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「お母さんが気付いたのは本当に偶然だったみたいで、たまたま掃除していたら開かずの間が開いていて、覗いてみたら言葉にするのもおぞましい悪魔召喚の部屋があったんだって。」
「これは異常だって気づいてあっちの世界で出来る対策を打ったけど、所詮は絵空事と言われて相手にされず、でも変に切り傷だの何だのガキに増えたと思って藁にもすがる思いで色々探して此処の行き方に辿り着いた……って、すげーな母親、子供大好きかよ……あ、でもそれが普通なのか。」
「あー、普通じゃない親もいるからねー……。」
しみじみ感心したタケルさんの不穏極まりない言葉と、リクローの苦笑いにも返す言葉がない。此処にくる来訪者さんの中には親に不遇な扱いを受けた人がいるからだ。
「つか父親動機めっちゃ不純じゃん!!愛のない結婚とかmeぜつゆるなんですけど!!」
そして今回刻印を付けられたお子さんの家庭を聞いた名留ちゃんは鳥肌が立ったようで腕をひたすらに撫でさすっていた。顔は真っ青で嫌悪ので皺がいっぱいだ。
「改めて聞くと第一子で男の子なのに容赦ないよね。こう、商売とか大きいもの背負っている人って、後継どうのとかありそうなものなのに……。」
「後継のことって考えてなかったんじゃない?会社はあくまで時間と資金確保の目的で作ったっぽいし、それよりも刻印をつけた悪魔の情報だけど、追加で話していいかな?」
「え?何かあるの?普通に悪魔じゃないの?」
綺麗な顔に深刻な色をのせたタッちゃんがズレたところを心配している。
僕は今一番確認すべきであろう大事なことを伝えた。
「今回刻印をつけた悪魔なんだけど、悪魔兼子供の父親なんだ。」
「……え?は?え?」
思っていた通り、名留ちゃんが混乱した声を発した。
「じゃああの可愛いお子様も悪魔の子?」
「いや違うよ、あの子は普通に人間。血の繋がりがあるのに奇跡的に因子も何も持っていない人間の子供、因子を植え付けて自分の新しい身体の候補にするにも都合がいい。」
名留ちゃんにもわかりやすくいえば、こういうことである。
「確かに父親は悪魔の因子を植え付けられて生まれた人間で、それだけなら刻印をつけられるほどの力なんて持っていないはずだったけど、彼は悪魔の知識を深めすぎた。知識が深まれば自分に当てはまることにも気づく。故に悪魔化の侵食は早く進んで、無意識で因子を植え付けた悪魔の力を一部使えるようになった。」
「ほへぇ……それが刻印をつけることなの?」
「そう、力として魂を取り込む意味を込めた目印は、悪魔との縁を強めてしまう。厄介なのはいつもの移民さんと違って父と子っていう血縁がある。どこの世界に逃げ込んでも血の繋がりでどこでも見つけ出せてしまう。」
タッちゃんが渋い顔で言うと、リクローが腕を組んでうんうんと同調した。
「そりゃ自分の肉体候補が嬉々として自分を呼び出そうとすしている上に未来のことを考えているなんて本体にとっちゃはありがたいことで、協力は惜しまないわな。」
天使も悪魔も目をつけた人間が抵抗すればするほどそうならざるを得ない環境を作って選択肢を奪うが、自分達を受け入れる人間には幸運とも言えるほどの境遇を作ってまた選択肢を奪う。後者は悪魔の方が顕著だ。
「そういえば……すっごい関係ないんだけどさ、いや関係あるのか?」
「どした。悪魔の食うもんでも考えて腹減ったか。」
「減ってねーわいや減ったけどそんなこと考えたんじゃないやい!!」
「悪い悪い。そんで?何か気になったのか。」
首を傾げて質問を考えていた名留ちゃんに、タケルさんが意地悪げな笑顔で問うと、ちょっと怒った返答。しかし名留ちゃんが何を疑問に思ったのかは気になったようで促した。
「いやさぁ、悪魔の召喚は聞いたことあるけど、天使召喚って聞いたことないなーって思って……そういうのないのかなって、天使の方。」
「あ?……あー、どっかの世界には天使の名前で降霊術あるみてーだけど結局それも悪魔召喚儀式と一緒だったし……天使の召喚って聞いたことねーなそういえば。」
名留ちゃんとタケルさんがそんなことを喋っていると、タッちゃんが笑って答えた。
「天使って、本来は人を善き方へ導くため常に見守っているって立場だったんだ。つまり常に存在しているようなものだから悪魔のように供物を捧げて呼び出す準備はしなくていいんじゃない?」
