道具屋の名は補給線

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 土下座されても困る時って生きているうちにそう何回も遭遇することないと思う。ただ僕のような仕事をしていると、何回どころか何千回と遭遇するものだ。

 そう、今まさに僕の前で土下座をしている執事服を召した品のいいご老人こそが、土下座されても困る事案を持ってきた人だった。


「お願いします、お願いします!!何とぞ、何とぞその御力をお貸しいただけませんか……!!」


「そうは言っても……ううん……。」


 まあ何の因果か僕らの世界へ慌てて現れたこのご老体の記憶を許可とって覗いたところ、彼はとあるご立派な家柄のご子息に仕える執事さんで、そのご子息が彼の世界において治療が不可能の病気を患ってしまったようだ。ご両親と執事さんは病気を治したい一心で各地の名医、薬草、最新薬を探して試したものの効果はなく、執事さんは倉庫でたまたま見つけた書物に書いてあった呪いを試した結果、此処にきた。ということらしい。


 そして覗いた記憶から察することができたが、ご子息のあれは病気じゃなくて、天使か悪魔の呪いだ。探る限り天使と悪魔の魔力の気配が邸宅にないから世界のどこかにいる。見つけ出して叩きのめすなら僕でもできるのだが、このご老人のお願いには問題が、大問題が一つあった。


「この老耄にできることなら何でもいたします、命でも差し出します、ですからどうか、どうか貴方様の不思議な御力をお貸ししてくださいませぬか……!!」


「あのー……えっと、ごめんなさい、僕、病気を治すとかそういう力って使えないんです。」


 非常に申し訳ないし申し上げにくい事実を告げれば、ご老人は真っ青になって「そんな……。」と唇を震わせた。


 そう、僕の持つ特性は治療に全く向いていないのだ。


 治癒に長けた伝承を【偶像化】すれば出来るんじゃないか?という声も出るだろう。残念ながらこの世界、魔力の使い方は向き不向きがしっかり固定されている。僕の使い方はどっちかといえば攻撃方面だった。つまりどんなに治癒に長けた伝承の何かを呼び出しても治癒の効果は全く持っていなくて、むしろ攻撃一辺倒になってしまうということだ。魔法の概念がふわふわな所からきて魔法に万能なイメージを抱いている人達に僕の力を説明する度、非常に申し訳なく思う。

 ただご子息の呪いを解くだけであれば、僕が行くよりもリクローかゲッちゃんが最適だろう。2人をその世界に送ることくらいなら訳ないが、魔法の概念がふわふわで天使と悪魔の概念がない世界からきたご老人にどう説明するかって問題まで出てきた。

 どのように説明すれば納得できるかどうかを考えていると、タケルさんが声をかけてきた。


「俺らだけで別にどうにかする必要ねーだろ。メイんとこ行こうぜ。あそこなら爺さんの納得できる形で解決すんじゃねーの?」


「メイ……あ、そうか!その手があったか!」


 メイ、という名前で思い出した人の所を明確に思い浮かべると、僕は杖で空を叩き扉を作り出す。


「ごめんなさい、僕が貴方の世界へ行くことはできませんが、貴方の事情をどうにかしてくれそうな人を紹介します。」


「本当ですか!?」


「とりあえず、一緒に来てくれませんか?事情説明をお願いしたいので。」


「ええ、ええ、もちろんですとも!!坊っちゃまを助けられるなら、何処までもついていきますとも!!」


 真っ青で土下座したままのお爺さんが、嬉しさを滲み出して立ち上がった。こちらに近付くスピードが早くて驚いた。ずっと足を折りたたんで座っていたのに痺れていないのだろうか。一筋の希望を手に入れ元気に溢れたお爺さんを連れて、僕はその扉を潜ったのだった。


「おじさん、meこのお爺さん危ない気がしてきた。」


「あれなー、天使が欲しい魂の典型だよな。」


「だよねぇ……。」


 うちの使い魔2人がそんな会話をしているのは……まあ、聞かないふりをした。今回は僕の管轄にはならなそうだからね。


「お、いらっしゃい心愛ちゃん。」


 扉の先は錫朱の区寄りの山の中。火山が近い関係で木々が少なくちょっと暑いけれど、まあ過ごせないことはない場所。一戸建ての小屋の扉を開けると、2人の男性が出迎えてくれた。

 カウンターから僕を見て最初にひらりと手を振ってくれたのが、メイさん。リクローと同じくらい髭を生やしているけど、大人の渋さとかそういうのはこっちが上だ。彼は僕の後ろにいるお爺さんを見ると、彼が来訪者であることを察してくれた。


「ようこそ、道具屋【補給線】へ。店主のメイと言います。」


「はぁーいどーもいらっさーい。俺は店員もとい相棒のアレスタでーす。よろしくー。それで用があるのは心愛ちゃんじゃなくてそっちのお爺さんかな?」


 金髪の長髪が特徴的なアレスタさんが愛想よい笑顔で僕らを出迎えてくれた。


「とりあえずどんな品物が必要か知りたいから、事情話せる範囲で話してちょーだいよ。」


「アレスタ、言葉遣いは丁寧にしなっていつも言ってるでしょ。」


「練習したけど全く無理だった。」


「直さないならお前明日から裏方作業ね。」


「えーーーやだーーー!!お喋り好きなのにーー!!」


「メイさん大目に見てよ!!フランクな接客がアッちゃんの魅力なんだよ!!」


 駄々をこねるアレスタさんに加勢した名留ちゃんの様子から察してもらえると思うが、アレスタさんの見た目は女性でも通じるレベルで綺麗な、錫様に似たタイプの男性である。渋い男性の姿なメイさんと並ぶと夫婦に間違われるが全くそんなことはないし、そう言われると2人ともかなり嫌がるので気をつけよう。


