4

「殲滅ご苦労様。怪我はない?」


「大丈夫だよ。ただ壊していいかどうか判断がつかない大聖堂があってね、そこで戦ったから結構中ぐちゃぐちゃになっちゃったけど。」


「多分、天使が来てから建てられたものじゃないかな、それはそちらの世界の方でどうにかしてもらおう。」


 時を戻して殲滅後。中央区に戻って報告を済ませると、タッちゃんはまた呆然としている来訪者さんに視線を移した。


「お待たせしました、これから探し人の元へご案内しますね。」


 碧摺の区。農作物と小さな林が広がる平地より少し遠くにある山。


 普通の人達でも周りくらいは行けるけど、頂上となると訪れる人はいない。何故ならその先は空気が薄くなって、人が到底居座れる場所じゃないからだ。魔法で空気調整できる僕ら【アルカナ】の同行で初めて登山可能な場所となる。

 結論から言えば最初の目的、もとい来訪者さんの探し人はそこにいた。これは事前にタッちゃんが探し人さんを移住させていたのだ。


「俺はちょっと先の未来のことがわかる力があって、貴方が此処に来ることって知ってたんですよ。」


「ああ、だから今日は緊張してなかったんだね。」


「うん。そうなんだけどそこは黙っててほしかったなコーちゃん……。」


 ちなみにタッちゃんの普段は怖がりと人見知りが合わさったドジっ子である。基本的に初対面の人に対して挨拶するときは要所要所で噛むし、悪魔や天使は怖いものとして捉えているから急襲があると半泣きパニックで僕とか他のアルカナを緊急収集する。

 さて、人が到底居座れない空気の薄い山に住む探し人……と聞いたら、それ人じゃないよね?と僕らは察し始めていた。


「……ああ。」


 僕の力で来訪者さんと山頂付近へ移動した先、来訪者さんが安堵の声を漏らした。


 視線の先、彼の記憶の中で見たその人が確かにいた。木の上に座り空を見上げるその人は風を感じているようで目を閉じていて口元に緩く笑みを浮かべていた。ただ彼の世界の時とはちょっと異なり、彼女の身体は遠くの木々が見えるくらいには透けていた。


「彼女は、死んでいるわけじゃないんだな……。」


「彼女は元々人ではないんです、貴方の世界に古くから存在していた精霊だったんですよ。」


 この場所を指定されたときに僕が行き着いた答えは当たっていた。

 彼女の正体は精霊。それも恐らく彼の世界で長く信仰されていた神の眷属だろう。そう思った理由として、この山が碧摺の区でも、青碧様の居住に近い場所であり、直轄の土地だからだ。青碧様の力の影響が強く、生半可な力の政令では耐えられず消えてしまう。彼女の一族はあの世界で人として擬態しても気づかれないほどの力があった。つまり普通の地より神の居住に近い此処にいた方が存在の安定がはかりやすいと考えられるわけだ。


「会いに行かないんですか?」


「いい、姿を見れただけで十分だ。」


「それ、自分からキレーなお姉さんを振っちゃったから、合わせる顔がないってこと?」


「……そうだな。自分から婚約破棄をして手放した癖に今更会いたいなんて虫が良すぎると思わないか?それに……。」


 結構痛いところをつく名留ちゃんを見ずに、彼は僕らから離れることなく、吹く風に身を委ねるように目を閉じる女性の遠い横顔を見つめる。


「ここは彼女にとって居心地の良い場所なんだろう?あんな穏やかな顔なんて、久しぶり……いや、初めて見たかもしれないな。俺達の側にいた頃には見れなかった顔だ。ならば此処で俺のことなど忘れ、穏やかに生きていて欲しい。」


