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「これ……今日のような症状がまた出ても対処できるよう、多めに入れておきます。」


 籠のものを月華ちゃんが紙袋に入れ直してくれて、それを受け取るとちょっと見えた中身に僕は驚いた。


「ありがとう……あれ、塗り薬まで入ってる……使い魔だけじゃなくて人間用もいれてくれたんだ?」


「心愛さんが怪我をしたり、体調を崩すもしものことも考えました。」


「そっか、ありがとうね、急だったのに。」


 袋の中には僕が欲しかった薬の他に怪我用の薬まで入っていたのだ。

 怪我用の薬は患部に塗ってから治癒魔法を使うと治りが早くなる代物で、魔法使用者の負担も軽減されるメリットだらけの薬となる。デメリットがあるとしたら今手に入りにくい代物ってことくらいだろうか。


「今後、薬はメイさんのところでも貰えるようにします。」


「っつか薬のこと今の今まで忘れてて悪かったな、今の代の【アルカナ】連中全員アホ程強ぇから薬の需要減ってて油断してた。後で龍軌のところにもいくつか持っていくって伝えておいてくれや。」


 月華ちゃんの言葉に続けて知影さんが申し訳なさそうに言った言葉に、僕は首を振る。


「いえいえ、僕らが5体満足で無事に戦えているのはひとえに知影さんの教育の賜物ですよ、でも薬についてはタッちゃんに伝えておきますね。」


「あー……ま、それもそうか、防衛戦3日位耐えられるくらいには鍛えたのは俺だったしな。」


 知影さんの言葉に、僕はまた笑顔だけ返した。


 実は僕が中立世界にある店に行かず、調律の森へ直接来たのは理由が二つある。一つはさっきも言っただろうけど、調律の森から採れる薬草から作られる薬がここ最近入荷がなくて在庫切れが起きていたのを知っていたから。

 もう一つは個人的な理由……知影さんと月華ちゃんの様子を見たかった。というのも、知影さんが天使として再び此処へ来たという報告があってから僕らは一度も森へ行けてなかったから。


 揃って元気そう……というには語弊があるかもしれないが、考えていた最悪な事態にはなっていなくてちょっとほっとしたけれど、前に彼女から言われたことを思い出して、僕は改めて頭を下げた。


