3
『中央都市東の街に悪魔襲来、アルカナは直ちに応戦せよ!!』
場面が変わる。
これは僕にも覚えのある記憶、僕がまだタケルさんを召喚しアルカナを担って間もない頃で。
「僕が月華ちゃんと初めて会った日だ。」
漏れた言葉に、名留ちゃんが目を見開いた気配がした。
「確かこの頃……タッちゃんはまだ王じゃなくて、先に【アルカナ】として選ばれた僕らと一緒に潜在能力の向上訓練の最中だった。僕も選ばれてからまだ間も無くて全然実践経験積んでない……そう、タッちゃんの前の王様がいた頃の侵攻で、前王が選んだ【アルカナ】が一気にいなくなった日でもあった。」
「え!?【アルカナ】ってそんなにいたの!?」
「そういやいたなぁ、大半は実力の伴ってねー名ばかりの連中が。」
懐かしい、前王がしわがれた声を精一杯張り上げ収集を告げていた。当たり前だが、それは【戦車】のアルカナを担っていた知影さんにも届いていた。
「ちっ……こっちに近いな。」
知影さんは掌サイズの鏡を取り出す。あれでどうも襲撃者達の位置を確認できたらしくて、嫌そうな表情で舌打ちした。
「追い返すよりも、寄せて一気に叩き潰した方が早いな。」
鏡をポケットに戻してそう一つ呟くと、月華ちゃんを振り返った。
「月華、森全体に結界張って家ん中で待ってろ。」
「え、ちぃさんは……?」
「ちょっくらお呼びじゃねぇお客様片付けてくるわ。なぁにちゃんと戻ってくる、だからちゃんと待ってろ。」
戸惑う月華ちゃんの頭を乱暴に撫でて、知影さんは出ていく。森の入り口まで走り着いた彼が、ベルトチェーンにいくつか下げていた一つ、赤い石を千切って握り込むと燃え上がり、槍と斧の融合した巨大な武器、ハルバードへと変化した。
「知影さん!!」
「おう心愛ちゃん、こっちに来てくれて助かった!!」
森の入り口付近へ彼が走りついたと同時に、僕が扉から姿を現し知影さんと合流する。
「此方に集まってくる魔力量が尋常ではなかったもので、こちらを優先しろと王から勅命を受けました。」
「魔力の調律が活発になってんの嗅ぎつけたらしいぜ。ったく、天使も悪魔も無駄に察しが良くて困っちまうなぁ!!」
もうすでに眼前に悪魔は飛んできていた。僕らに気づくと速度を上げ腕を振り上げる。でも知影さんはハルバードを一閃して切り裂いた。
「そっちの準備を整える時間は稼ぐ、一掃できるもん頼んだぜ!!」
「は、はい、わかりました!!」
知影さんがハルバードを奮っている横で、僕は杖を叩き、真っ黒い虚空の中から【偶像化】を試みていた。しかし形成される文字は白く光っては消えていって今みたいにすぐ形にならない。
「この頃の僕はね、うまいことタケルさんの力を頼れなくて、【偶像化】で作り出したもので戦おうとしていたんだけど、それもイメージの練り上げがうまくいかなくて時間がかかったんだ。」
強力だけど時間がかかる。時間稼ぎが必須でその役目は大抵知影さんかゲッちゃんだったと思い返す。
「森の方へ差し向けられた悪魔が多くてね、僕の【偶像化】は時間はかかるけどうまく発動すれば一気に片がつくからって、タケルさんは中央区の援護に赴いてもらって、僕だけこっち来たんだよ。」
何故かこの日はいつも以上に調子が出なかった。あらゆる世界の魔力を取り込んでは大量の魔力を放出している森の近くだった影響もあったのかもしれない。頭の中がぐるぐるして【偶像化】が全然うまくできない、焦りを覚えれば覚えるほどまとまらない。知影さんはそれでも前線で悪魔を食い止めてくれていた、けど。
「っぐ!!」
「知影さん!!」
「集中しろ、こっちのことは気にすんな!!」
悪魔達が放った術によって知影さんの身体に刻まれた傷の一つが深い切り傷だと視認した、その時だった。
「え?」
森の範囲だけ空が急激に曇ったと思ったら、強烈な吹雪が竜巻のように悪魔の大群を飲み込んで、全てを氷の塊に閉じ込めたのだ。
「森の魔力は、貴方達のものじゃない。」
「月華!?」
呆然とした僕らのすぐ後ろから、女の子の声がした。
振り返ると音もなく月華ちゃんが歩いて此方に来ていた。見知らぬ女の子だがここは危険だと下がらせようとも、彼女の冷気、いや、魔力の強さに動けなかった。
「月華お前っ……危ねぇから隠れてろって言っただろ!!」
それは知影さんも一緒だっただろうに、傷だらけの身体で彼女の名前を呼んで、近づいて森の中に戻そうと叫ぶ。
「森を守るのは私の役目、それにちぃさんがこんなに傷ついているのに、何もしないなんてできない。」
彼女は知影さんに近づいてその腕に触れた。
痛々しく流れていた血は止まっているどころか、あちこちに見えていた切り傷までも跡形もなく消えていく。
