声無の魔女と調律の森
1
「ゔぉええええええええええええっほゲホぼえええええええぎぼぢばぶい……。」
「うるせぇしきったねぇ声出すんじゃねぇよげっフォはぁっクショん!!!!!!」
中立世界と異世界の境を守る門の前。金タライの前から動けない少女と透明なベールを頭に円状にかけて飛沫を飛ばさないようにしつつ盛大にくしゃみをする青年。その彼らを見て苦笑がつい漏れてしまった。
この世界において呪いや怪我などよりも厄介なものがある。それがこの咳やくしゃみ、つまるところの病気だ。
回復魔法が効かないわけじゃないのだが、近年の研究で魔法に依存しすぎると本来備わっている免疫力が弱まりより病気にかかりやすくなるという結果が報告された。簡単に言えば病気に対して回復魔法を使えば使うほど人は病気に弱くなると言うことらしい。しかも回復魔法は使ってもリスクなしということはない。他者を傷つける魔法よりも修復や治癒で魔力を扱うことって、実は非常に繊細で集中力が必要なものだ。特に病気治癒をするために使う場合、一度その病気の元を術者が吸収するやり方をする場合だってある。当然その人もまた病気に感染する悪循環が生まれる。だから病気に魔法は使うこと推奨しないというのがこの世界の基本だ。怪我もあんまりしない方がいいよっていうことも添えておく。と言うわけで病気に限りこの世界の住民は薬を使って治すことになる。
「あ、召喚魔も使える風邪薬、切らしてた。」
薬箱を開けてやっと現在の薬事情を思い出した。
上記の理由の通りもあっていつも家に薬箱を常備してある、ただ中は大抵が人間のみに使える薬すらなく、当然召喚魔(人外)であるタケルさんと名留ちゃんに効く薬は置いていなかった。
「そう言えばちょっと前にタケルさんが風邪ひいて、薬使っちゃったなぁ……。」
使い魔達はと様子を見れば、僕と距離をとりつつもしかし盛大にくしゃみと咳を繰り返し(ついでに名留は嘔吐中)ている。
「おい本当テメェ吐くんじゃねぇよこっちまで気持ち悪くなって来たじゃねーかうぐっげっぼ!!」
「う゛る゛ざい゛お゛じざん゛ぇえぇえぇぇぇげっホブぇクション!!!」
辛そうにしながらも僕へ移さないよう配慮し、しかし相変わらず喧嘩して罵り合う2人。
「ブクっしょい!!べっくしょ!!っおい俺の胸ぐら掴むな服引っ張るな吐くんじゃねぇええええ!!」
「meの頭に鼻水つけたお返しじゃああオェえぇぇぇぇ!!」
感染確定距離でくしゃみと嘔吐と罵り合いを行う名留ちゃんとタケルさんは一先ず放っておいて、境界に気配を澄ましてみる、来客の気配はない。
「……よし、今日はもう仕事を終わりにしよう。」
この様子だと今日は誰も来ないだろうと頭の中での予定の変更を決定するや否や僕は愛杖を呼び出すと、ある扉を作り上げた。
「あ゛?どうじだ?」
「どうしたも何もそんな状態でお客さんは迎えられない、異界の病をうつしたら大変だし、2人のための薬を頼みに行ってくる。」
「え゛!?薬!?me粉薬だけは絶対に嫌!!!嫌だ!!!!」
タケルさんが怪訝そうな表情になった横で、薬と聞いてあからさまに顔を嫌悪に歪め拒否の姿勢をとる名留ちゃん。
「嫌も何もこの世界じゃ病気は薬で治すっていうのが暗黙の了解だからね。召喚魔も従わないとだよ。」
「っづっでも、俺らに効く薬……お゛い゛ぢょっどま゛で。薬っで、【調律の森】いぐんが?」
「そうだよ。君らが全快になる薬はあの子が作ったものだけ。嫌ならついて来ない方が……というか、今のタケルさんと名留ちゃんは特に来ないほうがいいですね。先帰っててください。」
「いや行く、心愛の使い魔だぞ俺バァッぐぜ!!!!」
ガラガラの声を何とか咳払いで戻しながら真剣に言うも、盛大なくしゃみが彼を襲って台無しにした。風邪症状の猛攻に再び襲われ会話が不可能になったタケルさんに代わり、名留ちゃんは馴染みない名前の場所を繰り返した。
「調律の森?って、何?」
「……あー……そっか、名留ちゃんは一度も行ったことないし、案内で連れて行くこともないから省いちゃってたね。本当はこっちの世界を守る上で知っておくべき場所として案内するべきなんだけどねぇ……今の名留ちゃんじゃかなり中に入るどころか入り口前でしんどいだけだから、今日はお留守番しててほしいな。」
「ええー……でもmeだけお留守番ってやだよぉ……ねぇ心愛ちゃんmeも連れてってよー、エチケットタライ持って行くからさぁ……。」
名留ちゃんは涙目になると掌を上に翳し、ポンポンとどこからともなくタライを空から降らした。
「はは……名留ちゃんならそう言うと思ったから連れて行くけどさ、無理だったら速攻帰っていいからね?タケルさんも、あんまり無茶しちゃいけないよ?これは命令だからね。」
「へーへーわぁーってるよくしょい!!!!」
「はーい……。」
「それか喧嘩も控えるように、いいね?」
念を押すような命令に2人の首が縦に振ったのを見ると、僕は緑色の蔦に覆われた扉を杖でノックしたのだった。
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