3

 月華ちゃんに無事招かれたところで、2人が診てもらっている間は月華ちゃんと知影さんを紹介しよう。


 知影さんはさっきも言った通り僕らの敵じゃない天使で、諸々事情があって月華ちゃんのことを守っている味方の人だ。実力は相当強くて、近距離・遠距離の武器も器用に使うことができるし魔法だって全属性を扱える。尤も得意なのは宝石の魔法特性を上乗せして、最大限に引き出す上に関連特性を加えて弾丸や武器にしてしまうこと。

 それで月華ちゃんについてだけれど……彼女自体がそもそも特殊だし事情が諸々あってここで説明がしきれない。ただもう一度、重要なこととして繰り返すのなら、この世界の住民が体調に異常をきたすほどの魔力が生まれる【調律の森】の中、何の対策もせずに暮らせている。これで彼女がどれだけ凄いかが分かるだろう。


 そんな森に自生している草花は人だけじゃなく人以外の生き物にも効く薬になる。そう言ったものは本来秘境やここじゃない異世界、人が絶対立ち入らないような場所にしかなかったり、何年に1度生えていれば幸運と言われるようなものばかりのもの。それがここでは節操なく森の各地で生えている。色んな意味で神秘的というのか、規格外というか……説明するに難しいし、未だに訳のわからない森である。

 と言うわけで、ダイニングテーブルの椅子にタケルさんと名留ちゃんを座らせて、手をかざして何事かを診ていた月華ちゃんは何かわかったのか離れていく。棚からティーポットとカップを出して並べてから、薬草を薬棚から取り出して刻んでいく。それ以外の力仕事は知影さんで大鍋を持ってきて水を入れて火にかけたりとかそういうことを分担して準備が進んでいく。

 それらが落ち着いてから月華ちゃんが僕へと話しかけてきた。


「使い魔の風邪は引き初めに対処しないと召喚士にも影響が出る……滅多になるものでもないけれど。変わったことは?」


「ええと……そんなに変わったことはない、と思うんだけど……。」


「例えば最近、どちらかの呪いが疫病として蔓延していた何処かの世界から飛ばされた人を相手にした、とか。」


「……あ。」


 思い当たる節といえば今から3日前。疫病を治せる賢者を探していると言った人に縋られた記憶が蘇る。あれの正体はまあ天使が故意に仕掛けた呪いだったわけだから僕と名留ちゃんでその人の世界へ乗り込んで解呪した。そのあと皆揃っ念入りに浄化したはずだけど、僕自体浄化が苦手な方だから少し残ったかもしれない。それで2人が体調を崩したと考えれば納得できる出来事とタイミングだった。


「ごめんねタケルさん、名留ちゃん、僕の監督不届だった……。」


「ぎにずんな、俺もぎづげながっだ。」


「というかあんな最悪な疫病作った天使のあんちくしょうが悪い。って考えるとあいつらやること天使じゃないよねマジ。根っこから腐ってるよ。」


 こんな単純なことに気づけなかったことで2人に苦しい思いをさせている。それが申し訳なくて謝るけれどタケルさんはふっと笑って、僕の頭をぽんぽんと撫でた。名留ちゃんも僕を安心させるように笑ったが、それはいつもの元気がなくて無理させているような感じもした。いつもみたいなテンションで喧嘩とかしているけど、本当はすごく辛いのかもしれない……門番失格だなぁなんて、落ち込んでしまう。と。


「そんな気ぃ落とすことじゃねぇよ。」


 上から降ってきた声に顔を上げた。水を入れていた大鍋を片付け終わって此方へ戻ってきた知影さんだった。


「ざっと状態見たが、結構実力ある天使が創った呪いだな。本来なら自我がなくなって暴走してもおかしくないやつ。」


「ええ……そんなに辛い症状なんだ……。」


「本来はな、でもこいつら2匹とも力が強すぎるせいでただの風邪症状で済んでいる。ってかそもそも大抵の呪いは全部これで済む体質になってるんだよ。一周回って気持ち悪ぃな。」


 知影さんはじとっとした目で主にタケルさんを見た。気持ち悪ぃ、という言葉がやけに力が入っていたのに気にしてしまうのだが、大体タケルさんへ向ける言葉はいつも罵詈雑言も混じっているから今更かもしれない。


「状態異常に対する抗体は召喚士への忠誠度に比例する。こいつらは心愛ちゃんへの忠誠度が限界超えてぶっちぎっているせいで風邪程度で済んでるってわけ。特にそこのクソ悪魔に至ってはほぼ無敵だ。むしろ今回のでより強い抗体を得たわけだ。結果オーライにしちまったわけだ気持ち悪。」


