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僕らの世界に魔法という概念があるのだから当然魔力という概念があってもおかしくないだろう。ただ説明は後でするけれど、実はこの世界において僕らは魔力を持って生まれてはこないのだ。
大層な言い方をするならこの世界のどこかしこに魔力は満ちていて、僕らが使える魔力を生み出す中心部みたいな場所が存在する。それが中央区奥地に位置する【調律の森】、僕らが今訪れているところと言うわけだ。
「前に話したと思うけど、僕らは魔力を持って生まれているわけじゃなくて『どういった魔法の使い方ができて、どれほどの魔力を体内に留められるか』っていう資質を持って生まれてくる。だから此処……無制限に魔力を作り続ける森にいると、魔法を使わなきゃどんどん魔力が溜まって気持ち悪くなるんだよ。そう言うわけでどんなに強い魔力を持った異世界からの移民だろうが最深部……つまり魔力が生まれる場所には魔力がない人間は絶対に入れないし、先住民の僕らでさえ入れるところが限られる話は……今の説明でわかったかな?名留ちゃん。」
「ごのぎぼぢばぶざの理由がわがったボぇえええええええええ!!!」
名留ちゃん向けの説明を挟んでさて現在、僕らは現在森の入り口に立っていた。待ちぼうけとも言うのかな?絶えず生まれる魔力の濃さに酔って到着早々にうずくまり、タライに顔を突っ込んでいる名留ちゃんが落ち着くまで僕とタケルさんは待つことにしていた。
「一昔前の僕も、ここに近づけなくて名留ちゃんみたくなっていたから気に病まないでいいよ。」
「初回の洗礼だがらなごれ。何回か行って慣れりゃ魔力放出を微調整し続けることで何とか堪えられる。」
「絶賛体調不良でも!?無理無理むっボロロロロロロロロロ。」
顔を上げては堪えきれずタライに顔を戻して嘔吐を繰り返すこと3分半。鼻水と涙まで垂れ流し状態で綺麗とは言えない名留ちゃんは、漸くタライを手離せて立ち上がれた。
「でも、でもmeはいくよ、心愛ちゃんの使い魔だもの……。」
「おい馬鹿、無理ずんな俺も人のこといえねーげどよ。お前が倒れだら心愛心配すんだろ。」
「やだよ、絶対行く……ぉええ……。」
珍しく心配するタケルさんに弱々しく返答して、でもふらふらとおぼつかない足元だが、しっかりと目は森を見据えていた。
「だってmeは分かる、あの先、この森の奥、meのビューティフルセンサーが反応してるんだもの!!!!」
「心愛、やっぱりこいつ家に置いて行こうぜ。」
「いやむしろ連れて行った方が元気になりそうな気がしたから連れて行くね。」
タケルさんの意見とは逆の気配を感じ取った僕は名留ちゃんを連れて行くことにした。置いていったほうが面倒になることが僕は目に見えていたし、美しいものに反応する名留ちゃんのセンサーは優秀すぎるのを知っている。放っておいて勝手に森の中で遭難されたら迷惑がかかる。思うとかじゃなくて確実にかかる。
「名留ちゃんの予想が当たっているかどうかはわからないけど、この森の奥に唯一森に住める子がいるんだ。女の子なんだけど。」
「女の子大好物です!!」
「食べない食べない。というか名留ちゃんまず勝てないと思う。」
「食べないよ物理的に……って、勝てない?meが?……ドユコト?」
「僕らが初回で悪酔いして、慣れたって思っている今でも場酔い軽減するために何とか放出して微調整しないと進めない森の中を、最初から『その必要なく住める』子ってことを考えようね。……ああ、着いたね。」
新緑と深緑と木漏れ日が混ざった、普通なら心地いいであろう森の中を大分歩いたような気がするが何だかんだであっという間だったような気もする。茂みの開けた先に、平家だが横に広い木造の一軒家が見える。タケルさんの力と僕の力を合わせて魔力酔い軽減の結界を張って歩き、辿り着いた目的地。
木をよく見れば葉が一枚一枚異なるそれが同じ枝に茂っている。そんな不思議な木が建物を守るようにいくつも生えていた。入るなという感じもあるけれど、家のドアは視認できるのでノックして用件を言えばちゃんと入れてくれる。
「急に来てごめんね、至急必要な薬があるんだ。それを分けて貰えたらすぐ帰るから、入っていいかな?月華ちゃん。」
家主に聞こえるよう精一杯声のボリュームを上げて呼びかける、と、秒後に軽い駆け足が聞こえて、ゆっくりと扉が開いて、彼女は僕達を迎えてくれた。
さらりと流れる腰まで伸びた濃い藍色の長い髪。流れる一房が太陽に当たると不思議なことにキラキラと銀色に光るのだが、それを見るたびにまるで夏の星空のようだと思う。ほのかに桃色に近い白い肌と容姿は名留ちゃんと同じくらいの少女らしい姿をしているのに、すっと通った目鼻が大人びた印象を与える。いや、どちらかと言えば冷静な印象というのか?丸くぱっちりとした瞳は鮮やかな紅色で、聡明な色を宿していた。名留ちゃんには到底持ってない神秘的な雰囲気を彼女は相変わらず纏っている、綺麗と言える子が迎えてくれた。
