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「納得できるかあああああ!!!!」


 名留ちゃん渾身の咆哮が響いたと同時に蒼炎が背中に広がった。


「なああああんんで!!何でそうなるのかなあああああ!!!!もおおおおおお!!!!ていうかそのミカエルとかいうクソ野郎っていつくるのさ!!」


「ええと……黙っててごめん、今日がその日なんだ。」


 名留ちゃんの顔が怒り顔を作ったまま、ピシッと固まった。


「……今日?」


「今日。」


 鸚鵡返しの直後、上空から強い魔力の放出を感じた。人工的に発生した風が僕らの髪や体を乱暴に撫で付ける。


「ちっ、始まってやがった……ミカエルがこの森をもう一度襲撃するだろうって月華が予測した日が今。だから今日は【アルカナ】の業務が全部休みなんだよ!!」


 風が運ぶ小石を守るように僕の体を抱きしめていたタケルさんの視界には彼らが恐らく映っていたのだろう舌打ちも聞こえた。


「ってことはそのクソ野郎、今月華さんクソ野郎と交戦中?」


「おーそうだな。って、クソ野郎言い過ぎな気がするが気のせいか。」


「クソ野郎にクソ野郎って言って何も問題なくない?それよりさっきの話を知った上でこのまま放っておいたら、下手したら月華さん死ぬってことよね。」


「……そうだな。」


 タケルさんと問答が続く中、名留ちゃんが羽を広げた。


「ふざっけんなあああああああああ!!meがクソ野郎を仕留めるかちーちゃんぶん殴ってでも目を覚まさせて月華さんの殺害を止めるかのどっちかルート開拓しないと傍観者にすらなれんわあああああああ!!!!!」


 名留ちゃんの怒りが炎と連動して、恐ろしい勢いで羽に宿ると、いつも以上に大きい羽が出来上がる。バサバサと羽ばたかせると上空を舞い上がり、森を覆う強固な結界をぶち抜いて飛んでいってしまった。そのまま彼女は交戦中と思われる強い魔力の渦中へ一直線。


「どうすんだ心愛。」


「ここまで来たら行くしかないでしょ。」


「だよな、ま、初めから首突っ込む気だったみてーだしなお前。」


「あはは。」


 笑って誤魔化したけれど、僕は月華ちゃんが自分で描く結末に向かってほしくないと思った。

 だから悪いけど月華ちゃん、ほんの少しでも邪魔はさせてもらう。


『ほう、自ら来るとは。』


 森の深層、しかし大事な大樹とは外れたところ。

 月華の見上げた先には、羽が6対の赤い炎を宿したミカエルがいた。しかしその炎はどこか勢いが弱く、燻んでいるような気配を月華は感じた。が、それには触れず、彼がきたことの事実だけを告げた。


「貴方は絶対にここへ来ると分かっていた。」


『ふん、本当ならば貴様など無視して中心部へ行きたかったがな。小癪にも貴様

は主要のところに不可侵の術を展開してくれた故にここにいるしかなったわけだが……まあ、どのみち貴様を殺さねばならないから良いのだがな。』


「貴方達から森を、魔力を守ることが私の役目だから。」


 月華の背中に、薄く透明な氷の羽が開くと同時に彼女は踵で地を蹴り、ミカエルと同じ目線へと飛び立った。


『穢れた血を持つ者が紛い物の羽で私と同じ目線に立つということは、このミカエルを侮辱したも同然、つまりどの命乞いも受け付けぬということだ。』


「紛い物は貴方も似たようなもの、貴方自身は忘れているみたいだけど。」


 淡々と言い返す月華の赤い目をミカエルは憎悪を持って睨みつけた。が、すぐに嘲笑へと変わった。


『その余裕は今のうちだぞ魔女が。あの日から貴様らの弱点を探す日々だった。貴様の力を利用した人間風情に癒えぬ傷をつけられてから、ずっと、ずっと!!そうして私はやっと辿り着いた、それも答えは間近にあったせいで無駄な遠回りをしてしまったがな……だが貴様が絶望し、その失意の中死に絶える最高の舞台が整うまで時間がある。せっかくだ、ガブリエルの娘の実力の程を少し見てやろうじゃないか。』


