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残念なことに天界製の固い鎧が首まで覆っていて防御があるから狩ることはできなかったものの、袈裟斬りのように振り上げた鎌は胴体に深く刃をめり込ませた。


『がああああああああああああ!!??』


 名留ちゃんは器用にも鎌に天使の大っ嫌いな不浄の炎を付与していたようで、斬られたミカエルの身体から濁った紫の炎が噴き上がった。


「どう考えてもただ森で平和に暮らしてた2人に奇襲かけたてめーが悪いわ!!てめーらは魔力を自由に使いたいって理由で襲撃かけているけど月華さん天界の何が欲しいとかで奇襲かけたか!?かけてないだろむしろ天界のての字も気にせず暮らしてただろーが何もしてねーだろーがバーカバーカ!!バーーーーカ!!!!」


 その目に激昂を隠すことなく、名留ちゃんは起きあがろうとしたミカエルを逃さないとばかりに炎の球を連続で叩きつける。


「羽しか詰まってないおめでてー頭にもう一度繰り返してやるわ!!てめーが襲撃しなきゃちーちゃん死ななかったし月華さんがこんな表情筋死んだ美人さんになることもなかったし、殺し合い寸前までいくような騙し合いもしなかったわクソボケカス天使がーーーーー!!!!」


「罵倒の語彙レベルがすげー馬鹿だけど、今回ばっかは激しく同意するわ。」


「ありがとうおじさん!!後何かこいつの処刑案出して!!」


「とりあえず口ん中溶岩突っ込んどこうぜ。」


「いいね!!採用!!meの炎も合わせて入れとこ!!」


「おーおー入れちまえ入れちまえ、温度限界まで上げようぜ。」


 蒼炎の無差別爆撃を避けられず掠ったり直撃して、身体から黒い煙をあげて燃えているミカエルの腹部目掛けて蹴りつけると名留ちゃんはそのままヒールの高いところでぐりぐり踏みつけている。

 タケルさんは止めるわけなくむしろ拍手をしていた手からマグマの塊を生み出した。ミカエル抹殺に完全乗り気で僕が真面目に止めようとしても止められない。


「俺らは月華の選択した路はちゃんと見届けたし、知影の選択も見届けた。」


 未だ黙っているが何か言いたげな僕を察したのだろう、タケルさんがニヤリと笑う。悪魔らしい凄惨な笑顔だった。


「その結果がこれ、こいつが手出し無用と言った時間は終わったわけだ。だったらこれから先のこと、俺らのこと、もう止める義理はねーよなぁ、心愛?」


 その問いはもう問いではなく。何より長い付き合いであの惨劇を知る僕の心なんてお見通しだろう。


「……そうだね。【審判】として僕も2人の選択肢の結末を、干渉せず見届けた。」


 とん、と異空間にしまっていた杖を展開すると、杖先で一回、地面を叩く。


「そして今からは、【中立世界への不法侵入】および【侵略】をやらかした天使さんへお仕置きの時間を取らなきゃいけない。これは休暇だろうがなんだろうが襲撃が来たら対応するのが【アルカナ】の仕事だからね。」


 言葉の羅列が光を放ち、白い羽の白馬を一体この地に呼び出す。


「何より【僕個人】としても、大天使ミカエルに対しては怒りしかなくてね……【審判】の名において、【悪魔】の戦線投下を許可する。」


 ミカエルにも見えるように、にっこり笑って僕は言った。


「恋人の邪魔をすると馬に蹴られるというらしいから、僕らという馬で思う存分に蹴り出してあげようか。」


 僕の許可を得た使い魔達の2つの炎が、ミカエルの両翼を焼き払って同時に森の入り口へと彼の身体を吹き飛ばす。それをいつも以上の速さで飛行して2人はミカエルを徹底的に殴りに向かう。早い早い。


「悪いがこっからはフィールド変更な。場外乱闘といこうじゃねーか。」


「月華さんとちーちゃんが命懸けて守ったあの森をてめーの汚い血反吐花火で汚すのだけはしたくないからねっ!!」


 上空でいいんじゃないかというツッコミは不在にしとく。あえて言うなら羽があったら逃げられるだろうし、逃げた先の天界で治ってまたやってくるみたいな無限ループ防止も含まれるのではないかと考えとく、名留ちゃんはともかくタケルさんはその辺を考えて焼いてくれたと思いたい。

 視界と聴覚を共有しつつ2人を追ってペガサスを乗り追いついたと思ったら、たった2撃で可哀想なくらい黒焦げになってしまったミカエルがいた。その前には炎全開悪どい笑顔満開の使い魔達。