 その目に浮かぶ少し寂しげな色を残したまま、彼は此方を振り返って一礼をした。


「ありがとう異世界の方々、これで私は悔いなく国の復興に力を注ぐことができる。」


 彼はもう彼女を見なかった、本当にそれでいいのかと言い淀んでいると。


「いいえ、来訪者さん、まだ俺達の仕事は終わっていないんです。」


 言葉を放ったのは、タッちゃんだった。


「というより、俺は貴方のことについて、別件で依頼をされていたんです。」


「え……。」 


「あの彼女から、もしあの魔法を彼が使ってこの世界へきたら、必ず自分のところへ連れてきてほしいって、ね。」


 タッちゃんがにっこりと来訪者さんから視線を外して、その肩越しに目線を移す。来訪者さんも、誘導されるように振り返った。


 いつの間にか若葉色の髪が彼の間近で揺れていた。いつから、と思ったのだが、人ならざる存在の彼女は、僕らが此処に来ていた時点で気づいていたのかもしれない。


「何度も迎えに行こうって思ったの。でも貴方は、私を呼ばなかったわ。」


 彼女は頬を膨らませる。その表情は幼い感じがした。


「……呼べるわけないだろう、俺は君に、ひどい言葉を投げた。」


「ええ、そうね、でもそれは私を守るため、あのままだったら私は本当に死んでいたものね。そのことについては怒っていないのよ。」


「え?」


 しっかりと目を合わせようとする女性と、罪悪感からか目を合わせないようにする男性。だからなのか女性の方の若葉色の目がちょっと釣り上がって、彼の頬を両手で包んで目を合わせるように向けた。女性は浮いていて、透けていた手どころか体は透けていなかった。すごい。


「此処に来て、私のこと置いて行こうとしたことに怒っているのよ。だからそのことはちゃんと償ってもらうわね。」


「そ、それは……。」


 彼の肩に伸ばされた彼女の腕が白い普通の人の腕になる。風のように浮いていた体は重力に従って地に降りて、来訪者さんへそのまま抱きついた。


「私と一緒に帰って、お嫁さんにもう一度してね。」


「いい、のか。俺は……俺の一族は今位を剥奪されてただの反逆者だ。あの頃とは違う、暮らすことに苦労するんだぞ。」


「私がいるもの、大丈夫。」


 背中しか見えない来訪者さんの声は震えていた。でも、その腕が彼女の背中に回され、彼女の抱擁を受け入れた姿を見て、僕から安堵のため息が漏れた。

 来訪者さんは探し人と帰っていった。その顔は穏やかで、此処にきた当初の思い詰めた死相は消えていた。


「ってか、あの精霊の女返して大丈夫か?」


 見送った背中が見えなくなったところで、タケルさんが僕に彼がいる前でだったら無粋なことを問うてきた。


「あの国、天使のせいで大分魔力の質変わってた。どうにかなるって言っても土着の精霊が耐えうるもんとは思えねーぞ?」


「えっ、そんなやばいところに返しちゃったの?!」


「……まあ、魚に岩の上で暮らせって言ってるような感じか?」


「やっべぇじゃん。」


 名留ちゃんが真顔でこっちを見てきた。顔にはどういうこと心愛ちゃんという言葉がありありと書かれていて面白い……とか言っている場合じゃない。


「大丈夫だと判断したから返したんだよ。」


 記憶を見て、実際の世界を見て、色々わかっている上で返したことを説明することにした。


「確かにありゃ強い精霊だろうが、あいつ1人じゃあっちの国に帰っても……。」


「何も2人が住む場所があの国とは言ってないでしょ。」


 2人が自分達の世界へ帰る扉を開いた時、実は珍しく繋がった場所が見えた。そこは僕の知らない場所で一瞬だけだったから詳細を覚えられなかったけど、自然と家屋が一体化したような、そんな場所だったのは見えた。


「珍しいことに2人が行きたい場所が一致したみたいでね。同じ場所で繋がったんだ。そこは2人のいた国じゃなかったよ。天使の影響の出ていなかった……多分、あの世界の魔法の大陸じゃないかな。」


「あ、そこって天使の手はつかなかったとこ?」


「ああなるほどな、魔法文明あるところはなまじ知識があるから、両者侵略はやりにくいんだ。だから魔法のないあの国から手駒作って侵略しようって思っていたんだろ。」


「その準備段階で僕達が潰しちゃったんだけどねぇ。何よりその魔法大陸は彼女の一族が生まれた土地のようだし、あの世界は魔法の使えない人間が大陸で過ごせないなんて制限もなさそうだった。」


 名留ちゃんの目が輝いて「じゃあ!」と僕を見上げる。

 きっとそうだろうとわかっていても、そうであれと願うばかりだ。探し人の結末が、いつもこうじゃないことを僕は知っているから。


「2人とも、きっとあのまま幸せに暮らせると思うよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る