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【キファ・ボレアリス】流刑地へ繋いで。」


 杖先で空を叩き目的地の流刑地へ入ると、もう怒号だの断末魔が響いている。下から飛んでいる何かによって何体かは噴き上がるマグマへと墜落している模様。


「行くぞ。」


 タケルさんが有無を言わさず僕を抱えて飛んでいってくれたお陰で、早く現場の状況を把握することができた。


「おらあああ降りてこいやああああああ!!!!あーーくっそ撃ち落とせねーー!!」


「そりゃそんな適当にぶん投げてたら当たらないよゲッちゃん。」


「んあ、名留ちゃん!?……ってことは、コーちゃんきたの。あ、来てるね、相変わらず早いねぇ。」


 1人で応戦していた彼に声をかけると、チャクラムを飛ばしつつ器用に驚き首だけ振り返った。チョコレート色の肌と彫りの深い顔、ちょっと太いけどキリッとした眉とぱっちりと綺麗な二重、女の子からキャーキャー言われそうな身長とルックスとちょっと鼻にかかった癖のある声を持つ彼は、アルカナ名【力】を冠する同僚の1人、ゲッテンだ。

 王として統括しているタッちゃんと、もう1人リクローが僕の同期にあたるが今はいない。力の性質上噴水広場で損害確認をしているのだろう、というかイラついているはずなのにこっちにかける声は呑気な感じなのは声質のせいなのかな、悪魔を狩る手は緩んでいない。


「一応20はマグマに落とし込んだけどさあ、こっちに来てんのめーちゃめちゃ多いわ。130くらいは残ってるんじゃない?」


「130か……それくらいなら大丈夫、むしろよく1人で20も落とせたね……今回の侵攻が噴水広場からってことは転移魔法へ魔力を大量に流し込んで座標狂いを起こしたのかな。現場見てないからなんとも言えないけど……。」


「こんな大量にかつ突発的に起こせるとしたらそれしかないでしょ。噴水広場の設計デザインはタッちゃんやってたから、ぶっ壊されたってめちゃくちゃキレてね、あちらさんが魔法ぶっ放すだの攻撃態勢整える前に広範囲転移魔法を展開させてこっちに全部飛ばしてさあー、あの顔は思い出しても……いややめようこの話。」


 タッちゃんの怒り具合を思い出したらしいゲッちゃんがブルリと震えたが、言葉を続ける。


「住民さん中で悪魔襲撃予想反応出てなかったし、多分計画的侵入だろうねぇ。」


「そうだね、僕が覚えている限りでも印あった人いなかったし……タケルさん、名留ちゃん。」


 答えを返して僕は使い魔2人へ振り返ると、既に得物を持って臨戦態勢が整っていた。


「いつでもいけるよ!」


「任せとけ。」


 やる気は十分、ならば戸惑う必要なんてない。


「アルカナ【審判】の名において、アルカナ【悪魔】の戦闘能力解放を許可する。」


 僕の宣言に応えるように、2人の身体から禍々しい炎が噴き上がった。


「此処を侵攻しようとしたこと、後悔させてあげて。」


 僕らも人間だからどうしたって完璧に侵入を防げることはできない。だからと言って対策をしていないとは言っていないのだ。


 この、僕らの間で流刑地と呼ばれる場所は銀朱様の治める錫朱の区の火山側で尤も火山活動が盛んな場所だ。四六時中マグマが噴き上がり毎分噴火もしちゃうような場所だ。天使も悪魔も平等に溶かすし噴火に巻き込んで燃やす自然界の容赦のなさも合わさって流刑地に選ばれた。活火山にも程がある此処は滅多に人も近寄らないし、戦っても岩だらけだから建物破壊にもならない、更に中立世界の人達へ被害がいかないという僕ら側にとってはいいことづくめの戦争場所だ。よって彼らが侵入したら自動的に此処へ飛ぶよう、僕とタッちゃんが中立世界で可能な範囲で魔法を仕込んだ。

 そんな大規模な侵攻の他、中立世界に逃げ込んだ人々を狙って追ってくる悪魔や天使が彼らに目印(刻印)をつけて、その印を辿って襲撃をかけて魂を奪おうとするなんて事件も勃発する。刻印からいつ襲撃をしにくるか割り出すのは僕ら得意だし、中立世界の可能な範囲に転移可能だと言うことは、当然移民さんが住むときに建てた家にだって流刑地流しの魔法は仕込んでいる。侵攻日を割り出して流刑地に流し、此方はアップして待ち構えて速攻叩き出す準備はできているってことだ。

 そういうやりたい放題できる流刑地が戦場ということで、力の制限を解放したうちの使い魔は容赦なく力を奮っていた。タケルさんが自分の武器を構えて引き金を引くこと何連続も、そして前線では名留ちゃんが大鎌を振り回して飛んでる悪魔の羽を重点的に切り取ってマグマに落としてまあ容赦がない。壊すものなんてないしいいから放っておくことにした。