「わあお!!すっごいねぇ流石ミカエル!!ちーちゃんの決死の炎から逃れることが出来たくらいは頑丈なだけあるね!!月華さん泣かせた大罪はまだまだたっぷり叩き込んでオッケーってことだよやったねおじさん!!」


「ビンタとは言え、この俺に女殴らせた精神的苦痛分返しても死なねーだろ。」


「そうだ月華さん殴ったおじさんに叩き込みたい分もそもそもはお前が元凶だからお前に全部叩き込むね!!」


 そう宣言したタケルさんも容赦がなかったけれど、名留ちゃんが特に絶好調だった。ミカエルが反撃を仕掛けようにもタケルさんが銃で弾丸を絶え間なく撃つものだから体勢を整える隙ができない、そしていつの間にやら距離を詰めてる目が血走った名留ちゃんの、加減を忘れて放出した炎の渦を避けられず直撃してもう満身創痍の状態だ。焦げと弾丸で抉られた傷とでボロボロになってしまっていた。


「わー……僕の出る幕はないかなこれは。」


「あ、心愛ちゃーん!とりあえず息はしているから一発殴る?」


「腹と顔どっちにするんだ?ちなみに今腹に叩き込んだら一発で死ぬと思うから顔がオススメだな。」


「さらっと嬲る方を勧めてきたね。まあまあその前に、ここ中立世界でも中央区に近くて他の人巻き込みそうだから、別の場所に移動しようね。」


 ペガサスを消して、一つ扉を作り出す……扉は、ミカエルの胸部から現れた。


『は、は!?な、にを、する!?』


「僕の力って記憶を覗くことできるんですよ。人は比較的知りたい情報は得られるんですけど、悪魔や天使は流石に一筋縄では行かなかったんです。というか、皆真っ黒か真っ白の空間から突然自分が生まれた、みたいな表現ばっかりでして情報が得られなかったんですよ。けれど貴方は名のある大天使と言うじゃないですか。あの時貴方に無能だと蔑んでくれた僕の力、存分に見せて差し上げられるし一石二鳥だと思いまして。」


 タダで死ぬなんて僕は望まない。大天使なんて肩書きを持っている天使をタダで殺すなんて勿体無い。


「大天使ミカエルというなら、相当の実力に加えてこちらに有益だろう天界の情報をお持ちでしょう?死ぬ前にその全部洗いざらい見せてもらいましょうか。」


『何、何を言って!!そんなこと人間ができるわけが……!!』


「出来るから言ってるんですよねぇ。」


 彼を見下ろせるところまで近づいて、僕もしっかり笑ってあげた。顔が引き攣っているように見えるが、顔面もボコボコにされているせいではっきりわからないや。


「【具現化】できる有象が貴方の頭の中にあるんだ。あなた方にとって不都合なことが全部出てくるでしょうけど、僕らにとっては都合がいいものです。」


 杖を向ける。水晶の奥に宿る光が溢れる。それはミカエルの胸部へ線となって杖と繋がった。


「さあ【キファ・ボレアリス】。」


 動かせないようミカエルを睨み、その扉を形作る。至って普通の木製のドア。その先にあるだろう、僕の望むものを告げた。


「僕を大天使の記憶の中へ連れて行って。」


 扉が開き、白の光が目を眩ます。


『やめろおおおおおおおお!!!!』


『……迷える子羊を、守らねばならない。』


『だが力が足りない。信仰も……。』


『信ずる自由はあるべきで……。』


 淡い光が差し込む青と白の石柱で作られた広間みたいなところで輪になって話を続けている2、3人の人影。彼らを縫うようにいくつもの白い光が上下左右に浮遊している不思議な光景が映し出される。けれどその会話の音声は不明瞭で、なかなか聞き取れない。数多くの記憶を見てきたが、こんなに不明瞭な記憶映像も見たことがない、と考えて、敵対心を抱いた人間に記憶なんて見せるわけがないなと考え直す。


『悪魔達が人間と同化することで力を得ていった。それは許されざることで、見過ごすべきことではないことは皆も承知していることだ。』


 と、2、3人の中央の人影が深刻な声が響いた。これはさっきまで聞いていたからそれがミカエルのものだとわかったが……この記憶の中のミカエルは僕が相対しているミカエルとは何かが違う気がした。


『敬虔な魂は今ここに転生を待っている状態であるが、このまま我らの加護を授けて各世界に転生したところで、危機へ晒すだけとなる。その前に、せめて信仰を安定して行える世界を作らねばなるまい。』