「えっと……手間かけさせて本当ごめんね。あまり僕らに関わりたくないって言ってたのに。」


「いえ……心愛さんは悪くないです。薬のことを失念していたのが悪いですから。」


「月華ちゃんは謝らないで、急に来たのに薬くれてありがとうね。」


「……出口まで送ります。」


 月華ちゃんが先導して歩き出す、のを、知影さんが腕をひいて止めた

「おい待て、それなら俺だって出来るからお前はもう休めって。調律して薬作って……せっかく戻った顔色また悪くなってんじゃねぇか。」


「帰ったら休みます。ちぃさんはまずメイさんのところに薬を運んでください。」


「は、何そんな量もう作り終わったのか……ウォアいつの間に!?多いなおい!?」


「他の人にも行き渡るように作ってあるから。」


「唐突に珍しいことやるんじゃねぇって……運んでくるからもう明日は何もすんなよ!?ったくただでさえ前の戦いだの調律だのでねぇ体力消耗してるってのに……。」


 知影さんが小屋の奥へと引っ込んでいったのを月華ちゃんは見届けてまた前へ向いてしまった。そうして彼女を追って僕らは来た道を戻っていった。


「ねぇ心愛ちゃんすごいよ……来た時より全然気持ち悪くない。」


「森の主が道案内して、さっき飲んだ薬も主が直接煎じたもんだ。吸収する魔力が調整されて当たり前だろ。」


 感動する名留ちゃんへ突っ込むタケルさんの足取りも軽い。濁声も回復していてほっとしていると、月華ちゃんが徐に口を開いた。


「今後も店に置く分を作って、此方に来なくても解決するようにします。」


「えっ?……は!!それってme達がこっちに行くための用事がなくなるってことでは!?」


「遠回しにせずしばらく来るなと直接言っても良かったようですね。」


 ショックな顔を惜しげもなく出している名留ちゃんへオブラートなしの言葉を月華ちゃんは投げつける。しかもこっちを見ないで。


「自分の好みの容姿の奴絡んだ時の理解度は冴え渡ってんの気持ち悪……。」


「おじさんはさておいて、なんでそこまでme達と仲良くしようって思わないの月華さん……というか言葉の切れ味えぐいな……。」


 悪口?を言うタケルさんには無言で腹部に綺麗な右ストレートを決めつつ(タケルさんは昏倒)、月華ちゃんにはウルウルとした目を向けて名留ちゃんは問いかけた。


「私に残された時間は少ないから。」


 それに戸惑わず、名留ちゃんの方をやっと振り返った月華ちゃんは答える。僕らの間の空気が止まったにも関わらず、彼女は無表情で淀みなく答えていく。


「私の命は本来とっくの昔に消えていたもの。今私が持っている時間は全て、ちぃさんに返さないといけない。だから貴女と仲良くしても無意味。」


「冷たいを通り越して怖いこと言ってるけど何、死ぬってこと!?何で!?ちぃさんってちーちゃんよね生きてんじゃん天使だけど!!」


「私のことを知ったところで、貴女達が出来ることは何もない。だから、答えられることも少ない。」


 月華ちゃんが立ち止まる。ぽっかりと開いた口の目先には中立区の僕の家の前。


「え!?な、なんでme達の家が間近にあるの!?」


「森に言っただけ。貴方達を早く帰して欲しいって。」


 月華ちゃんは否定しているが現状彼女が魔力を生み出す森の主だ、実力もかつての魔女と同じ。世界の区域くらいなら転移も簡単にできて当たり前だった。


「ちぃさん……知影さんが天使になったのも、天使になる前死んだ原因も、全て私にある。それを知ったところでちぃさんに命を返して私が死ぬことは変わらない。」


「命を返すとか死んだ理由って……どう言う意味?」


「私がちぃさんを殺した。それ以外に何も答えることはない。」


 月華ちゃんは淡々と、縋りそうな名留ちゃんへ答えを返していく。


「ちぃさんが私だけを覚えていないのも、私がちぃさんを殺したことが関わっているから。」


「う、うっそだぁそんな……月華さんが殺してたらさ、今あんなに心配とかしてないでしょ……。」


「私を覚えていないから……いいえ、私を覚えていないように仕向けられているせいだと思う。」


「ええ……何それぇ……?」


「この森から生まれる魔力を支配したい天使や悪魔にとって、森の魔力を人が使えるようにしてあらゆる世界に魔力を送り込む力を持つ私は目障りな存在。」


「え、あ、調律の森って元々魔力が生まれる場所って心愛ちゃん言ってたね……。」


「この森で人が使えるように魔力を調律をしないと、誰もが魔力を使うことは難しい。その力を持っているのは私だけ。だから天使は私を殺すためにちぃさんを差し向けた。私に関する記憶を、消して。」


「はあああ!?」


「おいちょっと待てどういうことだそりゃ!?何でよりによって知影がお前を殺さなきゃならねーことになってんだ……!!」


 その月華ちゃんの言葉には僕も声を出さなかったが驚いた。名留ちゃんとタケルさんが代わりに驚いてくれてよかったとかタケルさん名留ちゃんの渾身の腹パンチから復活したんだとかそういう茶番はどうでもいい、僕らは月華ちゃんの話を促した。でも。


「私がちぃさんを殺したから。ちぃさんが私を殺すのは当然。」


 彼女はそれしか言わない。


「そういうことを聞いてねーんだよ!!お前を殺すために天使連中があいつを天使にしたことがおかしいんだって言いてーんだよ!!」


 タケルさんが月華ちゃんの胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、不思議と彼女には触れられなかった。


 手を伸ばせば届くはずだった彼女は、いつの間にか人2人分の距離にいて。


「天使の方は魔女の殺し方を知っている。それは古来から変わらない方法に天使の持つ浄化力を合わせれば確実に殺せると踏んだ。」


「その殺し方も知っていてお前の存在も知っていて、生きて連中に情報を流せるとしたら……まさかミカエルか?あいつがまだ生きているって言うのかよ……!?」


 僕達をおいてタケルさんは月華ちゃんに問い詰めていく。月華ちゃんに初めて表情が浮かんだ。苦悶という表情が彼女に色濃く現れて、声にもそれは乗せられた。


「あの天使は人間じゃ太刀打ちできない相手。ちぃさんの最後の一撃はミカエルを瀕死には追い込めたけど、完全には殺せなかった。」


「クソが……!!それで知影の馬鹿はお前の殺すために天使にさせられたってのかよ!!しかもお前との記憶を消されて!!」


 怒り狂うタケルさんとは対照的に、月華ちゃんは静かに頷いた。


「私との記憶がないのは、いい。私がいなければ、私に会わなかったら……ちぃさんはこんなことにならなかったから。だから私がちぃさんを殺したと言っても過言じゃないし、殺されてもおかしくない。」


 彼女の表情がまた微かに変わる。そこには、強くも冷たい殺意が宿っていた。


「でも、このまま天使の思惑通りにはさせない。」


 その仄暗い光に思わず名留ちゃんが怯んでうわずった悲鳴をあげた瞬間に、森の葉が擦れる音が大きく響いて、月華ちゃんと森が僕らからどんどん遠ざかっていくのがわかった。タケルさんが無駄だとわかっていても手を伸ばした。


「おい待て!!一体何考えてんだお前!!」


「仔細を知りたいなら、心愛さんを通して森に聞けばいい。森は全てを知っているし、知りたいことに答えてくれる。嘘はつかない。」


 ざざざ、という強い風の音が、風と一緒に僕らを襲って、枝から離れた無数の葉が此方の視界を埋め尽くす。


「私は私の、選んだ道を進むだけ。」


 小さくも鮮明なほどに強い意志が込められた声が呟くその言葉と、葉の間から垣間見えた表情は、『あの日』涙を流していた時と同じ顔だった。


「ねぇちょっと心愛ちゃん月華さんのあの訳あり感は何、おじさんも知ってんだろとっとと吐けおらああ!!」


「てめー馬鹿力で俺の腹殴るんじゃねー!!!!くっそ貧乳馬鹿女がちったぁ加減しろ!!!!全力パンチこれ以上したら喋れるもんも喋れねーんだよ殺すぞ!!」


「殴られたかねーなら何度も警告している地雷ワード避けろっつってんだろぉが脳みそ酒漬け野郎が!!!!」


「……こんなことに使いたく無いけど、【深層にある恐れを開け、キファ・ボレアリス】。」


 聞くに絶えない罵声が家を満たしているが、そこはまあ僕が一発雷……もといお得意の魔法を使ってそこへ放り込んで30分もすれば大人しくなって帰ってきてくれた。2人とも大分ボロボロだが自分の傷は自分で治せるそうなので放っておくことにする。


「さて、名留ちゃんの質問に答えていく前に情報を改めて整理させてもらうね。」


 土下座と正座を併せた2人を前に、僕は椅子に座って話を始めた。


「まず知影さんは元々この世界の人間で僕達……リクロ、ゲッテン、龍軌、僕の戦闘指導係でアルカナ名は【戦車】だった。あの人に師事してなかったら今の僕はなかっただろうし、名留ちゃんはおろかタケルさんとも会ってなかったかもしれないってくらい僕らにとっては恩ある人だよ。」


「そんな凄い人だったのちーちゃん、パッと見た感じ物理でゴリ押しそうな脳筋系だけど……。」


 正座&土下座モードから顔を上げた名留ちゃんが感心の言葉を漏らす。ちなみに隣のタケルさんはまだ土下座&正座モードから立ち直ってないので、説明できるところまで説明しようと切り替えた。


「それが天使と悪魔との戦いにおいて、合理的に敵を葬る方法とか考えて実行するのが上手い人でねぇ……どういう原理でできたとか省くけど、各属性の術を閉じ込めたガラス魔法と宝石爆弾とかの制作は全部知影さんだった。」


「凄い物騒なもん開発してんね!?」


「それからさっきの調律の森って、当時は誰も近づけない【不可侵の森】って名前だったんだけど、知影さんが森の調査をしてくれたおかげで、全容がわかって薬草が使えるようになったり調律の森って名前になった。」


「まあその辺って月華のことが関係してんだけどな……っつか、魔力が満足に使えない体質な癖にクソ訳わかんねーけどクソ強い武器作るわ模擬当たると試作品とか言ってろくでもねー戦法とか試してくるわ……最悪なの思い出したわ……ハルバードで天使と悪魔の羽もぎ取ったりど頭潰してぶっ殺すやり方して本当やべー奴だよなあいつ……。」


「ちーちゃん頭いいことやってるエピソード出てるのに殺し方えぐいし物理のゴリ押しだね。」


 タケルさんの声で説明が付け加えられた。復活が早い流石タケルさんだと感心する、後月華ちゃんの薬の効能の凄さが窺える。


「っていうか、魔力使えないってどゆこと?」


「あ、悪い、言い方が微妙だったわ、あいつ魔力は使えるんだ。ただ心愛達と違って【アルカナ】になれるほど魔力を体内に貯める器じゃなかったんだよ。単純に炎の球作れるかどうかも危ういレベルだな、それを補うのに元々魔力が篭ってる宝石を加工して最強レベルの術を仕込んだ爆弾にしたり、ガラスに術式仕込んで爆弾にする方法を編み出して実戦投入して【アルカナ】になった……らしい。」


「らしいってそんな曖昧な……あ、でもそっか心愛ちゃんの師匠ってことはもうその時から【アルカナ】だったからその辺ぼやっとしてしょうがないのかー。」


「そ。まー俺が見た事実を言うなら相当な女好きで錫朱の区で酒と女遊びに浸ってたのはよく見たな。日替わりか?ってくらい連れている女は違えど、まー共通して胸のでけー女と連んでいたぜ。」


「えっ最低……よく心愛ちゃん餌食にならなかったね……。」


 タケルさんから次々といらない情報までが追加されていくが、事実だから何も言えない。そして名留ちゃんは僕の胸部に目を向けながらしみじみしているけど、あの人教え子に手を出さない主義って言ってたし、特定の恋人は作らないって言ってたから僕は対象外だったと思うよーと心の奥だけで補足した。


「っていうかそれ月華さんがいてもやってたんでしょ、最低……。」


「いやそれがな……知影が調律の森の調査に入ってからはそういうのぱったり無くなった。」


「え?」


「知影と月華が出会った正確な時期は聞いてねーけど、多分調査初日に会ってる。それから知影は森に浸って女遊び辞めてたからな。つまりあの野郎、月華に一目惚れして森移住決めたんだろ。んで月華守って死んだんだからな。」


 黙っていたら凄い付け足しがされ、そして名留ちゃんから偉い大きい悲鳴が響いた。


「うるせーな、だってあれどう見ても知影の奴月華に惚れてるだろ。心愛でも分かったろ。」


「あー、うん、そうねー……うん……。」


「待って待って待って理解の方追いつかせて!!!!お願いだから!!!!」


 タケルさんは悪びれもせず堂々と宣言している。それ説明しづらいのだが分かっているかなそこのところ。混乱して目がぐるぐるしている名留ちゃんが悲鳴を上げつつも疑問もしっかり口にする。


「っていうか死んだって何どゆこと!?そこ一番大事よな!?」


「調律の森の侵攻を率先してきたクソ天使と相討ちの形に持ち込んで知影は死んだ。」


「すっごいわかりやすい回答ありがとうまた天使かよろくなことしないねぇ!!!!」


 またかよってツッコミには激しい同意をしたい。何か悪魔よりも天使の方が人生歪めるやり口がえぐいってどうなんだろうね、と僕も思っている。悪魔も人が劣等感とか欲を増長させるっていう点で厄介だけど。


「名留ちゃんと契約結ぶ前の話になるんだけどね……結構強い天使が調律の森に直接侵入をして止めきれなくて、知影さんが自爆って形で天使を道連れにしたんだよ。」


「月華は俺らと同じくらい強いが戦うには色々問題があって出来なかった。あれは……俺らの到着が後少し早かったら最悪な結果はま逃れてたかもしれねー案件でな……。」


 タケルさんが珍しく苦い顔をして、言葉を濁す。


「正直、俺ですら本気出しても勝ち引けるかわからねーくらい月華は強いんだ。お前じゃ絶対勝てない。ただ、この世界で天使と悪魔と渡り合える称号である【アルカナ】を持っていないからあの時戦うことができなかった。」