 ミカエルの手に大剣が現れる。併せて月華の手には、透き通った氷の剣。

 言葉なく、2人の衝突が始まった。 


「ねええええええすっげえええ近づきにくい壁に激突したんですけどおおおお!!」


 ……先に飛んで行った名留ちゃんが、木の枝に引っかかってぶら下がっていた。さっきまで膨れ上がっていた怒気と魔力はすっかりなくなっていて、フリフリの服を着た女の子がスカートを押さえて宙ぶらりんになりながらベソをかいているというなんともいえない構図になっていた。なおタケルさんは指差して爆笑している。今そんなことしている場合じゃないっていうのに。

 ただ僕も杖で見えない障壁を叩いてみて、確かに破ることができない、と判断した。


「月華ちゃんはミカエルとの戦いから、僕らを完全に遠ざけたいんだ。」


「うわああああああん見殺しにしろってかああああ!!!!」


「あーうるっせーな、そうするしかねーんだよ今のところは。」


 笑うのを止めたタケルさんが、上……魔力の放出量が桁違いに大きい一角を見上げた。


「俺ら【アルカナ】は人の選択肢を守る存在。月華の選んだ道を俺らの都合で止めることはできねーんだ。」


「でも、だって……!!」


「あいつの選択を覆せるのは知影だけだ……今、何でかいねーけどな。」


 でも見上げた場所には月華ちゃんとミカエル、その2人しかいなかった。


「……最悪なことになっていなきゃいいんだが。」


 タケルさんの呟きに本当だねなんて軽く答えることは、今の僕にはできなかった。


『ぐうっ……。』


「ちぃさんがつけた傷は無駄じゃなかった、貴方がどんなに天界で治癒をしようとも、悪魔と天使の混ざった力でつけられた傷はあまりにも異質すぎたから純粋な天の力では浄化できない。」


『貴様の魔女の力も加わっているから余計になぁ……ああ確かに、私はあの日侮っていたよ、人間のことを。あの男のことを。』


 名留ちゃん達と感覚を共有すれば、上の会話がしっかりと聞き取れて2人の戦いぶりも見れた。ミカエルは尋常じゃない汗を流して肩で息をしていて、相対する月華ちゃんは涼しい顔をしている。いくつもの氷の刃がミカエルへ向いているが攻撃する気配はない。


『だから私はあの男を評価してやった、我らの仲間に迎えることでな。』


 突如光の矢が、月華ちゃんの真上から降ってきた。予想していたように月華ちゃんはそれを天に翳した左手で打ち消す。その目はしっかりと矢を放った存在を捉えていた。


『魔女は古来より愛する者の手で死に至るらしいな。調べてみると、どの世界のどの時代の魔女も、方法は違えど愛した者の手によって死んでいったようだ。』


 高らかに演説するミカエルの前に、1人の天使が降り立った。


『逆に言えば魔女殺しの成功例の多くがこの方法だったとも結論づけられた。故に私は特別に、貴様が最も愛した男に、我がセラフの中でも最も強い浄化を司る天使の魂を混ぜて天使とした。』


 月華ちゃんを見据える瞳にも顔にも感情はない。無が広がっていた。


『だがこの私を追い詰めたあの男の魂を使うには、貴様との記憶があると不都合が起きるだろうと思ってな……そこでこいつが死んだ時の記憶だけを封印し、それ以外を全て消してこの森に敢えて向かわせたんだ。死んだ日の記憶を、私が訪れるこの日に蘇るような術にしてなぁ。』