「なるほどなるほど、その世界の最先端医療でも治らない奇病で、身体中に模様みたいなおかしな斑点、色が黒よりの紫で熱がある……意識がはっきりしている時もあれば支離滅裂なことを叫ぶ現象……これはずばり……。」


「ちょっとそっちの世界お邪魔してくるわ。」


「ねぇ俺の名推理的な語り始まる前に結論出すのやめてくんないメイさんよお!?」


 ご老人が僕らと同じように説明をしてアレスタさんが何事かを呟いていたら、メイさんが早々にエプロンを取って何やら準備を始めた。突っ込む理由はよくわからないが結論出すのが早いと思うのは無理ないくらい即決だった。


「とっとと現地行って根っこから原因処理した方が早いでしょ。」


 アレスタさんの文句をバッサリ切り飛ばすメイさんは、結構大きめな皮袋を肩に下げて、棚に陳列されていた小瓶を二つほど掴んで放り込むと、お爺さんを見た。


「というわけで急なんですが、一旦貴方の世界に行ってもいいですかね。大事なお坊ちゃんのアザの状態には心当たりがありますけれど、この目で確認したいんで。」


「え、ええ、申し訳ありません、口頭では伝わりにくかったですね。治したいばかり考えてアザの状態をお伝えする術を持ってくるのを忘れてしまいました……。」


「そんなのあるんですか、その技術世界ついてからでいいんで教えてください。さて……心愛ちゃん悪いけど、今からお爺さんとこ行ってくるから、龍軌くんに事後報告になるってこと伝えておいて。」


 メイさんは準備を整えると、僕を見た。彼の言うことが何を意味するか僕自身もわかっている為に、ちょっと悪巧み考えている色を含んだ笑顔に頭が痛くなった。でも最適解はこれしかないのも事実なので、返答は一つ。


「あー……はは、タッちゃんならなんだかんだでいつも許してくれますからね、お願いしていいですか?」


「ありがとう。ちゃんと片つけてくるからね。」


 僕が許可を下ろした形になると、メイさんは指をパチンと一つ鳴らす。何もない場所の空間が歪み、一つの光の輪が現れた。まあ無から謎なものが生まれたら当然驚くよね。お爺さん目が飛び出そうなくらいいいリアクションをしてくれた。


「こ、これは一体何ですか?!」


「なんて言えばいいんですかね……こっちの人間がよく使う移動手段?」


「ええ……間違っちゃいないんだけどその説明は雑じゃない?メイさん。」


 名留ちゃんがそう呟くも、「仕方ないよねぇ。」とアレスタさんから返答が返ってきた。


「でも魔法原理のない世界の人達へ魔法原理の説明ってシンドいよー?どっから説明すんのって話だし。ってことでいってらっさーい。」


 光の輪へ入るメイさんを、手を振って見送るアレスタさんの至極冷静な返答に、名留ちゃんもなるほどと納得してくれて同じく手を振ってメイさんを見送ったのだった。


「なんか俺、今回影薄いな……。」


 タケルさんが何だか寂しそうな気がするがその理由があまり重要じゃない気がしたので無視することにしよう。


「って思ったんだけどさ、メイさんについて行かなくていいの?」


「ああ?あー……大丈夫だろ。ついて行かなくていいっていうかついて行けねーんだ。」


「……ええ?」


「そう言う決まりなんだってよ。」


 タケルさんは1つ息を吸って、名留ちゃんへ言った。


「この道具屋はただの道具屋じゃない、心愛達【アルカナ】が処理しきれないことを請け負う代わりにその手段の一切は問うことを許されない……信用していいのか何なのかわからねー連中なんだよ。」


 その声色が妙に警戒の色を含んでいたように感じたのは、僕だけだろうか。


「ただいまー、終わったよ。」


「はっや!???」


 わずか1時間くらいだろうか?光の輪が突然出てきて、空洞からメイさんだけが戻ってきた。アレスタさんが追加してくれたお茶とお菓子を食べようとしていた名留ちゃんが驚いてちょっと椅子から飛び上がったのは面白い。


「え、早、えっ?!」


「色々終わらせてきたからあっちは平和だよ。」 


「終わらせてきた!?」


 メイさんは「うん。」とだけ答えてエプロンを取ると腰に巻いて、手近の椅子へと座った。


「心愛ちゃんも記憶見ていたから知っているとは思うけど、天使と悪魔が陣取り合戦準備やってたからまとめて消してきた。」


「ええー嘘でしょ……両方いるってことは干渉結構進んでるじゃん?地の利も向こうにあるから1時間で終わらない面倒な感じなのに1時間で終わらせたって……メイさんってなんなの?」


「お前がドン引きするのわかるわ。あいつどう見たってただの人間なんだよ、でも人間以上に強いんだよ俺でもわかんねーよ……。」


 他世界出張殲滅業務に慣れてきた僕らでも天使と悪魔両方が揃っている他世界だと、彼らの方に地の利があるからそんな短時間で済ませることはまず難しい事案だ。それをあっさりこなしたメイさんの、人間離れしている実力はタケルさんもドン引きだ。


「とりあえず、あのお爺さんところに何があったかでも話そうか?俺を頼ったのって報告書事案でしょ。」


「そう……ですね。」


 報告書事案?と首を傾げる名留ちゃんのために、そう言った諸々についても、話を聞くことになった。

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