治癒魔法自体は珍しくない、でも治療速度がゲッテンやタッちゃんよりも早くて精度も高いことに驚いた。何より治癒魔法の発動と同時に、氷漬けにされた悪魔まで消えていた。氷塊が音もなく砕かれたことに僕らは気づかなかったのだ。
破壊と再生、真逆の性質の魔力を同時に使いこなすなんて芸当はこの時代誰も出来ない。だから必然的に目の前に現れた女の子、月華ちゃんがやったのだとわかったのだ。
『ほう……随分と稀有な存在がいたものだ。』
この異常事態を興味深げに見て声を上げたのは、巨大な蝙蝠の羽をいくつも重ねた紫色の図体だった。この時は月華ちゃんの登場できちんと把握してなかったけど、あれがあの時の首謀者だったのだろう。頭が豹っていうところがすごいインパクトあったな今思えば。尤もインパクトはもう消し飛んでしまうのだが。
声をかけられた月華ちゃんは感情の読めない深紅の瞳を悪魔へ向けると、悪魔の名前を呼んだ。
「堕天使オセ。本体じゃないけど本体に近い……近くさせられたのね。」
「は?」
「元は人間だったけれど力を求めすぎたあまり、堕天使オセと契約してその力を身体に入れた。あなたが呼び出し使役したと思っている力は、悪魔の魂そのものでもだった。だから欲に身を任せるままに力を使い続ければ人間の魂は悪魔の魂に取り込まれ、何処にもなくなってしまうの。あなたはオセに利用され、オセに成り代わられつつある人間なだけ。」
というのも、ここで初めて僕らが戦ってきたものの正体、というべきだろうか、それに触れた日でもあった。
「尤もここで死ぬと分かったせいか、あなたは本体にも見放されたみたいだけど。」
『人間……人間、私、私は、いや貴様は何を言っている!?私はオセ、貴様が呼んだ名の通りいずれ天使をも従属させ再び天の支配を取り戻す者だ!!いや、待て、ま、て?私は、私はどうしてここに……?』
「貴方にも本来のオセにも天に勝てる力はない。」
知影さんの側にいたはずの月華ちゃんが消えていて、彼女によるオセの否定は、オセの目の前で告げられていた。
「私が貴方を殺すから。」
空にいるオセの目の前へ移動していた月華ちゃんの背中には透明な羽。形は僕らが嫌というほど見てきた天使の羽なのに、羽を象っているのは氷。
それは月華ちゃんは天使と同等の力を持った、天使ではない何かということを僕らに表していた。
『き、貴様、何、天使の、力を持って、いる……のだ……!?』
「私の父の名は、ガブリエル。」
月華ちゃんの手には、恐ろしいほど綺麗な氷のレイピアが握られていた。それはオセの胸、心臓の部分をいつの間にか容赦なく貫いていて。
「そして母は【声無の魔女】。悪魔の魂を取り込んでいるなら、この名前は知っていると聞いたけれど……本当、みたいね。」
『だ、大天使がぶ…………と……魔女……?まさかお前、【マモリ】の……!!!!』
「私はあらゆる世界を放浪する【マモリの夫婦】の娘。天使も悪魔も殺せる、人ならざる存在……そう両親は言っていた。だから力を使ったらきっと嫌われるって思ったけど……。」
月華ちゃんの手から離れたレイピアは巨大化して、オセを氷の中に包み込む。
「貴方達が大事な人を傷つけるなら、隠している場合じゃないと思ったの。」
身体全て包まれたと思った途端あっけなく砕け散ったオセへ残されたのは、恐ろしく冷たい眼と声だった。
「……あん時異常なまでに強い魔力を感じたから、急いで心愛の視界共有して現場見たけどよ、限定的な範囲の天候操って悪魔全部凍らせて砕くとか相当な力の持ち主じゃねーと出来ねー芸当だからな、そもそも治癒と攻撃魔法同時使役とか普通は無理だからな。」
「これで月華ちゃんは僕ら人間より遥かに強い存在ってことがわかったかな?」
口が開きっぱなしで閉じない名留ちゃんは首だけを動かして頷いていた。
場面は変わって。
アルカナの名を持つ戦士を収集する会議室。僕と、知影さん、ゲッちゃんとリクロー、そしてタっちゃんと前王と月華ちゃんがいた。
本当は他にもアルカナを持っている人はいたんだけど、この襲撃で大半が亡くなったと聞かされた。恐らくこの場面は……その事実を聞かされた後だろう。
「軍勢の大半は【不可侵の森】へ流れていて、街には残党の雑魚くらいしかいなかったはずだ。何で残った【アルカナ】が俺らだけなんだ、爺さん。」
「……わかっているでしょう、知影さん。彼らは【アルカナ】に選ばれたわけじゃなかった。」
王の側に控えていたタッちゃんが重い口を開いた。
「【審判】【正義】【力】【戦車】、王の持つカードが呼応した【アルカナ】はこの4つだけ。後の人達はアルカナを授けるよう王に懇願して得た紛い物だった。対抗する力のない人が前線に立てば、こうなることなんて誰でも想像できます。」
