして初めまして、月華ちゃん。」
榛摺様は人懐っこい笑顔で手を大きく振っていて、青碧様は穏やかな笑顔を浮かべて迎えてくれた。しっかり知影さん達がくることを把握していたところがさすが神様というべきか。
月華ちゃんは2人を視界におさめると、目を伏せ、跪いた。
「わーやめてー!そんな他人行儀な態度取らないでよー!」
そのまま挨拶をしようとした月華ちゃんを大慌てで榛摺様が止めた。彼女の手を引っ張って、同じ目線に立たせた。
「かしこまられるの嫌なんだ。普通に挨拶したいの。俺の名前は榛摺、この碧摺の区を治めている一柱だよ!」
「俺は青碧、同じくこの碧摺の区の統治を担っている一柱。わかっていると思うけど、俺達自体元々人間でね、神様扱いには慣れていないから普通に接してほしいな。」
「……お二人が、それで良いなら。」
月華ちゃんはニコニコと笑う2人に、お辞儀をした。
「この度【アルカナ:恋人】の名を頂きました、月華、と言います。よろしくお願いします。」
「よろしくねー!それで此処はどう?気に入ってくれたかな?」
「はい、とてもよい空気で人々も穏やかに暮らしているのが分かります。」
でしょー?と得意げに笑う榛摺様に釣られたのか月華ちゃんの目元が少し緩んだ。見てくれが少年だから、幼く見えたのもあるのだろうけどこんな優しい顔もできるようになったことに僕は人知れず安堵を覚えた。
「それにしても君が此処に来るのは久しぶりだね。」
「そうっ、すね、前線が主だったんで此処くる理由ってあんまなかったもんで。」
「あはは、此処は錫のところと違って娯楽もないしね。でも、頼ってくれたってよかったんだよ。俺じゃなくても錫でも、銀朱でも。そうしたら違った解決策もあったかもしれなかったんじゃないかな。」
「はは……俺のやったことについて、結構怒ってませんか?」
「あの子が来たあたりの時期で、君は諦めることを辞めただろう。森の研究も、君が独自に考えた術の理論の実現も、それなのに最後の最後で諦めたことについてはね。命を投げ捨てるような行為は、俺も錫も好きじゃないからね。あの子のところに行ったら一発殴られると思うから覚悟しときなよ。」
「……すんません。」
今度は青碧様と知影さんの方の会話が聞こえなくなった。さっきのこともあって、タケルさんがシャットアウトしたのかな、と思ったのだがそうじゃないようだ。
「そういやここの名物ってクソ甘い餅だったよな。」
「龍粉餅ですよ青碧様が手ずから作っているご利益満載の餅ですからそれだけは覚えててください!!」
タケルさんはうろ覚えの知識をゲッテンに嘆かれている会話。
「森にはない花がありますね。」
「こっちではよく見るよ!よくわかんないけど、お日様いっぱい当たるところだとすごく育つんだ!」
「そうなんですね。」
「【調律の森】だっけ?そこに日がいっぱい当たるところはある?種あげるから植えてみてね、綺麗な花が咲くよ!あげるね!」
こんな風に月華ちゃんがあれこれと植物のことを聞いているやりとりも聞こえている。青碧様との会話は内密か、と理解した。何より知影さんと青碧様が話している雰囲気は険悪ではないから、放っておいても大丈夫なんだろうと思った。
「それで、俺に頼みたいことって何かな?ある程度の無茶振りなら叶えられるけど。」
「……出来たらでいいんですけど、月華の森とここの森の一角を繋げるようにして欲しいんですよ、できれば青碧様の山の近くの森ん中とか、叶えてもらえたらでいいんですが。」
「そのくらいならいいよ、今榛摺が種を渡しただろう?普通の植物のように植えるだけで俺達の魔力を通して、繋ぐゲートになる。植えた場所がわからなくなっても、月華ちゃんが見ればわかるよ。」
「神の元で育った植物の種なら普通の植物じゃない気がするんですが……というか、何でそれやるのか聞かないんですね。」
「君が【調律の魔女】、月華ちゃんが現れたことで起こりうることとして立てた仮説を覚えている。中立世界の魔力が安定するのは連中にとって都合が悪い。森の支配権を奪取するための集中的な侵略が始まるだろうこと、ある意味で悪魔と天使の最後の戦いの幕開けになるんじゃないかって話をね。君が戦いに関して一度も嘘を言ったことなんてないから、そうなるなら俺達だって身を守るために協力するさ。」
「すみません、後ありがとうございます。」
タケルさん達がわいわい騒いでいる光景を見守っていたら、知影さんの口がある形を紡いだのが見えた。
「……この力を持ったことで、もう一つ対策必要なことがわかったんですよ。」
「対策?」
「心愛ちゃんが契約している使い魔です。」
千景さんと青碧様の表情が揃って変わる。剣呑な空気だけど、お互いがお互いを危惧したそれではない。
だって、僕は千景さんが何を言っているのかこの時だけ読めたから。
「残っていた希望が災いの意味を持つことを、出来るだけ阻止したいんすよ。」
『希望』『災い』。
彼が危惧しているモノ、相反する言葉を内側に宿す存在を僕は知っている。否、既にそこにいる。
今、横でころころと表情を変える少女のこと、そして僕自身、彼女をどうするべきか決断を迫られていることを知る。
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