「さっきから俺らのことを何回も気持ち悪ぃ連呼してんじゃねーよ大体そこら辺の執着度はテメェの方が上だろがストーカー天使野郎。」


「え、ストーカー天使野郎?」


「名留ちゃんは知らなくていいことだよ。」


 厄介な話に食いつきそうな名留ちゃんを止めていると、いつの間にやらダミ声から普通の声までタケルさんが復活していた。ふと見るとタケルさんだけじゃなくて、名留ちゃんの手にはティーカップがあって、透き通った緑色の液体が湯気を立てて揺れていたし、彼女の声も戻っている。


「あ、心愛ちゃん凄いよこれ!!meこんな美味しいお茶初めて飲んだ!!」


 名留ちゃんもパッと笑顔が輝いて、もういつもの調子になっていた。


「……2人とも同じ呪いにかかっていたので、同じ薬を調合して飲んでもらいました。しばらくこれを食後飲んでもらって休む時に休めば、完治します。」


 ポットを傾けて月華ちゃんは僕にもティーカップを渡してくれた。同じ綺麗な緑色のお茶が湯気を立てて揺れている。


「効果を高めるために今乾燥させているので、お渡しするのに少し時間がかかります。使い魔の不調は召喚士に影響がないと言いますけれど……心愛さんも予防として飲んでおいてください。」


「あ、うん、ありがとう。」


 差し出されたそれを受け取って、僕も一口……苦味も何もない、ほんのり甘くてちょっとスッキリした味わいが浸透していき、心なしか肩にきた重みが抜けた気がした。


「本来なら使い魔が体調不良になると召喚士も影響出る。予防だけで済む辺りやっぱりキモいな悪魔は……。」


「さっきから何なんだよテメーは、俺らにやけに突っかかるじゃねぇか!?」

「うるせぇな、こちとらテメェらと違って暇じゃねぇんだよ。終わったんならとっとと帰れ喧しい。」


「帰る前にテメェに一発入れてからなぁ!!」


「っタケルさん待っ……!!!」


 調子が戻ってきたタケルさんが怒りのまま掴みかかり、知影さんに拳を振り上げようとする。その手に炎が灯るのがわかると、名留ちゃんと僕が立ち上がってタケルさんを止めようとした。


「だめ。」


 1人の声が、鈴のように反響して家中に響く。瞬間、タケルさんの拳の炎はかき消えていた。


 厳重に制限をかけているとは言え、たった一言で『悪魔の魔力』をかき消すなんて芸当、できるのはこの場でただ1人。名留ちゃんは出来ない。何なら今まさに電気ショック受けた羊みたいな顔をして固まっている。何とも言えない、沈黙を破って月華ちゃんが呆然と立ったままの僕らにペコリと頭を下げた。


「……ちぃさんがごめんなさい、タケルさん、でも今、ここで力を使うのはやめて欲しい。ちぃさんも機嫌直して。」


「……別に機嫌悪くねぇよ。ただ気が立ってただけだ。」


 頭を上げてすぐ、月華ちゃんは知影さんを見上げる。罰が悪い顔を作って彼女から逸らした。


「あ。あのう……月華、さん?」


「何?」


 月華ちゃんは何の感情も浮かべずに茶器を片付けていく。僕らが来訪してからずっと彼女から感情の波が出てきた試しがないが、恐れ知らずらしい名留ちゃんが月華ちゃんに豪速球をぶつけた。


「おじさんの攻撃かき消すとか凄すぎないですか月華さんって実はアルカナ持ち!?あとmeとぜひお友達になってください!!!!」


「おま……お前ちょっと黙ってろ!!」


「名留ちゃんもうちょっと言葉考えて!!」


「アルカナはない。後友達にもならない。」


 慌てふためく僕らを他所に月華ちゃんはバッサリ無感情で切り捨てた。僕らと目を合わせることなく、淡々とした調子で続ける。


「少し席を外します。薬ができる頃には戻るので安静にしていてください。」


 月華ちゃんは足音も立てずに扉から外へと消えてしまった。


「めえぇぇ……美人さんの無表情怖い……。」


「自業自得だバーカ。」


 タケルさんがベッと舌を出して名留ちゃんを煽り散らすが反応はない。


「なんだ、そこの新米ちゃんは知らねぇのか月華のこと……フォローになるかはわからんが、あいつ怒っているわけじゃねぇんだ。」


 机に突っ伏して涙の滝を作る名留ちゃんを見下ろしてタケルさんが呆れていると、知影さんが頭を掻きながら苦笑した。


「ほんと……?」


「何があったのかわからねぇんだが、月華は他の人間と仲良くなるのを避けて生きているみたいなんだ。」


「へ。何で?美人すぎて妬まれたとか?」


 そんなわけないだろう、と突っ込みたかったが知影さんが首を振った。 


「聞いたら街にもあんまり行ってねぇらしい。ただ、この森がどんなもんかってのは、心愛ちゃんから聞いただろ?月華は俺達が使う魔力と他の世界からこの森へ流れてくる魔力を人が使えるよう調律する力があるようだ。それで色々あったんじゃねぇかってのが俺の推測だ。」


