侵入防衛戦

1

 

 中立世界、もとい僕が門番しているところに行くには方法が二つあるが、実は両方とも面倒くさかったりする。

 一つは合わせ鏡方式。一番やりやすいと思われるこの方法は条件が厳しい。

 なんてったって鏡は鏡でも『天然の鏡と人工の鏡を合わせ鏡にする』ことが条件だからだ。ここで言う天然の鏡っていうのは水溜りだったり川とか海とかそういうもので、手鏡なんて持ち歩く人とか普段いるかはわからないし水が濁っていたら繋がらない。この方法で此処にきた人たちは奇跡の転移と言ってもいい、本当に。

 もう一つは転移魔法へ高濃度の魔力を注いで、座標をバグらせる方法。大分前に移民の人として来た人が此処にそれで来たという。原理とかそういう話は長くなるしちょっと本題と逸れるので割愛するけれど、転移魔法にどのくらい大量の魔力を込めればここに繋がるのかが不明瞭だから、人間の中でこの世界のことを知っていてかつ魔法を知っている人で行こうと思う人は多分いない。


 だけど、悪魔や天使に限ってはそうでもない。忘れがちだが此処は天使と悪魔から逃げて来た人たちが住む世界。しっかりした気持ちや考えを持つ人達の力や魂ほど彼らは欲するものだから、あの手この手で突破しようとする。

 こういう話をするということはもうお察しだろう、僕らが努力しても不法侵入って手段も取られる時があるということだ。


 ……本日は来訪者さん(変装含む)もない、至って平和な境界門前。1日に1回は迷い込んできたとかで来訪者さんが来るのにそれもないまま時間が過ぎる。


「んあーーーい暇あああああーーー。」


「くっそ気が抜ける声だな。ってか今日ほんっと何もねーな……もう帰っていいんじゃねーの。」


「どーうかーん。この時に忙しくならないってことはもうこの先も忙しくならないセオリー、me知ってるよー。」


 タケルさんも名留ちゃんも雲に寝そべってしまい、もうこれは何を言ってもしっかり立ち上がることすらしないなとすら思うほどだ。


「よーし心愛、もう今日は門閉めて帰っちまおーぜ。あでも、せっかく時間できたんだからデートしようぜデート、錫んとこの服屋新しいのできてめっちゃお前に似合いそうだから試着がてら見に行って何なら買うか?俺給料入ったし似合うやつ買ってやるよ。」


「えっマジでやった行きたーい!心愛ちゃんデートしよデートしよ!カフェ行こ!カルボナーラ食べよ!タケルおじさんはお留守番で。」


「おい何しれっと混ざってんだよてめーは来るな!!留守番してんのはてめーだろ!?」


「は?何?me心愛ちゃんとショッピングできるくらいのお金あるけど?てか銀ちゃんとこでツケ溜めるようなだらしないおじさんが、心愛ちゃんに貢げる資格あると思ってんの?その入った給料まず返済に回しなよおじさん。」


 冷めた目で痛いところを名留ちゃんに……多分一番痛いところ(お金)について突っつかれたって言うのも響いたのか、タケルさんは見るからに落ち込んで座り込んだ。しかし帰るわけにはいかない。


「あのね、暇でも何でも今日は終業までちゃんとお仕事こなすからね、ここの管理全てを僕は任されているんだから。デートもカフェも、お休みの時じゃないとやらないよ。」


 僕が釘を刺すと、立ち上がって帰る用意を進めていた2人はあからさまにしょんぼりしてまたふて寝した。もっとしっかりして欲しいのだが、基本的に自由気質の悪魔には酷な話だろうか?それとも僕が固いだけ?


「っていうかさー、こんだけ暇だとどっかから抜け道見つけた天使とか悪魔が侵入して防衛戦ー!なーんてあったりしてねー。あっはっはもしかしてだけど。」


「あーはっはっは、おいおい馬鹿言うなって、そんなどっかの作り話みたいなアクシデント起こるわけねーだろ。」


「あっはははは、だよねー。」


 まあ悪魔らしい物騒な冗談飛ばせるほどに、本当に平和な、珍しい日だ……と、その時までは思っていた。


『侵入報告、侵入報告、各アルカナは錫朱の区【流刑地】へ直ちに出向!』


 僕の杖が突然熱くなるくらい光りだし、そこからタッちゃんの声が響いてきた。すごい不吉な言葉付きで。


『中立区広場に大悪魔率いる悪魔150体が出現、住民への認知前に全悪魔【流刑地】への緊急転移は既に完了、なお現在アルカナ【力】が【流刑地】で交戦中、各アルカナは直ちに合流するように!!』


 とは言ってもアルカナの名を冠する力を持つのは、僕らとゲッテン、リクロ、そしてたっちゃんしかいない。必然的に【流刑地】に行くのは僕らだけだろう。


「心愛ちゃん……。」


「暇だとは言ったが此処まで暇じゃなくして欲しいとは言ってねーんだが?とりあえずクソ貧乳女頭差し出せ。」


「待って何故に!?」


「テメーの言ったことが現実に起きたからだろうがボケが!!!!」


「理不尽!!!!」


 いい音を立てて名留ちゃんへゲンコツが落とされた。ピンクの髪を振り乱しすごい痛がって翻訳不可能の悲鳴が響いている中、タッちゃんからのダメ押しが杖から響いた。


『アルカナ【世界】の名において、中立世界侵攻目的の悪魔全150体の殲滅を命ずる。本気も全力も出して、全部殺しちゃっていいよ。』


 この瞬間、タケルさんも悲鳴を止めた名留ちゃんも、真顔で僕を見てきた。いくら怒っていても直接的な表現はしないあのタッちゃんが、直球で言っちゃっているこの意味は。


「うん、相当お怒りだね。早く行こうか。」


 黙って従う他ないということだった。

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