3

『そこをどけ!!私の息子はどこだ!!アレは私のものだ!!あれを返せぇ!!!!』


 男の羽が一つ羽ばたけば、子供達の悲鳴が木霊する。顔が一つ消えたと思ったら1つ、紫色の刃が現れて飛んでくる。標的は名留ちゃんだ。


「名留ちゃんバックラーで防御しながらあいつに突っ込んで戦っていいよ。」


「えっ、避けなくていいの?それ好都合だけど……。」


 冷静なリクローの指示通り、名留ちゃんは左手につけたバックラーを顔面で出して突っ込んでいくと、男が次々と繰り出す刃はバックラーへと吸い込まれていき、名留ちゃんへは全くダメージは入らない。


「おおすっげーー!!このまま突っ込んじゃえるやったー!!」


 予想外なことだったようで、名留ちゃんは歓喜のテンションのまま鎌を振り上げて袈裟斬りにかかった。しかし敵も馬鹿じゃないらしい、紙一重でそれをかわすと剣を出して名留ちゃんの無防備な上半を狙って切りつけた。


「うっわ、危な……meじゃなかったら死んでたねこれ。」


 名留ちゃんの表情は背を向けているためわからない。でもその声に滲むのは珍しく嫌悪と怒りだ。


「人間を武器にするタイプは結構見るけど、流石に子供の魂剣にするとか頭おかしすぎるわ、ないわー。」


『ははははっ!!同じ悪魔のくせに随分綺麗事を言うものだな小娘。これは私に救われた恩を返したいと、何でもすると言った者達だ。その好意を無碍にしなかっただけだ。』


「はあ?meをお前と一緒にすんなよ、人間混じってねー純粋な悪魔だぞ。あと人の好意をこんな形で利用してんじゃねーよクソパパもどきが!!」


『ふ、そんなことはどうでもいい。私の息子はどこだ、アレがいれば私はもう少しで完璧な悪魔になれる!!』


 ぼこぼこと不快な音を立てて男の身体が変形し、音に合わせて羽に浮かんでいた子供の顔が一つ、また一つと消えているのが見えた。タケルさんが舌打ちして僕を守るように前に立つと、そっと銃を手に呼び出している。


「あいつやべーな、元々の世界で本体である悪魔の召喚方法片っ端から試しやがってるせいで、本物の悪魔と同等の力を使いこなしてやがる。」


「想像以上だね……名留ちゃんとリクローだけじゃ厳しいかもしれない。」


「こればっかりはリクローによるってところだな。それにあのデカさ、余波が来ないとは限らねー、心愛、下がれ。」


 刻印をつけられる能力のおかげで座標を狂わせ、標的と離れた場所に呼び出した。ここまでは成功している。

 けれど因子を植え込まれただけの人間がその日すぐにこんな異形の相貌になって本物の悪魔と同等の攻撃を使えるなんて普通は困難だ。もしや彼は、因子を植え付けた悪魔本体を少しずつ呼び出し、取り込んでいたのではないか。


『はは、ヒヒ、足りない、足りない!!そこを退け愚民ども、悲願が、私の願いを邪魔するな!!』


 うわずった男の声と子供の泣き声が重なる中で、もう一つ男のような声が重なっているように聞こえる、あれが本体なんだろう。

 児童施設にいた大量の子供を転移魔法使用と同時に自分の魔力として取り込んで、因子を持っていた彼の身体へ宿ったのはいいものの、人として生を受けた彼の身体は悪魔を呼び出すための研究、実験、召喚、転移魔法の実行といった大きい負荷で短命になっているからか、焦りも見える。