扉をノックした僕を見て、そしてそのすぐ後ろで可愛い系統の顔が鼻水などで悲惨な状態になっているだろう名留ちゃんと、飛沫を飛ばさないように顔周りにまだ結界を張っているタケルさんを一瞥すると彼女は言ってくれた。
「……入ってください、すぐに用意しますので。」
「美人さん来たあああああああああああああああああああああぎゃああああああ!!??」
扉が人1人分開いた瞬間、美人を見たらすかさずスキンシップの欲望のまま鼻水とくしゃみによる涙でボトボトの顔のまま、彼女に飛びかかろうとした名留ちゃん。それは無謀だ、と止めようと声をかける前にヤバい魔力の塊が弾丸の如く僕の横を通り過ぎた。
森を覆うように茂る木の影から、彼女目掛けてキラキラと光る小さい何かが飛来。月華ちゃんの間合いに入るより先に名留ちゃんの額に『カツーンっ!!』と硬そうな音を立ててそれがヒットしたのだ。
お互いかなりのスピードで衝突したせいか名留ちゃんは盛大に後ろへのけぞり、飛んできた光は反動で緩く弧を描き……投げた当人へ戻っていったようだ。
「いたあぁグェッホゲェっほぼロロロロロロろ!!!」
「ばっかお前!!こいつの前でいつも通り叫ぶな飛びかかるな説明してねぇけどちょっとは警戒して止っとけ馬鹿!!しかも嘔吐してるし馬鹿じゃねーか!?」
名留ちゃんがゴロゴロと咳と吐瀉物を撒き散らしながら転げ、吐瀉物近くにいたタケルさんは飛んでくるそれを避けながらツッコミを入れていく。収集のつかない騒ぎの中、扉から顔半分を出している月華ちゃんを隠すように一つの影が降りたつ。
ざ、と芝生を踏んでこちらに近づいた彼は、呆れた表情を浮かべて言葉をかけてきた。
「よー、久しぶりだな心愛ちゃん。月華に向ける気配が妙にクソ腹たっちまったから思わずコレ投げちまったけど、当たったのクソ悪魔じゃなくて新顔だな、悪ぃ。」
「あはは、お久しぶりです……知影さん。」
知影さん、と呼んだ影はお察しの通り僕らの知り合いだ。ちょっとくすみがかった茶色い髪をツーブロックでまとめていて、三日月くらいの細さの眼の造りも相まって大凡いいとは言えない人相の男性が、少し眉を下げて申し訳なさそうに詫びてきた。常に人を睨みつけていると言っても違和感がない細い眼は陽に当たって金色に光っていた。
青みがかった銀色の軽鎧から伸びている筋肉のついた腕の先、太く節の目立つ指は名留ちゃんの額を襲撃した丸く加工された真っ白い石を挟んでいる。もうこれで確定したようなものだが、あれは彼が作ったものだ。元より浄化作用のあった宝石を魔力を注ぎ加工、威力を最大限に引き出したり関連した作用を付け加える、この人はそう言うことが得意なのだ。
「ロクでもねぇ依頼とかだったら俺が蹴るつもりだったが……どうもそうじゃねぇみたいだな。」
僕に近づく彼は、並ぶと身長はそんなに高くない(大体僕と同じくらいだ)けれど、彼の体格は戦える者そのもの。ここまで一応彼を普通の人のように描写しているがそうじゃない。彼の広く逞しい背中に生えている純白の羽は、彼を人外である証拠たらしめている。
もうお分かりだろう、彼は人外だし僕達が本来敵としている天使なのだ。しかしここでこうして僕と話しているということは、彼は他の天使とは異なっている。僕らの敵ではないということを示していた。当たり前だ。彼が敵じゃないことも、元々はこうじゃなかったことも、僕は知っている。
一瞬痛んだ心を無視して、僕は笑顔を作って知影さんに一礼した。
「お久しぶりです、うちの名留ちゃんが早々に騒がせてしまって申し訳ありません……。」
「あー、いい、いい、謝んな。お前ら来てうるさくなかった試しがねぇから半ば諦めてるよ。で、そっちの新顔は……割と元気だったが病人、か。てかクソ悪魔も風邪ひいてんじゃねぇか何やらかしてんだよ。」
「ウルせークソ天使好き好んで風邪ひいているわけじゃねぇんだよこっちは。」
「いや待て近寄んなテメェの風邪と邪念が移る。月華に。お前外にいろ。」
「あんだと病人様にその扱いすんの訴えるぞテメェ!!邪念はどもがぐ症状移してやろうかてめーこらぁ!!」
知影さんとタケルさんは顔合わせて早速中指を立てて罵倒し合っている。2人の仲が悪いのはいつものこと。
かたや天使かたや悪魔だから仲悪くて当然なんだけど、タケルさんは病人なんだから少しはしおらしくててもいいんじゃないかなって思った。今のタケルさん、罵倒するたびすごく咳き込んで咽せてくしゃみも併発しているから辛そうで見ていられない。
呆れ半分止めないとと声をかけようとした僕の横を月華ちゃんが音もなく通り過ぎて、知影さんの側によると鎧をトンと軽く叩いて口を開いた。
「ちぃさん、心愛さん達入れてあげて。2人の症状ひどいくてこのままだともっと辛くなる……。」
表情なく月華ちゃんが真っ直ぐな瞳で知影さんを見つめれば、怒気が霧散した知影さんからため息が漏れ、身体を思いっきり脱力させて項垂れた。
「……はぁー、分かったよ。おら、入れ。」
「相変わらず月華には弱ぇーの゛な゛……。」
背を向けた知影さんを見たタケルさんの呟きは幸いにも彼には届いていなかったようだ。
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