「前から気になってたんけど、何でタケルさん達が切り裂くと、悪魔とか天使の羽って生えないの?」


「あの2人、羽落としてすぐ傷口も焼くように武器使ってるところもあるからねぇ、再生してるところ見たことないや。」


「あ、そっかぁ、傷口燃やすって手があったか。」


 指でクルクルと回していたゲッちゃんのチャクラムに、明るいオレンジの光が灯る。


「刈り取れ、【アル・ダナブ】!!」


 回転速度が上がっていくと同時に滑降して迫る数体の悪魔の腕が迫って来る。

 鉤爪が伸びて此方を切り裂こうと触れそうな距離まで縮まった、そのタイミングでゲッちゃんは回転していたチャクラムを跳ばした。

 ゲッちゃんの武器であるチャクラムは一見すればただの輪っか、お洒落な金色のブレスレットが二つあると表現できる。が、持ち主のゲッちゃんが込める魔力の質が強ければ強いほど回転速度が上がり、鋭利な刃へ魔力が変化するという特性を持つ。そして防衛戦は基本的に手抜きなしの本気状態で挑むのが恒例、ということはだ。

 炎を付与して飛ばしたチャクラムはあちらが思った以上に悪魔の身体を次々と真っ二つに割っていき、そして傷口を焼いていく。だがそれだけじゃない、元々紫色で良くない色だったそれが、徐々にまた緑……というか、腐った色になっていった。


「ゲッちゃんやったねぇ……。」


「そういう戦い方あるって言ったのコーちゃんじゃん。だから傷口焼いたついでに、あいつらにとっての毒を傷口から侵食させれば労力減るかなぁって。」


 ゲッちゃんは【侵食】という形で魔力を攻撃の形に転じることが得意だ。わかりやすく例えるなら、魔法で呪いや毒を作り出した攻撃を体内に必ず残すことができる。しかも自己修復が追いつかないよう侵食させるスピードを早めたり、逆に遅めたりなんてこともできる。遅める理由があるの?なんて思うかもしれないが、そういう場面はあるにはあるとだけ言っておこう。


「うーん、タケルさんとか名留ちゃんの魔力の質は再現無理だから魔力の浄化の質上げてみたけどさ、清さの精度が低いせいか回りが遅い気がするんだよなぁ。これどうしたら改良できると思う?」


「ゲっちゃん閃きは天才的だけど、集中力低いからね。」


「げぇ……地道に努力しろってか。」


 今悪魔の身体がボロボロになってマグマに落ちていっているのは、ゲッちゃんが即座に作り出した浄化の質を持つ炎が効果を発揮している証拠だろう。チャクラムは未だ炎をまとって次々と悪魔を切り裂いていき、油断して火達磨となった悪魔達の断末魔の声が上がる。結構地獄な光景だと感動している場合じゃない。僕もやるべきことをやらないといけないね。


「【キファ・ボレアリス】。」 


 杖で空を叩くと、僕の顔くらいの大きさの穴が空いた。


「『検索。……浄化、禊……異界……太陽。』」


 穴から光の線が流れ、言葉となって連なると一つの陣を模った。


「【敵】【騙された】【救えなかった】……。」


 魔力を練っている最中に誰かの言葉が紛れ込む。世界を渡ったわけじゃないのに魔力に紛れて聞こえてくるということは、これは魔力に近いもの。悪魔達を大量に送り込むほどの魔力を生み出すためには、悪魔達の好む魂を食らう。つまり、今聞こえるこの声はどこかの世界で悪魔に利用された人達の魂で、転移魔法でしようした魔力に残った欠片が声になったものだと、こういう攻防戦を何回もしていると嫌でも察してしまえた。その声を漏れなく拾って練り上げたものが穴を塞ぐように張り付いた。


「形成【アグニ】。」


 揺らめく炎の手が伸びる。穴の大きさをはるかに超えて青と紫、赤の炎が入り混じる男性型の巨体が這い出てきた。岩盤を掴み、顔ごと体全体を前へ向ければ黄色でくり抜かれた目はおおよそ90体の悪魔全てを収めたらしい。言語化できない咆哮を上げると空いていた腕を振り上げて一部を叩き潰した。長い腕だからマグマにも浸かっていたけど、アグニは炎の塊だから火傷だのは関係なかったようでドロリとそれを纏わせて腕を振り上げ、手で空中にいるもの達を掴み始めた。猛攻は続き悪魔が次々と焼かれマグマに落とされていった。