『足りない、足りない!!足りないと主は申しておるのだ!!我が主は求めているのはもう一つの身体。すなわち我が血を色濃く持つ者!!器に相応しいのはアレだけだと!!』


 脆くなった自分を捨てて、本当ならただの生贄として使うはずだったのだろう息子さんに乗り換えたい。彼と悪魔の魂胆はそこにあるようだ。

 男は血走った目を笑みで歪めている。そこに息子を求める色はあれど案じる色はない、悪魔を求めた精根だからだろうな。


『だからぁ……我が邪魔をするものは等しく死ぬがいい!!』


「名留ちゃんバックラー前に出して!!」


 リクローの言葉を素直に聞いた名留ちゃんが咄嗟にバックラーをかざした。間をおかずに悪魔の口から青白い光砲が放たれると名留ちゃんが突き出したバックラーは一部を防いだ。でも広がった光が僕らを襲い掛かってくる。


「気張れよお……【メブスタ】ぁ!!!!」


 それを見越していたらしい、リクローが自分の手につけていたバックラーを突き出した。

 瞬間、バックラーからまた巨大なバックラーが透明化して僕らが覆えるほどに巨大化して、砲弾を受け止めた吸い込んでいったのだ。


『ぬう!?』


「髭ちゃんばっか見てていいのかなぁ!?」


『ぎっ?!』


 リクローのした事に目を見張っていた男は名留ちゃんが振り下ろした鎌を避けられず腕一本落とされ焼かれた。


『ぐっ、ふ、ぐふふふふ……甘い、甘いぞ。』


 子供の泣き叫んだ声が小さくなる。顔が一つ消えて彼の腕がしっかりと、悪魔らしい太さと大きい爪が一緒になって生えた。


「子供の魂魔力に変換して自分に使うとか本っっ当クズだな……meてめーみたいな屑マジで骨も残さず消し飛ばしたいんだわ。というわけで死んでくんね?」


『クズもゲスも全て我らにとって褒め言葉に近いものだ。なんとでも言うがいい。それよりも下の人間は随分死にそうになっているなぁ?いいのか気にしなくて。』


「は?……は!?うっそでしょ髭ちゃん!!??」


 名留ちゃんが振り返った瞬間、パタタ、と地面に血が落ちた。巨大なバックラーが消えて小さいバックラーを持っているリクローの身体は全身焼けて切り傷もあちこちに刻まれていた。


「えっちょっと待って確か転換って……meやら他の人達に行ったダメージ全部自分で背負い込むってこと!?命いくつあっても足りないやつじゃんそれ!?」


「あっははは、確かにそうとも言えるけど、肝心なところはまだ話してなかったわ。」


 リクローは頭から流れる血を拭い、男の方へ睨みつけた。


「アンタが悪魔に魂売ろうが身体明け渡そうが知ったこっちゃないさ。だってあんたが選んだことだ、干渉する気もねー。ただな……。」


 バックラーが光を帯びた。それは先ほどこちらの身を守ってくれた透明度の高い光とは違う、青みがかかった白い光。


「こんな未来を望んじゃいねー人間を、何も知らねー子供のこれからを潰した行為だけは許せねーんだわ俺!!本領発揮だ【メブスタ】ぁ!!」


 呼応するかのように名留のバックラーも光が宿る。


「ほああなになに何!?」


 バックラーと名留ちゃんの武器に、光が線のように繋がると、鎌の炎が更に大きくなった。それと比例するようにリクローが負っていた傷はみるみるうちに消えていく。


「言ったよな?俺、『転換』すんのが得意って。」


『何だ!?ただ小娘の火がデカくなっただけではないか?!人間の小癪な技で、鎌を振り回すだけしか脳の無い悪魔の武器が強化されたとでもいうのか?』


「あーはいはい頭の良さを誇示する言い方お疲れさん、全く見当違いなんだけどね。話せば長いんだけど俺ってば自分で反撃するってことはできなくてねー、そん代わり、肩代わりしたダメージを仲間の攻撃力っていうのに『転換』すんのは得意なんよ。」