 嬉々として自分の策略を語るミカエルの一言一言を理解していくと、最悪なシナリオが推測できつつあった。


『私が用意したのは貴様に死という断罪を運ぶセラフが1つ、ガブリエルだ!!』


 彼女の前に立つのは、月華ちゃんが愛している知影さんで、知影さんは人間の時、月華ちゃんが好きだった。でも今その記憶も心もなくて、あの日殺された記憶だけが残っている。それがどう転ぶのかと延々考えていることを読み取ったかのようにタケルさんが呟いた。


「残された記憶だけで月華のことを敵と認識するのかって、どう思考が捻じ曲がるかわかんねーな。ってか、ミカエルの野郎絶対死んだ日の記憶改竄して月華が知影を殺したようにしてるだろ。」


「そうだったらほんっと最悪!!ほんっと性悪!!」


 名留ちゃんからも文句が上がる。


「……というか、待って。」


 僕は、知影さんの記憶云々も気がかりではあったが、もう一つ引っかかった部分があった。


「人間の魂に、天使の魂を入れるって……何、どう言うこと……?」


 心愛が戸惑いを隠せない中、戦況はよくない状況へと変わっていく不穏な気配が醸し出されていた。


『どうした魔女、今更ながら絶望したか!?』


「いいえ……むしろ私は、この時を待っていた。」


 手を広げ嘲笑っていたミカエルが眉間に皺を寄せた。予想に反して月華は冷静だったからだ。


「ちぃさんが天使として生き返ったことは予想してなかったけれど、貴方がちぃさんを使って私を殺すつもりなのは予想していた。」


 ミカエルが言葉を発する隙も与えず、知影と月華のみを覆う光のドームが出現する。それの発動者はもちろん月華だった。彼女が前に伸ばした腕から発する緑光とドームの色が一致している。


『わ、っわざわざ己の死地を作ったか馬鹿な魔女め!!』


「そうね、死ぬことができるならちぃさんの手で殺されたいと思っていたから貴方のしたことはむしろ好都合よ。」


『は……?』


「調律の森の魔力を操る正しい権利を得るには、ただ私を殺すだけでは不可能。調律者たる【私】が認めた者へ魂ごと力を捧げることで力は受け継がれる。ちぃさんと私が出会ったら、私は間違いなくその力を捧げるだろう……貴方のその予想は正しかった。」


 月華は腕に氷でできた剣を作り出し、俯き、微動だにしない知影から目を離さず推論を続ける。


「その後貴方はちぃさんを殺してちぃさんの力と私の力を自分に取り込もうと思っているはず、でもそれは不可能。」


「な、なに、何を以てそう断言する!?!!」


 ミカエルの声は上ずり戸惑いを隠せていないかった。月華の推測が確信たらしめたものと捉えられるには十分なほどに。


「声無の魔女たる【母】から教わった、誰もが解けない唯一の魔法、故に一度しか使えない【調律者の誓い】、私はこれを使って、【私はこの力も森も永劫、ちぃさん以外には渡さない】と定めたから。」


「……永劫……?永劫だと!?」


「ちぃさん自身が心から力を渡せると決めた人じゃない限り私の力を永遠に引き継げないようにした、だから今のちぃさんを殺したり、殺す前に洗脳して認めさせた上で殺しても、それは彼の意志としてカウントされないから力は貴方へ継承されない。貴方がちぃさんを殺すことにメリットを起こさないように。」


「な、んっ、なんてことをしてくれた!!いやここまで周到にしていたのは、私の計画を初めから知っていたからか!?」


「私と貴方がちぃさんを殺した日、貴方は森のことを諦めていなかった。もしそれでちぃさんを利用することがあったら、絶対にちぃさんも森も守らなきゃいけないと思った。」


 淀みない月華の声そしてミカエルを見据えていた瞳に、初めて敵意の色が濃く色づき、鋭い光を灯した。


「私は私そのものも許してないけど、貴方のことも許してない。だから、貴方の筋書き通りにはさせないと思っただけ。」


「このクソ女あああああああああ!!!」


 ミカエルの絶叫が響く中、月華が先に動いた。動かない知影を挑発するように氷の剣を掲げ空間を裂いたのだった。

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