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「ところでさタッちゃん。meが相手してた一部の悪魔があっちの森に行っちゃったんだけど、心愛ちゃん達も大丈夫って言ってて……本当に追わなくていいの?」


「森って……ああ、あそこか。うん、大丈夫だよ。あっちの森は少々特殊でね、何も準備なしに行ったらむしろ俺達が危なくなるから追わなくて平気。むしろ正解。」


「あ、マジで……。」


 攻防戦は無事完封を収めた。

 中央区に戻った僕らは、報告も兼ね復興作業を手伝うことにした。名留ちゃんは一部取り逃したことをまだ気にしていていたようで、復興作業計画を立てているタッちゃんへ正直に報告していた。


「事情を説明したいところだけど、そのうちコーちゃんが説明してくれると思うよ。今はこっちの復興作業に専念してほしいな。」


「あ、うん。わかった……けど……。」


 名留ちゃんは壊れた噴水を見上げる。今回、壊されたのは噴水だけだった。それはよかったのだが正直よくはない。全壊した噴水を目にしたタッちゃんの表情は無だった。


「俺が三日三晩徹夜で考えた噴水……俺が直接痛めつけたほうがよかったかな?確か森に逃げたって言ってたね……今からでも間に合うかな。」


 訂正、目には仄かに怒りが宿っていた。その怒りのオーラを察してか僕より先に1人の影が羽交締めで止めた。


「やめてタッちゃん!!トップが自分から前線に立つのは相当な時って相場が決まってんだからやめて!?」


「あ、ヒゲちゃんやっほお疲れ。」


「おう名留ちゃんお疲れ、あとリクローね!?それじゃ髭って名前になっちゃうからやめて!?」


 それは瓦礫撤去をしている1人が僕と同じ【アルカナ】、リクローだった。結構長く伸ばした髭が特徴的だがこれにはあまり深くない訳がある。髭がないと結構幼い顔立ちでお酒が買えないということが何回もあったため伸ばしているのだ。

 しょうもない理由だなと思うけど本人は結構気にしている。ちなみに防御や回復魔法といったことが得意だ。前線に立ちそうな顔をしているけれど。


「とはいってもヒゲちゃんヒゲなかったら可愛くてmeのドストライクな気がする、多分、多分……。」


「その可愛いのせいで苦労したんだから求めないでちょうだいよ……それより周りの掃き掃除お願いしていい?」


「はいよー。」


 名留ちゃんが任されたのを見送り、僕も荒れた部分の掃除に参加した。タケルさんは瓦礫を集める方へ参加して、作業は早めに終わる兆しが見えた。

 が、この後が問題である。壊された噴水はかつてタッちゃんがデザインしたものだった。肝心の問題点は、タッちゃんは壊滅的に絵が下手なことだ。


「渾身の作品だった噴水を壊されたのは腹が立つけど……いや、俺自身あのデザインは納得してなかったから、これはデザインを練り直すチャンスでは……?」


「いやいやいや!!とりあえずそこはもっと腕のいいデザイン描く人に任せようなタッちゃん!?」


「タッちゃんの意向を汲んでくれる腕のいい人いるからね、その人に頼もう?ね?今日はさっさと終わらせて飯食いに行こうよ。」


 下手さ加減については、広場で意気揚々と画材を並べるタッちゃんをとめるリクローとゲッちゃんの顔面蒼白と慌てっぷりから察してもらいたい。

 壊される前に作られた噴水がどんなものだったのかっていうと……なんかこう、言葉に形容し難いもので、噴水を見たタケルさんは『この世のあらゆる絶望を詰め込んだ人間拉致って石像化させたのか?』と非人道的なことを言っていた。ちなみにタッちゃんは『人を守るかっこいい騎士』をデザインしたと言っていた。乖離が激しい。


「ううん……確かに、噴水のデザインはそうすぐに出る物じゃないし、とりあえず今日は皆でご飯食べよっか。久しぶりだしね。」


「やったー!!タッちゃんとご飯だー!!」


「そうだね、またご飯食べよって言って大分経っちゃってたからちょうどよかった。」


「あ、その前に転移魔法敷いとこうね。」


 大喜びの名留ちゃんに空気が穏やかになったところで、僕とタッちゃんはまた新しく転移魔法を敷き、瓦礫も無くなったところで仕事終了となった。ちなみに瓦礫は再利用するためにタケルさんと名留ちゃんに全て粉々にしてもらった。


「そういえばさ、今回ヒゲちゃんって何してたの?」


「あれ、コーちゃんから俺のこと聞いてないの?」


 早めに切り上げたところで皆とよくくる中央区の食事処にて、それぞれ注文したメニューが届いて間も無くのこと、チーズ増しカルボナーラを頬張っていた名留ちゃんがはたと気づいたように斜め前を座ってジョッキを煽っていたリクローへ問うた。リクローの逆質問に対しては頷いて答えていた。