「へえそういうこと、だからこそ髭ちゃんこういう侵入者向けって言われたんだ。」


「そ、なっさけねー話だけど名留ちゃん、遠慮なく攻撃避けずに突っ込んで俺の分まで叩きのめしちゃってちょーだいよ。」


 リクローの挑発混じりの解説を理解した名留ちゃんが、鎌から手を離す。得物は地に落ちることなく蜃気楼のように揺れて形が変わる。


「おーい外道パパ野郎さんよ。このキュートでプリティーな上に純粋なスゴい悪魔であるmeがお前の末路教えてやるよ。」


 鎌が形を変える。タケルさんの銃とよく似たものが姿を表す。黒と紫の混じった銃身の、その先、銃口が3つか4つになっていて、タケルさんが扱うそれよりも2回りくらい大きいものを脇腹部分の位置で構えていた。普段の名留ちゃんなら出来ない芸当、得物の変形だ。


「まずねぇ、お前が食った子供達引き剥がしたるわ。」


 ガシャン、と何かが装填された音がしたと思ったら、耳をつん裂くような爆裂音が名留ちゃんの手元から連続で響いた。いくつもの紫色の弾丸が休む間も無く男に当たっていく。正確には羽に、だが。

 羽が剥がれると白い小さい光が一つ、また一つと剥がれる。それが何なのか理解した僕は、そっと杖を掲げた。


「【キファ・ボレアリス】!!」


 出来た扉は自動的に開いて光達をを導く。その時改めてタッちゃんが僕を呼んだ意味を理解した。最初からこれを予知していたとしたら……タッちゃんからどこまで聞かされていたかあとでリクローに確認しようと決めて、僕は名留ちゃんの戦いへと向けた。


『ゔぐぅ!!く、そ、何で……!!』


「何でって、髭ちゃんが受けたのってお前がぶっ放した謎ビームの攻撃力をmeの攻撃力を併せて返してやってるだけじゃん。何も驚くもんじゃ無いでしょ。髭ちゃんの説明ちゃんと聞いてれば。」


『……いや待て、待て、意味がわからない……何で私の力を受けて人間が生きていられる!?魔力を使えるとしても、防ぎきれずボロボロの身体……何で傷がない!?』


 悪魔の眼下には傷1つないリクローの姿。ちょっと疲れた顔して、バックラーがついた腕を回していた。


「その傷をmeの魔力上乗せでてめーにご丁寧に返してんだよ気付けよ。」


 3〜4くらい銃口があった巨大な銃が元の鎌に変わって(あれはガトリングガンというんだとタケルさんが教えてくれた。)力が剥がれ、ただの人間に戻りつつある悪魔に呆れたようにリクローが言葉を引き継いだ。


「悪魔と天使と人間の戦い、結構長い戦いだから『転換』の知識くらい持っているとは思っていたけど使われ方知らないかー……じゃ知らないままで死んでいってもらおっか。」


「まあ殺すのmeなんだけどね。あ、そうそう、末路は死だから。はい終了。」


 狼狽える男の四肢が次々と切り落とされる。目にも止まらない速さは制限を解除したいつもの名留ちゃんよりも数倍は速く僕でも目視が追いつかなかった。斬り飛ばされた手足は全て空中で灰も残らず燃やされた。


「じゃーねクソファーザーさん、てゆうか父親にもなれなかった哀れなおっさん。」


 夕闇に、ピンク色の瞳だけが不気味に浮かび上がる。


「そんじゃあ【カッパ・ピスキウム】、骨も残さずいただきます。」


 鎌が青白い炎を伴って綺麗な三日月を描く。肉を切る音が響いて、刈り取られた首と身体は切られたそこから炎に包まれ燃え上がり、灰となって鎌へと吸い込まれていった。


 戦いが終わったら恒例の後片付け。今回は名留ちゃんが銃撃で荒らしたところを片付けていて、まあそんなにかからないだろうと算段していた最中のことだった。


「あれ、そういえば歴代の【正義】でヒゲちゃんみたいな力の使い方している人っていたの?」


 という名留ちゃんの疑問が発端の話だ。破片を粉々に砕いていたリクローが顔を上げて、あ、と間抜けな声を出した。


「【正義】全てが『転換』を持ってた訳じゃあないんだけど、【正義】の役目は防壁を出すだけって認識で、『転換』は【アルカナ】によって使い方が違ったって話は聞いた。今の俺の使い方は、知影さんの指導で出来たもんよ。」


