刻印防衛線
1
中立世界に逃げ込んだ人達には天使や悪魔の概念がある世界から来た人もいる。
いきなり何を言い出したかと思うだろうが、今一度『刻印』について軽くおさらいしたいと思う。
刻印とは、天使や悪魔が自分の気に入った魂を必ずもらう、という意味合いでつける目印みたいなもの。実は彼らを認識している世界の人達がそれをつけられやすいのだ。何故と問われると、色々と仮説は立てられるのだが、一番有力な説は天使と悪魔の認識していると言うことは彼ら独自の思考を知っていて、それは自分達の信仰や畏怖が理解しやすいと言うことにつながって、力を得やすくなる。だから有識者がこの世界に逃れても自分が気に入った魂がどこにいるかわかるように刻印をつけてまで魂を欲すると言うわけだ。
刻印が付けられたなんてことは本人は知らなくて、つけた状態でやってきて後から刻印が浮かんで「すわ奇病か!?」と騒いで発覚するという流れが日常茶飯事。
ただ、刻印が浮かんだからと手をこまねいているわけじゃない。刻印がでた後の対策は、当然しっかりやってあるのだ。
今更どうしてこんな話をするかと言えば、実は今回その刻印にまつわる事件が起こりそうだったからである。
「うん……間違いない、これは悪魔の方の刻印だ。」
「タッちゃん来る時間わかる?」
「毎度同じだよ。今日の夕方から夜にかけての時にくるってところ。リクロー、いいかな。」
「明日は元々非番だし、ゲッちゃんにも一応言ってきたからOKよー。」
中立世界を収める王が住まう城、その謁見の間。非番だけれど呼び出しを食らった僕と名留ちゃん、リクローと、呼び出した当の王もといタッちゃん、そして碧摺の区に住んでいる母子が集まっていた。主に話しているのは主にリクローとタッちゃんで、タッちゃんがまだ10にも満たない年齢くらいの少年の額に光の灯った手を翳している。リクローはその隣で深刻な顔で少年の額に浮かんだどす紫色の痣を見つめていた。
重苦しい沈黙を破って先に動いたのはタッちゃんだった。
「【アルニタク】。」
彼が両手を椀の形にすると、そこに光が集い銀色と金色の混じった光沢を持つ盃が現れる。
「お母様。この子の爪か髪の毛もらえませんか?刻印をお子さんから消すのに必要なんです。」
「え、ええ……ああ、ちょうど抜けているのがあったわ!こ、これでよいのでしょうか?」
「充分ですよ、ちょっとお母様とお子さんは目を閉じていてください。」
タッちゃんがそういうと、お母さんは戸惑いながら肩に抜け落ちていた子供の髪の毛を一本渡した。タッちゃんはそれを盃に入れて、視線をリクローに向けた。それだけでリクローは察したのか、腰元に携えていたナイフを取り出して、盃の上で刃部分を握りしめた。
「ひ……!?」
名留ちゃんの悲鳴が結構反響しそうだったので思わず口を塞いで彼らの儀式を見届けた。
「【子を思いし母の愛、貴方が語る望みを聞き届けよう。】」
リクローの血が一定のラインまで溜まったと盃自身が判断したかのように光だす。すると子供の額にあった禍々しい黒紫の痣が剥がれ落ちて、盃に吸い込まれるように溶けていき、血が流れやすいよう広げていたリクローの掌に全く同じ形で張り付いたのだ。異なるのは、そこに銀色の縁が飾られているところだろうか。
「目を開けていいですよ。」
盃も消えて、光も無くなって普通の照明が照らす間となったところでタッちゃんが声をかけた。
「これで大丈夫です、念のためお二人共今日は夜更かしせずお家でゆっくり休んで、明日から普通に生活してください。」
「あ……!!ああ、ありがとうございます!!」
お母さんは額の痣が消えたことに気づいた瞬間涙を堪えることなく流し、そしてタッちゃんに深く頭を下げていた。ちなみに子供さんはといえば終始何が起こっているのか把握していないようだった。ただタッちゃんの盃は見えていたらしくて「あのかっこいーのなに!?」とちょっと興奮気味で、その様子を見ると今後異変が起こることはないと判断できそうだった。
「ええとさ……me達は何故呼ばれたのかさっぱりわかんねーんですが一体さっきのはなんなんでしょうか?」