「俺は怪我人がいないかの確認と建物の修復してた。今回は噴水だけだったからよかったけど、基本的に俺もタッちゃんも能力的に修復とか怪我人の治療向きだから前線はあんま出れんのよ。」


「ええー……でっかい武器持って狂った笑い声上げながら殺戮してそうな見た目なのに……。」


「俺血を見るの本当ダメなの、後髭生やしているだけでそんなこと言われなきゃならんの俺。」


「ん、でもリクローの特性って場合によっては前線でてもらう場合もあるよ。」


 肉の塊を頬張っていたゲッちゃんが口を挟む。


「リクローは連中から受けた魔法だのを【転換】する特性持ってんの。ちなみに受けた痛み分より固い防壁に変えるって感じの使い方。これ結構大事な力よ。」


「……それは……えっと、ほんとに使える能力なの?」


「あのね俺の特性って昔はめっっちゃ使えたんだよ昔はね!?ただ今の【アルカナ】っていうかゲッテンもコーちゃんも強すぎて基本的にノーダメージ防衛成功が多すぎて最近出番がねーんだ!!大体コーちゃんの能力は後衛向きのはずなのにガンガン前線出て無傷で帰ってんだよおかしいだろ!?」


「この俺様がいて心愛にんなもん負わせるわけねーだろ。役に立ちてーならもっと使い方バリエーション増やせ。戦える方向とかによ。」


「わかってる……わかってるって……でも俺血を見るの結構ダメなんだよ……。」


 タケルさんの鋭い指摘にリクローは撃沈した。テーブルに突っ伏す姿に哀愁が漂っているが酔っていない、リクローはアルコールに弱いからデカいジョッキの中身はただのお茶である。ちなみにタケルさんも同じようにデカいジョッキを持っている。中身はしっかりお酒だ。ほとんど空になっているが酔ってはいないので、辛辣なのは元からということになる。

 『アルカナになれるほど使えるの?』疑惑の視線を未だにむけている名留ちゃんへ、タッちゃんが声をかけて諭した。


「名留ちゃん、ゲッちゃんやリクローの力は【アルカナ】にとって長いこと重要な戦力として数えられているくらい、歴史もあって信頼のおける力なんだよ。」


「ほええ……そうなんだ?」


「そもそもこの世界で天使や悪魔と戦えるほど強い力を持つ人間が生まれることは稀だった。リクローやゲッちゃんの持つ特性も、コーちゃんの特性よりも少し多く生まれる程度で多いなんて言えない。それでも力があったこそ、自分で生きる道を守ろうとする人達を守れてきた。」


 タッちゃんの目が伏せられ、その表情に穏やかな感謝の色が宿った。


「【アルカナ】に選ばれた人間は等しく人として生きる人間の選択肢を守れる戦士。優劣なんて付けられないんだよ。」


「あそっか、基本的に人って悪魔やら天使やらの対抗手段持ってないって心愛ちゃん言ってたもんね……ごめんヒゲちゃん馬鹿にして。」


「わかってくれんならそれでいいよ……ただ俺ほんと血がダメだから大出血祭りと肉飛び散る惨劇のところには連れて行かないでね、死体残らないくらい消し炭にしてね。」


「そういうところが戦えるのかどうかの疑惑になるんだよヒゲちゃん……。」


 名留ちゃんにそれを頼むのは酷だと思うけどなぁ、と思っているとタッちゃんがまだ話を続けた。


「あははは、頼りないってそれにリクローがいないと出来ないこともあるんだ。」


「え、ヒゲちゃんがいないと出来ないこと?そんなことあるの?」


「あれ、俺のこと今馬鹿にしてね?え?待ってさっきの謝罪は何だったの?」


 リクローの前線に立てない理由が6割くらい悪いんだけど、名留ちゃんのリクローを下に見る癖はどうにかならないのかなぁとは確かに思う、でも名留ちゃんが珍しく話をきちんと聞いているから、僕はあえて口を挟まず邪魔しないで黙って見守ることにした。


「そうだね……リクローの特性【転換】が役立つ事案が時期的にそろそろ来ると思うから……その時は名留ちゃんに協力頼もうかな。」


 口一杯に放り込むためにフォークに巻き付けていただろうカルボナーラが落ちることも気にしないで名留ちゃんは首を傾げた。


「コーちゃんならわかるよね。」


「ああ……うん、そうだね、名留ちゃんは後で【アルカナ】の仕事をおさらいしようね。」


「突然の勉強!?」


 ちょっと含みが見えたタッちゃんの言葉の意味を、当然名留ちゃんは理解しておらず頭にはてなマークを浮かべたままだった。

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