「やっぱちーちゃんだ。」


「やっぱって……あれ、名留ちゃん知影さんのこと知ってんの?」


 完全に手が止まってしまったことで仕事が進まなくなると思った僕は、知影さんに会った経緯をリクローに手短に説明すると、「ああなるほど」と納得してくれた。


「んじゃ知影さんの話は飛ばしていいよな。【正義】で『転換』持ってた人は、ダメージを肩代わりして防壁の硬さに充てるか、防壁内に避難した人達の傷を治すとかに使われて、自分が受けた怪我が防壁に流すことができたのよ。まあこれにはまず防壁の外側にいる人間のダメージは肩代わりできないってデメリットがあった。」


「1番のデメリットじゃん。」


「そ、そうするとこっちの攻撃パターンってのは自然と決まってくるから、その隙をつかれて前線の【アルカナ】が痛手を負うってことがよくあった。それを克服したのが俺の方法。」


 リクローはもう一度バックラーを腕へ表す。


「色々試行して盾が何個も作れるってことがわかったことで、前線に立つ方に同じもんを付けてもらう。防壁の効果は変わらないことはさっき体感してもらったよね?しかも名留ちゃんが本来受けるはずだったダメージをこっちが肩代わりするのも変わらない。あ、俺も防壁張ってるから、多少はダメージ軽減されるんでそこは問題視しないでちょーだい。」


「痛そうだったけどあれでも軽減できてた方なんだ……。」


「あーははは、いや血は嫌いって言ってもやんなきゃいけないし今回はそんな流血沙汰ってほどでもなかったからまだいいよ。んでもってここで知影さんの提案で、防御力強化以外で『転換』できるものが他にないかって探したのよ。」


「ああー!ヒゲちゃんが受けたダメージを、me達の身体能力とか攻撃力とかに割り振ったって、そういう『転換』にしたってこと!?」


 名留ちゃんが珍しく正解に早く辿り着いて、リクローも感心したように頷いた。


「最初は俺自身が戦える力にできないかって思ったんだけど、どうも無理だったんよ。でも他人には出来たから、今の形にしたわけ。」


「それ会得したら前線ガンガン行くやつと組むと最強になったもんな……特に知影の野郎とか。」


「『転換』によって魔力を上げることもできましたから、特に知影さんの知識と俺の特性ってうまく噛み合ったんで、俺も知影さんと戦うの苦じゃなかったんですよね。」


 笑っていたリクローの目が、不意に変わった。


「まあ、本当に一緒に戦うべき時、俺は全然役に立てなかったけどな。」


「リクロー……。」


 その言葉が示すのはきっと、僕と同じ『あの日』のこと。


「髭ちゃん……?」


「……ああいや、何、知影さんには結構な恩があるけど、どうやったら返せんのかなって、それ考えただけ。」


 リクローは見上げる名留ちゃんに取り繕うよう笑うけど、目には未だ後悔が滲んでいた。


「……月華さんとも会ったけどさ、ちーちゃんに一体何があったの?月華さんも自分責めてたけど……。」


「……そうね……俺から言えるのは月華ちゃんは悪くないこと、俺達がもっと強かったらよかったって、それしか言えねーんだ今は。」


 いつもなら茶化しながら詰め寄る名留ちゃんも、リクローの纏う後悔の念のせいで、言葉が詰まって何も言い出せないようだった。

 瓦礫も石くずも片付けた夜半ば、僕らはただただ黙って帰路へ着いた。

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