「……待って?心愛ちゃんが言っていた、月華さんが何もしなくてもこの森いて大丈夫な理由ってその調律の力があるからってこと!?」


「ああ、なんだ今気づいたのかよ、この森に意志があって月華が森の主人として認められている。だから住もうが森にある魔力を使おうが問題ねぇんだ。それが気に入らねぇ悪魔や天使に狙われている。最近だって5体くらい悪魔がこっち来てあいつの命狙ってきたの追っ払ったばっかなんだよ、天使も話通じねぇのに誰だ悪魔取り逃したやつ……。」


「へ、へえええ……。」


 名留ちゃんから理解範囲が超えた声が上がった。と思ったらこっちに視線がいく。目には『心愛ちゃんその悪魔逃したのmeですって言った方がいい?ってか言ったらやばいよね?』と書かれているような気がしたので、僕は人差し指を唇にそっと持っていった。


「ああそうだ心愛ちゃん、あの程度のクソ悪魔逃した馬鹿はどこのどいつか知ってる?そいつちょっと鍛え直してぇんだが。」


「申し訳ないんですけど知らないです。」


 怒気の孕んだ『鍛え直す』に名留ちゃんの命の灯火が消えると直感して、すかさず知らないふりをした。名留ちゃんもヘタクソな口笛で『何も知らない』雰囲気を出そうと頑張っている。誤魔化せたかな。


「……まあ、知らねぇならいいけどな。わかったら教えてくれや。」


「お、おう。ってかちーちゃん鍛え直すってどゆこと?」


 名留ちゃんが取り繕うようにとりあえず話題は違うものにしようとした、で、自分を指差しながら、知影さんが名留ちゃんへ情報を追加した。


「俺は元々この世界出身の人間で、アルカナ持ってたのは俺の方。心愛ちゃんの先輩的立場で、何なら戦闘訓練的なもんも請け負っていた……まあ上官?って言やあいいのか?だからゲッテンやリクロー辺りがヘマやらかしてたら速攻メニュー組んで叩き直すことができるんだよ。」


「あ、ふーん……ほあ?へ?え?ええええ!?」


 名留ちゃん本当知らない事象の時、思っている以上にいいリアクションをしてくれる。本当って顔に書いて僕とタケルさんを見るから、揃って頷いておいた。


「後、此処は元々俺が住んでた場所な。死ぬ直前まで此処で俺が【調律の森】についてあれこれ調べていた……んだけどなぁ……死ぬ前の記憶ってのがちょっとばかし曖昧でな。心愛ちゃんやクソ悪魔、リクローやゲッテン、龍軌のことも覚えてはいるんだが、月華のことだけはどーも思い出せねぇっていうか、わからねぇっていうか……不自然なくらい記憶にないんだわ。何でここに月華がいるのかがわからなから思い出すために一緒にいるってわけよ。」


「えーとそれはちーちゃんが、つきかさんに、あったことないからでは?」


「それも考えたんだがどうも違うなって思ってんだわ。何となくだが俺と月華は会ったことあるし、短くねぇ付き合いもあったってどこかで確信を持っている部分がある、つかちーちゃんって、何だ随分距離縮めてきたなお前。」


「あ、ごめんmeれーぎ正しくするの苦手なの。来訪者さんに猫被るのできるけどやりたくない。それと後記憶ないのにその確信って何……。」


 名留ちゃんと知影さん両者が僕に『大丈夫?この人(こいつ)。』という目を向けてきたが、僕もタケルさんもこのことに関しては何も言えなかず苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ああ、堅苦しいの苦手な感じは俺もわかるわ、まあそんなわけで天使と悪魔と戦った経験ある天使ってことで、なんかあったときは一つよろしくな。」


「あ、はい、よろしくお願いしやすっていうか、天使と敵対してる人間を天使として転生させるとかってあるんだ……何考えてんの天使連中……。」


 天使の考えが理解できないと言わんばかりに名留ちゃんが頭を抱える。それには知影さんも同意だったらしい。


「頭に羽毛しか詰まってねぇんだろ。」


「あ、そこは俺も同意するわ。」


 知影さんが吐き捨てた言葉にタケルさんがその敵を貶すことには仲良く同意したところで。


「お待たせしました。」


 その腕に籠一杯の薬草を詰めた月華ちゃんが帰ってくる音がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る