「コーちゃんあれさぁ……。」


「転移するときに使った魔力を再利用した。」


「やっぱり他世界の魂使ってきたのねあいつら。バカだねぇ、【偶像化】は天使や悪魔に関わって命を落とした『残留思念』も魔力判定して使えちゃうの知らないんだ?」


 アグニに蹂躙されている悪魔へ追い打ちをかけるように手元に戻ってきたチャクラムをまた飛ばして首を刎ねながらゲッちゃんが呆れていた。


「僕らそういう情報を知られる前に全部殺しているから知る由もないんじゃない。」


「え、攻防戦とかで殺し漏らししたことないの俺達。」


「タッちゃんから聞いてない?僕らの代の防衛戦、侵略側の生き残りないらしいよ。いい実績に気づけてよかったねゲッちゃん。」


「後でリクローに言ってみよ。あいつ『人間が残していい実績なの!?』って騒ぎそうだけど。」


 僕らが立っているところへ悪魔が飛来することなくなった頃に、名留ちゃんが飛んできた。


「ごっめん心愛ちゃん!!何匹かどっかいった!!」


「ああ……その様子だと飛んでいった感じじゃないね。」


「うん、何か光がバチーってなって魔法陣がブワーって出た!!」


「なるほど……。【キファ・ボレアリス】悪魔の追跡をお願い。」


 身振り手振りの接名で転移魔法を使われたと言うことがわかったため、形成したアグニの魔力を使い、追跡を開始する。今彼らが使っている転移魔法の魔力と、アグニの元の魔力は悪魔連中が代償として利用した人達の魂だ。線と線はすぐに繋がる。

 程なくして杖先にある水晶が写し込んだのはとある森。そこがどこかすぐにわかった僕は、魔力を解いて映像を消した。


「場所はわかった。何匹行った?」


「えっとー……5匹くらい?」


「ああうん、放っておいていいよ。」


「えっ放っておいていいの?」


 僕と同じく線を辿って水晶を覗いていたゲッちゃんも「ああなるほど。」と頷いて言った。


「うん、あそこの森なら100匹くらい取り逃しても大丈夫。」


「は!?ど……。」


 さらに問い返そうとした名留ちゃんのクエスチョンを遮るように、近くで爆発音が響いた。


「ふぁ!?何!?」


 唐突のことに目視しようと振り返った名留ちゃんの視線を追えば、燃え上がった赤の先に怒り顔のタケルさん。


「どいつもこいつも……下劣な人間下劣な人間……!!」


 橙の綺麗な瞳から炎の揺らめきが立ち上がった。


「うるっせぇえええええええええ!!!!」


 これはやばいと思ったが遅かった、タケルさんは持っていた銃を長い棒に変形させると戸惑いなくマグマに突っ込む。その怒りの度合いを表すようにマグマが迫り上がり橙色の綺麗な柱が出来上がった。僕の身体を地面へ押さえつけるような感覚と、身体中の力が抜けるような感覚の二つに襲われる。


「げっ、悪魔連中地雷踏んだなさては!?鳥頭にも程があるでしょ!?」


「うわっ、やば。」


 名留ちゃんとゲッちゃんは早々に遠くへ避難し始めて、僕もアグニを形成していた魔力を解いて後方へ下がる、ただいつでもタケルさんをどうにか抑えられるよう杖は出したままにしておいた。

 一つの太い柱となったマグマが渦を巻く。中心のタケルさんへアグニとして形を取っていた炎までもが引き寄せられ山の底が見える気さえしてくる。


「人間に使われる俺が哀れだとぉ……?人間に寄生しねーと生きていけない上に本体すらろくに探せねー雑魚どもが揃いも揃って思い上がるなよ。」


 騒つく悪魔達、逃げられないのはその圧力が強すぎるせいなのか。マグマと炎が混ざり合ったものがどんどん棒に吸い込まれていくと、真っ赤な剣へ姿を変えた。タケルさんと同じくらいの大きさの長さの刃にそれは成った。


「俺が誰に従おうがてめーらに関係ねーし、その俺様が選んだ心愛を他の人間と一緒くたにして侮辱する目ん玉入った身体も命もいらねーよなぁ?」


 熱されたそれは真っ赤で持つのは大火傷必須な気がするけど、タケルさんの手は全くの無傷。それどころか彼が持ったところがどんどん白く発光しているような気がする。そして。


「消えな。」


 たった3つの言葉の後、世界が無音になった。

 彼が振り下ろした棒から放出した赤と白の光が、全ての悪魔を跡形もなく消したからだ。


 タケルさんは炎を操ったり、物を燃やしたり灰にするほどの高熱を操ることが得意だ。だけどあんな……灰も残さず光で消し去るという方法は久しぶりに見た。厳密に言えば光じゃないんだろうけど、あれはどういう魔力の使い方で起こっているのかは未だに理解できない。でもその力を出したってことは相当怒っていたってことには間違いない。

 タケルさんは不愉快なものほど自分の視界に入れたがらないから。


「おわー、おじさんの本気ってすごいなほんと……。」


 初見の名留ちゃんなんて口がずっと開いているし、何なら膝がガクガク震えている。いつも遠慮なく


「いやあれは序の口。」


 ただでさえ結構ショックなところに、ゲッちゃんが軽率に絶望を落としていく。


「えっ、なにそれ嘘でしょゲッちゃん。」


「いやだって真名の制限解除してないじゃん。タケルさんってコーちゃんが付けた名前で、本名別でしょ。」


「……あそっか!?え!?じゃあ真名の制限取れたらどうなるの心愛ちゃ……ねぇちょっと笑って誤魔化してないで教えてよ心愛ちゃんねぇ!!ねぇ!!!!」


 名留ちゃんが僕の肩を揺さぶるが笑って誤魔化し続ける。色々あるのだ、タケルさんに関しては。という訳で笑顔で黙殺しておいた。

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