「分かっていて野放しにしてたツケが今回の侵攻と連中の死に繋がっただけだな。そんで?それが爺さんの策略だとかどうとかはどうでもいいけどよ、その補充とかの話で俺らを呼んだわけじゃねぇんだろ。」
タッちゃんが口を閉ざすと同時に知影さんは座って俯いている前王へ視線を投げた、知影さんの追及は誰よりも鋭いもので、口を挟めないのだ。
「ここに呼んだ本当の理由は月華のことだろ、森のことも含めて逐一レポート出してたはずだけど何か不備でもあったか。」
ずっと不遜な態度をとっているが知影さんの師匠は前王で、長い付き合いという裏話がある。だから前王は知影さんの態度のことを注意しないのだ。公共の場面では弁えた立場をとっているからというのもある。
王は知影さんには答えずむしろ無視して、月華ちゃんへ話かけた。体をわざわざ向きを変えて、だ。
「……まずは此度の侵攻、お力添えをしていただき感謝する。住民は無傷、街の損害も最小限に留められた。」
「私はただ森を守っただけ。ちぃさんから話を聞いているなら、ああなったら私が森を守ることも知っているはず、でも。」
月華ちゃんはす、と目を細めた。
「貴方が何を思って他の人を厄介払いをしたのか、天使にも悪魔にも興味ない、から、貴方の望むことは受けられないと思う。」
「は?ちょっと待ってよ一体どういう……!?」
リクローが月華ちゃんの物言いに何か言いかけたけど、彼女に近づこうとしたその足は止まった。
僕も彼女を諌めようとして近づこうとしたけれど、近づけなかった。前王が、手で僕らに近づかないよう制したからだ。
「それでも問わせてもらう、【不可侵の森】を統べる女王よ、この世界を守る為に、今一度力をお貸しして貰えぬか。」
「無理、私はそんな大層な存在じゃない。」
「しかし貴方自身とて己が悪魔と天使、ひいては我が世界の他の者達が騒ぎ立てるだろうとも存じているはず。だから今の今まで表に立つことを避けた。」
「そうね、戦う力を使うとどう足掻いても私から父と母の片鱗は見えてしまう、貴方たちがそれを欲することもわかっていた。」
「それを分かっていて貴女は此度、武器を取った。取ってしまったからにはその力を誰が為に振るうしかない。その相手はもうあなたの心にあるはずだ。」
月華ちゃんと王の間に緊迫した空気が流れる。その時間は一瞬だったか……多分もっと時間が経っていたかもしれない。
先に動いたのは月華ちゃんだった。
「……ちぃさんは、どうしたい?」
「は?何でここで俺?」
「私はちぃさんの計らいで此処にいるから、私がこの人達に協力していいかどうかは、ちぃさんが決めた方がいいのかな……って。」
「い、いやいやいや爺さんも言った通り森はお前のもんだろ、立ち入り禁止にするとかそういのはお前が決めていいやつで……。」
「ここは森の外の世界。さっき戦ったのだって、森の外でやった。保護対象でも来訪者でもない私のやったことはよくないってわかるし……これからも、介入していいかは私自身が決められないものだと思ったのだけれど。」
突然のパスに動揺を隠せない知影さんは、しどろもどろになりつつも返答した。そういえばあまり動じない知影さんがこんな慌てるのも物珍しかったな、とぼんやり思った。
「そっちはなぁ……確かに爺さんが【アルカナ】として協力を仰ぎたい気持ちはわからんでもねぇよ。」
知影さんは髪をぐしゃぐしゃと掻いて目を閉じた。
「使える魔力量と質の高さ、悪魔の正体をあそこまで見破るっていう俺ら【アルカナ】にない力は、正直こちら側に欲しい逸材だ。」
閉じた目が開く。
「ただ俺の意見を優先すんなら、俺は月華をこっちの戦いに巻き込みたくねぇ。【不可侵の森】に関わることの判断はこいつに任せるけど、俺の意思が反映されるんなら、【アルカナ】として戦わせたくねぇんだけど、爺さん、いいか。」
きっぱりと言い切った言葉と目に、しっかりとした意志があった。覆せない、と判断した前王は、目を伏せて頷いた。
「……ふむ、本来なら欲しい人材だが、お前がそう言うとなぁ……言い出したら聞かないしな、わかった。今はそのようにしよう。ただ、意志が変わった場合は……。」
「それは確認して連絡するって。そんでもって今回、月華へ侵攻を防いだ褒美を取らせてくれるって話があるなら、【不可侵の森】の管理者として月華を住民登録してくれ。そうした方がやりやすい。調査はまだ折り返しすらいってねぇんだよ。」
「はあー……ちゃっかりしおって。わかっておるよ、手続きしよう。」
に、と悪い顔で笑う知影さんに、前王は苦笑して了承の旨を伝えていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます