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 そういえば名留ちゃんに道具屋【補給線】にお使いへ行かせたことはあったけれど、メイさんが【アルカナ】と同等のことをやっているところは見せたことなかった。それを踏まえ、改めて彼らのことを説明するとしよう。


 まず道具屋の名前は【補給線】、名付け理由は単純に面倒だから。品揃えは中立世界で作られたものに加えて、この世界にないけれど『他世界ではメジャーなもの』まで取り揃えてある。どうやってそれを集めているかといえば、メイさんもアレスタさんも独自の転移魔法を使って他世界へ単独で行って仕入れいているとのこと。それがさっきお爺さんを連れていったあの魔法で、それだけ見ても相当な実力を持っていると言っていい。契約したての名留ちゃんはそう言う所から実力を推察するのはまだ疎いけど、タケルさん意外と鋭いからそこら辺は察しているから喧嘩をふっかけるような発言はしない。そういえば銀朱様も実力的にはメイさんにも負けず劣らずなのだが、どうしてそっちには喧嘩をふっかけるのだろう、似た気質だからだろうか?

 最後の回想以外を説明し終えると、名留ちゃんは呆然としたまま僕へ聞いてきた。


「ねぇメイさんって本当に人間?」


「一応、人間だよ。まあちょっと今日の呪いが面倒臭かったから時間かかったけどね。」


 メイさんがコーヒーカップを傾け答えた言葉に、「嘘でしょ……。」という名留ちゃんのか細い声が聞こえた。


「一口に呪いって言っても元凶を殺しても解呪されないパターンとか、殺した途端呪いが発動するパターンとか結構あるんだよ。だから心愛ちゃんがこっちを頼ったのはお爺さんの世界背景が俺らだったら誤魔化せるのと、その面倒な呪いがあったから。違う?」


 メイさんが口元だけ笑みを浮かべて僕へ問う。


「はは……わかっていましたか。」


「意外と心愛ちゃん達って解呪って繊細な作業得意じゃないからね。」


「うぐぐ……破壊に特化している我が身が妬ましい……。」


 痛いところを全員突かれて胸が痛くなる。記していなかったが、僕らは解呪とか、傷つけないやり方がど下手くそだ。練習はした、したけど改善は……察していただきたい。


「それ……そのme達の苦手な繊細作業、メイさん達ならできるの?」


「そう、ちなみに【アルカナ】の中で得意なのはリクローかゲッちゃんなんだけど、来訪者さんは魔法といった知識があまり浸透されていない世界だった。お爺さんは納得していただけそうだったけれど、他の方々が魔法だの天使や悪魔の呪いだのなんだのって説明したところで、下手したら僕らが敵認定される。」


「現実的な誤魔化し方法が取れて、異世界干渉して天使と悪魔の呪いだの本体をどうこうできるのが俺達【補給線】ってことね。ちなみにその辺は大人の事情が色々あって説明ややこしくなるから、ノータッチよろしくー。」


「力はあれど【アルカナ】じゃない外部の協力って形だからね、詳細の報告書を作らないとダメなんだ。ってことで、早速お話の方、いいですか?」


「記憶覗けば楽じゃない?」


「……僕、この人達に限っては記憶が覗けないんだ。」


 名留ちゃんからか細い声の「マジでぇ……?」が恐怖の色をとうとう灯した。ちなみに大人の事情って誤魔化された部分は僕も詳しく知らない。この大人の事情は僕が【アルカナ】になる前からあるらしいとしか。そうなると一体メイさんは何歳なのだろう、本当に人間なのか。そんな思考を切るようにメイさんはコーヒーカップを置いた。


「さて、その来訪者さんが支えているという人間の呪いだけど、悪魔の方がかけていて、更に来訪者さんの家の使用人には天使が混じっているっていうとんでもない状態だったんだ。」


「え。天使いたの?」


「いたね。限りなく人間に近い天使だったから、記憶だけで見分けるのは無理だ。そうそう、呪い受けてるご子息っていうのが、その世界を支えているお偉い王様的存在の一人息子だったんだよ。」


 名留ちゃんとタケルさんが一斉に飲み物を噴き出した。


「ゔぁ、え、は?!それ聞いてねーぞ!!?」


「そうだよ視界共有してたけどそんな描写なかったよ!?めっちゃお坊ちゃんって感じだったけどさ!!」


 2人が騒ぐのも無理はないが、いつ視界共有してたんだろう2人とも。メイさんも気付いてて放置したの寛大だなぁと思いつつ僕もあのご老人の記憶を覗いた時のことを思い出した。


「彼の記憶を見て良家の方っていう情報はあったけれど、そこまでの地位の人とは分からなかった……そういう大事な奥底を無意識でも読ませないなんて、相当忠誠心高い人だったんですねあの人。」


「そうねぇ、天使が欲しがるのがわかるよ。ちなみにその世界では王様って言うんじゃなくて大総統って言うらしい。王政を撤廃してまだ間もない感じの体制だけど結構整った感じだったなぁ、ああ、呪いに侵されていたご子息もまだ幼かったんだ。」


「そんな小さい子が悪魔に狙われるなんて珍しいですね……。」


「そう。子供の方もその苦しみを人に移させまいとか頑張ってて見てていい子だったんだけど、天使はあくまであの執事さんの魂が欲しかったようだよ。」


 メイさんがため息と一緒に話を続けた。


「天使は高潔で忠誠心が高く、正義を知る魂こそ同志にふさわしいと考えている。あの人その条件を全部クリアしていた逸材だし、余命幾許もない。でも忠誠心は幼き君主に向けられていて、天使が向けてほしい主に向いていなかった。だから向けさせるために悪魔の呪いを増長させる予定だった。」


「増長?」


「そう、子供にかけられた呪いは、進行すると呪いをかけた悪魔に魂が変化して、仮にその悪魔が殺されても同じ魂を持った身体はあるから復活はできるっていう部類のものだった。」


「うっわキモ……え、me今まで何も考えないで呪い潰してきたけど、そんな意味のとか含まれてたかもしれないってこと!?」


「そうだね、今までのは力ずくで潰しても害ない粗悪品だったけど、今回のは結構綿密な呪いだったから俺が行って正解だった。」


 メイさんが淡々と答えていく中で、あることに気づいた名留ちゃんがジュースのコップを叩きつけるように置いた。


「っていうか、呪いを助長させるって……何それ?」


「呪いが進むと深くなればなるほど悪魔の性格へと変貌する。優しかった性格が横暴だったり凶暴になったりするのは知ってるよね。そのスピードが早くなるんだよ。」


「あ、いや呪いのスピードが早くなるのはわかるけど、天使が悪魔の呪いを助長させるって何?できるの?」


「……そうか。名留ちゃんは知らないのか、悪魔と天使は、元々一緒なんだよ。」


「……へえええええ!?」


 意外な事実に驚愕が大きすぎて今度はジュースを落としかけた。そして「どういうこと!?」という目で僕を見る。メイさんじゃなくて僕へ説明を求めるところは何故なのかと苦笑しつつ、契約主の仕事だろうと割り切って説明することにした。


「これは僕も最近知ったけど、悪魔は元々天使っていうのは本当なんだ。どうして悪魔になったのかまでは解明されていないけどね。」


「えっ、そうなんだ、それもまた意外。」


「そういう研究しているやつが今いねーしな……まあ両方殺しちまえばいいから知っても関係ねーから俺も忘れてたわ。」


 身も蓋もない結論をタケルさんが言ったところで、話はメイさん主導へ戻った。


「さて呪いを受けた方だけど、子供なのに親のこととか世情を知っているせいか、多くの柵で苦しんでいるような状態だった。呪いを病だと思って人を遠ざける優しさはいかにも天使が好みそうな魂ではあったけど、先に悪魔に目をつけられ、欲望のままに動かせる呪いを、あっちの世界でいう【奇病】という形にして彼に植え付けた。その呪いが完全に同化するタイミングで、その世界の人間達でも堕とせそうな連中へ呪いを拡散する予定だったようだよ。」


「流行病って形にして死んでいった魂は悪魔のもの、天使はその弱みにつけこんで自分らを信仰する連中を自分のものにしようとしたわけね、揃ってやり口陰湿だなー。」


 名留ちゃんと同じジュースを黙って飲んでいたアレスタさんが、ストローを齧りながらそんなことを呟いた。「行儀悪い。」とメイさんからの叱咤が飛んだがどこ吹く風だ。


「幸いだったのは思っていたよりも呪いの侵食スピードが遅くて普通に取り除けたことと、天使と悪魔の両方がそんなに強くなかったってことかなぁ。」


 メイさんはそう呑気に言ってコーヒーを啜るが……僕とタケルさんは顔を見合わせるが、あえて何も言わないことにした。


「ああそうそう、取り除き方はこっちの世界に生えている風邪用の薬草飲ませつつ、見えていた因子を素手で取って潰した。あ、これ残骸。証拠品として持って行って大丈夫だよ。」


「待って潰したって何?」


「見えた嫌な気配を掴んでグシャって。」


「しかも素手!?て言うか思っていたよりも雑だね!?」


「大元の他に細い縁みたいなのが残っているとまた呪いは復活するから、それを全部引っ張り出す薬は流石に作れないでしょ。」


「ごめん何言ってんのかわかんない、メイさん本当に人間?」


「うん。」


 目を回す名留ちゃんのリアクションを咎められなかった。僕らがやる呪いの解き方、もとい破壊の仕方は、植え込まれた呪いは侵食度関係なしに一体の悪魔として現実に引き摺り出して攻撃を加えると言う形だ。正直それは大人でも結構な苦しみと痛みを与えるため、小さい子供なんて耐えられないだろう。


「あっちには既存の病原が複数重なって重病のようになっていたんでって説明して、本命の薬と一緒に人間に害ない薬を投与したら納得してたよ。」


「説明雑ぅ……。」


「まあでも、非科学的なこと信じられねーならその説明が限界なんだろーな。」


 名留ちゃんの呟きに返答したタケルさんが、珍しく真面目な質問を重ねる。


「ってか、そんな世界でよく天使と悪魔殺せたな。魔力あったのか?」


「戦うには少なかったから、子供さん治してから2体ともとっ捕まえて別空間に移動させてから処理した。」


 別空間、と聞くと一瞬錫朱の区へ飛ばしたのだろうと思ったのだが、違うと僕は直感で思った。メイさんは錫朱の区の僻地で戦ったことは一度もない。普通なら魔力を使った残滓とか、戦っている最中に起きる魔力同士のぶつかり合った反応とかがあるはずなのに、一度も感じたことがなかった。


 彼は一体、どこで、どうやって悪魔や天使を……。 


「その辺考えても面倒だよー。」


 僕を現実へ引き戻すように、アレスタさんが声をかけてきた。その声音はどこまでも優しく、緩いはずだ。


「兎にも角にも、依頼は完遂。これくらい話せば報告書も書けるっしょ?」


 空になったグラスをメイさんに押し付けて、アレスタさんは笑う。


「君らにとってどこでどうやって天使と悪魔を殺したか、なんて重要じゃないんだからさ?」


 目があった僕を見て笑うアレスタさんの目の奥に、声に、冷たいもの宿っていた。それ以上の詮索は許さないということがありありと伺えて。これ以上は考えてはいけないと僕自身も判断した。


「……それもそうですね。」


 僕は残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。とっくに飲み干していたタケルさんも立ち上がれば、慌てて名留ちゃんもジュースを飲み干してそれに倣った。


「本日はご協力ありがとうございました。お礼についてはまた連絡しますね。」


 道具屋から出て行く前に僕は一礼すると、メイさんが笑って首を振った。


「お礼はいいよ、いつもご贔屓にしてくれているから特別サービスで。それに、俺も異世界のものとか買えるから役得だしね。」


「いつもそう言ってお礼受け取ってくれないじゃないですか、それで最近タッちゃんからちょっとお小言もらってるので、そろそろ何か欲しいものをリクエストいただきたんですが……。」


「はは、わかったよ、そういうことなら何か後で龍軌くんに何か欲しいもの伝えておこうか。」


「やったー俺スイーツ欲しいんだけどメイさんよー。」


「お前何もしてないだろ。」


「あはは、決まったら僕に伝えてくださいね。」


 わざわざ店の扉前まで出てくれた2人に見送られ、僕らは道具屋を後にした。

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