「あ、そうなの?じゃあ本来の天使っていい奴じゃん!!me達が相手しているの割とクズだけど。」
「そこなんだよねぇ。本来の姿がそうだって知っているからどうして今こうなっているのかわからないんだよね……。」
タッちゃんがふと遠い目をして何かを呟いた気がしたが、それはすぐに笑顔へ変わった。
「そういうことで、今回の仕事内容に必要な情報は理解できた?名留ちゃん。」
「OK把握したよー。でもme何すればいいの?悪魔堕ちしたパパ野郎殺せばいいの?」
「パパ野郎って……まあ、そうね。人間なのに刻印までできて此処に来れたら、もう悪魔になってるかもしれない、そうしたら容赦する必要はないかな。」
「やったいつも通りにやればいいなら気楽だわー!」
喜ぶ名留ちゃんが跳ねているのとは対照的に、僕はタッちゃんの言葉で、もしやという思考が過ぎった。
「タッちゃん……。」
一つ、今回保護対象だった子供に関係していないだろうと思ってあえて話していない情報があった、この情報は世界を治めているタッちゃんには教えていたが、刻印が反応するということは襲来が近いことを示す。そもそも此処にくるには余程の奇跡か意図的でかつ綿密なまじないか、膨大な魔力が必要。
「……彼が建設したっていう、児童保護施設が『これ』を見越していなければいいのだけれど。」
伏せていた情報を名留ちゃんに聞こえないよう、しかし僕にははっきりと聞こえるように呟いたタッちゃんの瞳は、憂を帯びていた。
「は!?もしかして前に言ってた髭ちゃんが重宝される戦いってこれか!?これのことか!?」
名留ちゃんが今更なことに気づいたことに誰もフォローせず、その日の夕刻を迎えたのだった。
太陽の光が弱まり空が紫に色が近くなるこの時間。悪魔が最も力を持つ時間帯。詳しい原理はわからないが、彼らの力の性質は光がない方が強くなるからという説がある。昼夜問わず力を発揮できる僕らにとっては関係ないんだけど。
暴れるのに打ってつけな場所、錫朱の区端っこの火山地帯にて僕らは準備を整えていた。とは言っても僕は今回名留ちゃんの制約を外すだけで、タケルさんは僕の護衛として一応いる。
メインであるリクローと名留ちゃんは標的が来るのを得物を構えて待ち構えていた。
「ねー髭ちゃん、本当にこれいるの?」
初仕事にさぞや緊張していると思ったが、「心配して損した。」とタケルさんが零すくらい名留ちゃんにそんな気配は微塵もなく、腕に付けたものをひらひらとリクローに向けて問うていた。それは手のひらを覆うほどの大きさをした水晶だった。菱形に型どられ、磨かれた中は不思議に星のような粒子がキラキラと瞬いている。綺麗なんだが結構な大きさで、視界によく入る。
「あー本当ごめん、邪魔かもしんないけど付けてて。これないと俺の本領発揮できないし、悪いようにはならないからさ。」
「ふぅん……でもさ髭ちゃん、どっちかのデザインどうにかしてくんない?好みでもない男とペアルックとか嫌なんだけど。」
「その言葉は恋人なしの男にはシンプルにキッツイからやめて!!俺もそうしてあげたいのは山々なんだけど、武器は与えられた時の形が固定だからどうしようもないから諦めて!!」
「ええー……じゃあ髭剃ってよ、前写真見たけど、髭ない顔めっちゃショタっぽくてmeの好みだから。」
「ごめんそれは無理、酒場追い出される。無理。」
めっちゃくちゃ緊張感のない2人の会話は続くが準備は万端だ。リクローにも同じバングルが付けられていて、それは同じように闇に溶けようとする太陽の朱を受けて光っていた。
「今更なんだけど、髭ちゃんとか心愛ちゃんの武器ってさ、昔からあったの?」
「え?」
敵が来ないから、雑談は続く。
「meは悪魔だから【アルカナ】貰う前から自分の望むように武器作るとかできるけど、髭ちゃん達はどうなのかなーって。心愛ちゃんからその辺の話って聞いたことなかったなって今更思った。」
「本当に今更だよね……ええと、俺らは【アルカナ】に選ばれてからこれが出たんよ。面白い話なんだけど【アルカナ:正義】と【アルカナ:審判】は武器の形状が必ず固定されてんだ。」
「じゃあ正義の人とか審判の人ってずっと盾や杖なんだ?じゃあ歴代の王様も盃なの?」
「いや、先代の王は剣だったし、先先代は魔術師家系だから杖、盃って出たのはタッちゃんだけだな。でも……。」