『何か対策でもあるというのですか。』


 1人が声を上げた。でも姿は見えない。というかミカエル以外が全部黒く塗りつぶされて全く姿を認識できない。見せたくない記憶を故意的に見せないようにすることは確かにできるが、ここまでするとは意志の強さが侮れない。


『神が啓示を与えた、転生はいつでも神の御手で行える。今は我々の手で、敬虔な魂を守るべきだと。』


 ミカエルの声が静かな空間に響く。


『その方法は守る術でもあり、我々が悪魔をも消滅させられる術だと告げた。』


『神自ら示されたその方法は何だ!?』


『この敬虔な魂を我ら天使と同化させ、ここにいる魂の中で尤も神の使途に近い魂は我々セラフと同化させろとのことだ。こうすれば天界へ悪魔達が襲撃をしても、神に召し上げた魂は守られる上に、信仰も保たれる。それに我ら天使の力を持って転生させることもできるとのお言葉もいただいた。そうなることで多世界の人の子らへ神の言葉を伝え信仰も広がっていける。正直この方法は、信仰心そのものどころか人そのものを利用しているようで気が進まない。そして人の魂を守護するためと言えど内に同化させることは、魂も、我ら自体もどうなるかわからない。だが、我らの力の源は信仰であることは変わりない。』


 誰が誰の声なのかわからない天使の相槌に混じり、苦渋に満ちたミカエルの言葉が続いた。


『悪魔の源は欲、無意識で無限に湧き出るものに対して無意識では派生しない我らの力、信仰は意識的で有限だ。忘れ去られて仕舞えば我らの力は失われ……神は……。』


 ミカエルの言葉がだんだんと聞こえなくなってきて、直後、世界が揺らぎ全ての映像がぶれて形をなくしていった。

 やばい、と思ったところで僕は急いで扉を探したが……見つからない、いつもならすぐ側にあるそれは砕けていく世界に合わせて砕けていた。新しく作らないと傍観者として記憶に溶け込んだ僕は記憶の一部と見做され、崩壊に巻き込まれてしまう。しかし崩壊は意外と早く、扉を作ろうにも虚空が広がってしまい、記憶の世界の中、固定された場所でしか扉を作ったことがない。そもそも扉が消されるなんて思っても見なかった。


「心愛!!!!」


 真っ白な世界が割れたガラス破片のように崩れていく中で、僕を呼び戻そうとするタケルさんの声がどこからか響いた。死ぬわけにはいかない、迷っている暇なんてもうない。やるしかない。僕の頭の中はそれしかなかった。


「【キファ・ボレアリス】!!」


 虚空に向かって杖を振った。虚空にも関わらず扉が現れたのだが、すぐ下から消えかけていく。ガラス破片のように砕けていくそれを眺める時間が勿体無い、僕は走り出してすぐノブを掴んだ。


「心愛!!」


「心愛ちゃん!!」


 ドアが開いた瞬間に、2つの手が僕を引っ張った。引き寄せられた先、名留ちゃんとタケルさんの焦った顔が見えた。

 先に抱きついて泣いてきたのは名留ちゃんだった。


「よ、よかったあああミカエルの野郎が転移魔法使って消えやがったから記憶の扉も消えかけててえええ!!ど、どうしようかと思ったよおおおおお!!!!」


「扉こっちから開けられねーのにお前でてこねーわ消えかけてるわだからな、まさか【偶像化】中に逃げ出す力が残ってるとは思ってなかったわ。ほんと、ミカエル気絶させときゃよかったぜ。」


「いや僕の【偶像化】って気絶されたら記憶覗けなくなるからやらなくて正解だよ。それよりも……。」


 タケルさんの言葉から記憶を見れたのはせいぜい1分くらいってところだとあたりをつけたところで、僕は2人に問うた。


「2人とも、僕の視界見たよね?」


「うん、ほぼぼやけて天界向きの魂とミカエルしか見えなかったけど。」


「俺も名留と似たような見方だった。ってかあいつらのやってることって……悪魔連中と変わらねーよな。」


「そうだね。」


「それを差し引いてもあそこにいたミカエルのやつ、今のミカエルと全然違ったわな。」


 タケルさんが言葉を濁し、名留ちゃんも複雑そうな顔をして僕を見る。


「うん。そう、だね。何が違うって言い切れないのが……何とも言えないけど。」


 言えることは、僕らがあの時覗いた記憶の中のミカエルの方がよほど『天使らしい』と言えた。

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