そんな親子が棲家へ帰っていくのを僕ら4人で見送って、名留ちゃんがやっと話せる!と言う表情でタッちゃんへと問う。
「あ、ごめん説明してなかったわ。今回俺とたっちゃんと名留ちゃんで仕事ね。コーちゃんには名留ちゃんレンタル頼むために来てもらったんだわ。」
名留ちゃんへの疑問解答のために口火を切ったのは、珍しいことにリクローからだった。
「え、髭と仕事……?ええ……?」
「頼むから今は真剣に聞いて、今回は真面目に俺と仕事してもらえないと困るんだわ。」
いつもならちょっとふざけ気味に突っ込む感じのリクローがその雰囲気の一切を消していることに流石の名留ちゃんも空気を読んで押し黙った。
「悪魔や天使に刻印をつけられた人は連れていかれるとかっていう話は知ってるよね。」
悪魔や天使に魅入られた魂につけられる刻印は、『必ず引き込む』と言う意味合いがあって、本来は発動してしまうと即刻人間卒業悪魔か天使へ変化コースの嫌な術だ。それを完全に回避する方法は刻印をつけた悪魔や天使を消すこと。これは僕らの世界、僕ら【アルカナ】だからできることであって【他世界】では出来ない。
「それme達もよく護衛戦やってるからわかるけど……あれでも、子供が刻印つけてるのは初めてのパターンね。」
「うん、こういうこともあるから仕事慣れてきた名留ちゃんにはそろそろ刻印付きのお子さんが出た場合の戦い方ってのを覚えてほしくてさ、ちなみにその辺場数踏んでんのは俺だから、俺が教えることになったわけよ。」
「そうなの!?」
名留ちゃんが僕を見た。その目は半信半疑でジトッとしていた。
「そうだよ。実は老若男女問わず刻印付きの護衛戦に関しては、魔力使用の特性上リクローが適任なんだ。」
そう答えると、名留ちゃんは「ほへぇ……。」と何ともいえない返事と一応の納得を見せてリクローへ視線と姿勢を戻した。
「と言っても子供守りながら戦うのはキッツイんだよね。悪魔なんて特に、子供の誘惑を見せて気を引いて戦場に立たせようとするからさぁ。」
と、リクローは先ほど傷つけた掌を僕らに向けて見せる。あれだけ大量の血を流したにも関わらず傷は消えていて、その代わり少年の額にあった禍々しい痣がくっきりとあった。
「だから子供の場合は刻印を移して対象を変えて戦うんだ。ちなみにこの刻印を移すのはタッちゃんがいりゃ誰でも出来る。」
「え、じゃあタッちゃんがその気になればmeに移すのも出来るってこと?」
「そうだね……タケルさんも名留ちゃんも人間の擬態が完璧だから、出来ないことはないかな。」
タッちゃんが笑って頷く。名留ちゃんの仕事増えるなぁという直感が僕の中に生まれたけど、とりあえず何も言わない。
「それでコーちゃん、名留ちゃん借りていい?」
「構わないよ。あと今回のことおさらいしとく?」
名留ちゃんに視線を向けている僕の問いに、リクローが頼むと返してくれた。僕の意図を察してくれる幼馴染に感謝しかなかった。
刻印をつけられた本人がいれば杖で記憶を呼び起こして情報を伝える方法をとれるのだが、今回はいないので口頭で説明することにした。この手に関しての記憶力はいい方なので問題はないけれど。
あの母子もまた別世界から此方へ逃げ出した移民。逃げたのは子供の父親からで、子供が悪魔の生贄に捧げられそうだったからである。
彼女らの世界には天使と悪魔の概念があった。ただその存在を認知したり使役したりする魔力はなく、絵空事の話として伝え聞かされていたそうだ。しかし父親はそう考えていなかった。父親は昔から悪魔契約に何か夢を見ており、自分が悪魔を呼び出すための研究時間や費用を確保するために会社を興し、仕事以外はひたすらにその方法を探し求めていた。そして彼が辿り着いた確実に認識できる召喚方法には、『純粋無垢な魂』が必要とあった。
『純粋無垢な魂』を確実に手に入れるために、子供と共に逃げ込んだ今の母親と彼は結婚したのだ。
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