饒舌なリクローが止まったことで、名留ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「タッちゃんも【アルカナ】に選ばれたはずなんだけど、名前、知らされてないんだよね俺。」
ゲッちゃんとの話を聞いていて、そういえば、僕もタッちゃんの【アルカナ】を知らないことに気づく。名留ちゃんがこっちを向くけど僕も首を横に振った。
「大体が【皇帝】だったりするから、そうだとは思うんだけど……。」
「そっかぁ、うーん、なんかこう……そういえばmeって心愛ちゃんに保護されてから大分経つけど知らないこと多いなぁ。やっばい。」
「はは、これからゆっくり覚えてきゃ大丈夫だって、俺も手伝うから。」
「髭ちゃん……髭さえなければその元気付ける言葉も笑顔もすごくときめいた。」
「渋くなるための髭なのに全く意味なしてないなこれ!?」
リクローが肩を落として本気で落ち込んだ。彼は性格悪くないし、顔も……髭あってもそこそこに整っているからお付き合いとか結婚とか考えるには悪くないはずなんだけどね、未だ彼女募集中である。
「……さて、茶番は終わりにしてだ。そろそろ来るから武器出して。」
空気の濁りが一点に集中し始めたことに気づいたリクロー、その顔はさっきおちゃらけてはしょぼくれコミカルだったものから一変して、冷静さが前面に出たものになっていた。
「はいよ。……うーわ、気持ち悪い怨念がすっごい絡みついてきてるわー。」
だらけて不貞腐れるような態度からこちらも一変した名留ちゃん。彼女もその辺の勘は鋭いから手に得物を出現させた。
『私の……私の息子……。』
気配だけ濁っていた空気が濁りの色がつく。紫や茶色、黒といった、お世辞にも綺麗とはいえない色が一つに纏まって、低く粘っこい声を持った人の形をとった。
『おお……私の息子はどこだ……私が完璧な……完璧な悪魔になるために産んだ、大事な子供おおおお!!!!』
咆哮が響く。ビリビリと悪魔の圧を伴って僕らへ襲い掛かるが威圧目的のそんなものに屈するほどの脆弱な人間は、残念なことにいない。
「ちっ……胸糞悪い。」
痩せ細った体格の人間に悪魔の特徴的な羽が広がった時、普段愛嬌を忘れない名留ちゃんの顔が憎悪と怒りで歪んだ。
「心愛ちゃーん、悪い知らせと更に悪いお知らせするね。パパさん悪魔そのものになってるわ。」
声はいつもの愛想のいい声だが構えている鎌に炎を宿す素振りで、相当機嫌が悪いことが伺える。
「やっばいことに因子を植え付けた悪魔と同化始まってる、これ放っておいてお子さんが捕まったらやっべー悪魔になるわ。本気でいかせて。」
その声色に一切の冗談がないのが聞いてとれたから、僕は彼女に聞こえるように「わかった。」と伝えた。
「ありがと、お願いね心愛ちゃん。そうそう更に悪い知らせなんだけどー……。」
鎌を一振りして生み出した風が、黒と紫で濁った空気を払った。
人間の肌色を残した1人の初老の男性の背中、細身の体格が覆えるほどに大きい羽には、苦悶の表情、血濡れて生気を失った無数の子供の首が埋まっている何ともゾッとする光景がそこにはあった。
「このクソパパ野郎、こっち来るのに子供の魂大量に使ってやがった。そういうわけだからこいつぶっ殺していいよね、ていうか殺すわ。」
名留ちゃんから機嫌が最底辺にまでいった地獄の使者みたいな低い声が出る。しかも想定したくなかったことが現実化しているとも知る。
彼女は『子供を大事にしない人間』をひどく嫌う。本人がその経験者なのか、とか直接聞いたことはないけれど、そういった輩を相手取るときの態度や鎌に灯される炎の色の濃さと大きさは明らかに違うからだ。
それに、男の禍々しい気配に混じった小さい魂……子供の気配は数百単位。【アルカナ】云々以前に、僕自身が到底許せるものじゃなかった。
「……『審判』の名において【悪魔】の戦線投下を許可する。」
僕の杖は迷いなく光を発した。
「絶対にアレは生かしちゃダメだ、頼むよ【悪魔】。」
そんな輩に対して力を制限する必要性は感じなかった。彼女の希望通りに解除すれば、名留ちゃんは横目でこっちを見て笑ってくれた。
「OKサンキュー、跡形もなく消してくるわ。」
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