「嘘まじか……そんな強いのにどうして……。」


「あの子が【アルカナ】だったら心強すぎる味方だったけど……それは知影さんが望まなかったんだ。理由まではわからないけどね。」


「ええー……ううー……それちーちゃん誰にも話してなさそうだから余計気になる……!!」


 なぜ彼女が【アルカナ】だったらよかったと僕らが思うのか、それは彼女の出自が絡んでいるけれど、それを言うと名留ちゃんがパンクするだろうから濁しておいた。今月華ちゃんについて色々話をしても追いつかないだろう。


「ってかさ、惚れてるってさっき言ったけどさ、今のちーちゃんも月華さんに惚れてるって解釈でOK?」


「おう、月華に近づくと睨まれるし月華目当てで森に侵入しようとする天使と悪魔殺してんの全部あいつだし……。」


「そう言えばさ、前にあった不法侵入防衛戦でヒゲちゃんが御愁傷様って言ったのって……ていうかあの5匹逃げた森って……いやさっきちーちゃんに言われて気づいたけどさ、もしかして……。」


「あいつらの行き先は調律の森という名の墓地だ。よかったな名留名乗るの思い留まっといて、あの時取り逃したこと謝罪してたら速攻鍛錬錫朱の区行きだったぞ。」


「うわあああいやあああああああ!!!!よかったあああ黙ってて!!」


 あの時リクローが憐れんだのは、あの森へと侵入した悪魔達は知影さんによって跡形も残さず消される運命を悟っていたためである。

 足が痺れてきたのか正座を崩して体育座りになった名留ちゃんがそれにしても、と呟いた。


「あれで2人とも恋人同士じゃなかったんだね……あんなどう見ても両想い的な感じしているのに。」


「ああうん、そうだねぇ……そう言う感じじゃなかったかな。でも……あの頃の月華ちゃんには、笑顔があったのは確かで……。」


 質問ではないけれど、その呟きにどう返せばいいかわからず言い淀む。名留ちゃんの答えとして言葉にすることはないかつての2人の光景を思い出したから。


 いつだったかは定かじゃないけど、中央区に用があったのか歩いている2人を見かけたことがあった。その時の月華ちゃんは眼は柔らかく緩んで穏やかな光を宿して街を見渡していて、知影さんの横顔は、そんな月華ちゃんを愛おしげに見遣っていた。並び歩く姿は恋人と言ってもおかしくなくて、女遊びが激しく荒んだ姿が多かった知影さんを知る僕からしたら、月華ちゃんの存在は知影さんにとってとても大事なんだと思ったくらいだった。


「……知影さんは、月華ちゃんが大事だったよ。あの森と関係のある月華ちゃんっていう意味じゃなくて、月華ちゃんの存在そのものがって意味でさ。」


「だろうな。じゃなきゃあんな方法使って相討ちに持ち込むわけねーもん。」


「……あのさ、ちーちゃんが死んだ話って結構な覚悟いる系ですかね?」


 名留ちゃんが辿り着いた真理に、僕もタケルさんも同時に頷いた。


「……じゃあ、今日はもう聞かないことにするね。」


「その方がいいよ、僕も話すには結構覚悟いるから。」


「あいつが言ったように偶像化すんにも覚悟いるしな。見る側の。」


 そうして、月華ちゃん達の話を切り上げたのだった。


「それにしてもちーちゃんの事情、おじさんやけに詳しかったね。何で?」


「あいつとは女の取り合いと酒のツケ賭けて殴り合い何回もしてっから。」


「うわ最低。2人揃って最低。」


「それ以外にも酒の趣味合うからよく飲みに行ったんだよ。」


「ねぇ仲良いのか悪いのかはっきりしてよわけわかんないよ。」


 そんな他愛ない会話に戻ったその数日後、僕は月華ちゃんに残された時間が少ないことを知った。

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