3
「さて……申し訳ないけれど来訪者さん、貴方の世界に今、貴方を返せない。コーちゃん……違うや、うちの部下が帰ってくるまで此方で保護させてください。」
「はあ……それは、あの聖女がいるからですか。」
「そうですね……それもあります。あの世界では聖女と呼ばれていたようですが、正体は天使、悪魔と呼ばれるもの。貴方はその銀の剣で殺そうとしたのでしょうが、清めたものでの攻撃は逆に力を与えてしまいますし、そもそも近づく前に貴方も死んで傀儡にされていたところでしょう。」
「本当はme行きたかったけど、力加減とかぜーんぜんだから余計に物壊したりしてそっちの世界によろしくないことしちゃいそうだから、今日みたいなのはおじさん任せなのよねー。」
「……それは、あの聖女を殺せるのは貴方達だけだと聞こえるのですが……。」
「はい、俺はそんな大それた力を持っていないんですけど、俺の仲間が……さっきの、コーちゃんは特に天使も悪魔も確実に殺せる程の強い力があるんです。だから、異世界で度が過ぎた行動をした天使や悪魔なんかは彼女にしか任せられない。」
……僕らが転移した後にタッちゃんが来訪者さんへそんな話がされているとはいざ知らず、僕らはその世界……来訪者さんの住む街の門外に丁度降り立つことができたらしい。踏み締めた土が干上がっていて青空が広がっているのに、街からは何の音がしない。このアンバランスさが不気味に感じた。
「心愛、行くぞ。」
頷けばタケルさんは僕を抱き上げて、青紫の炎に包まれた翼が青空の下で広がる。青空には不釣り合いな色合いだななんて思って眺めていると。
「舌噛まねーように口閉じてろよ!!」
ぐっと靴が土を踏み締める音がして、強い風と砂埃が眼前に迫りそうな感覚を覚えて目も口もぎゅっと閉ざした。
強い風が髪の毛と一緒に頬にぶつかってくる感覚は結構短くて、ぶわっときた瞬間に木製の何かが破裂する音が響いて。
「何事!?誰なの!!」
鈴を鳴らしたような……と言う表現が似合う女性の、狼狽えた声が入ってきた。それは同時に僕らしかわからない『不快感』も運んできた。
「いいからとっとと正体晒せや。」
僕がいうより早く炎が灯る音がして、そしてタケルさんの何の感情もない声が響いたと思ったらつんざくような女性の悲鳴。音だけの状況把握が忙しい。
やっと下された僕は、火だるまになっている女性と、彼女を助けようにも炎のせいで近寄れず騒つく人々、椅子が規則正しく並べられ、正面に金色の十字架がかけられた大聖堂だろう場所を確認できた。
「全くタケルさんは……生きている人がいないからっていきなりそういうことやっちゃダメでしょ。」
「わりーわりー、入った途端死んでる人間の匂いしかしねーもんだからやってもいいって思ってよ。ってか、心愛だって生きている人間が此処に集まる時間帯を外しただろ。」
とりあえずポーズだけでも注意はしたが、タケルさんはお見通しだったようだ。
今、比較的新しく綺麗に建設されている大聖堂に集まっているのは、聖女と、人……流行病で死んで聖女の奇跡で生き返った人達のみ。そしてその正体は。
タケルさんが中指と親指を擦り鳴らすと、次々と生き返った人達が炎に包まれる。悲鳴も上げず灰と化したのが何人かいたが、数人は聖女と同じく【正体】を現し炎からま逃れた。
『ぐう、っ、その力、貴様ら中立世界のものか!?』
「ご名答。アルカナ名【審判】心愛と言います。そしてこっちが僕の使い魔……。」
「アルカナ名【悪魔】、タケル。てめーらが他世界で迷惑行為しているから殺しにきた。以上、死ね。」
「その通りだけどもっと言いようがあったんじゃないかな?……まあいいか、僕らの世界を知っているのなら、貴方が起こしているのは紛れもなく僕らが見過ごせないものというのが分かりますよね。」
二枚の白い羽を持つ天使に守られるように取り囲まれた、白い三枚の羽を持つ天使……人型ではなく、どれも猫と猿を合体させたような四足歩行の魔物みたいな姿を前に僕はあくまで温厚に告げる。
「他世界において人々の選択肢を強制的に奪った罪は、貴方の命を以って報いてもらいます。」
『人間風情が、私を殺せると思うなよ!!!!』
聖女だった三枚羽の天使が吼えると、周囲にいた人達も白い羽がぼこりと生える。咆哮が襲撃の合図だったのか、それらは一斉に飛びかかってきた。そんなに広くなく椅子が邪魔な大聖堂じゃ、動き回るに此方が不利に思われるだろう。
「任務遂行、アルカナ名【悪魔】制限解除。」
でもこっちだって世界干渉の場数は踏んでいるものだ。声を落として、タケルさんにだけ聞こえるように告げた解除と同時にタケルさんの手に愛銃が発現する。
「【カーフ】、変化。」
銃はその形を揺らぐ炎のように変えて、銃から一つの剣となる。刃は大きく、鉈と言ってもおかしくないだろうが僕はそこまで武器に詳しくないため、種類とかは言及できない。でもその纏う炎は刃全体を覆っているから規模がでかい。
『な!?』
「俺様くらいの悪魔になるとなぁ、変形できる武器は一つだけじゃねーんだよ。」
不敵に笑うタケルさんが、逆に向かってくる敵へ逆に前進して、大鉈レベルの剣を天使の首を狙って次々と振り下ろして、それのどれもが狙い通り首を落としていった。
「着火。」
役目を終えた武器を虚空へ消した手でパチンと指を鳴らすと、ごろごろと椅子に落ちていく首と身体が炎に包まれて、床には灰が広がった。
『……ふふ。』
残り一匹となったにも関わらず、天使は顔に笑みらしきものを作ってついでに笑い声も漏らした。
ドンドンと大聖堂の扉を激しく叩く音が響くと同時に、鈍色の甲冑を纏い、槍だの剣だの武装した幾人もの人が入ってきた。
「聖女様に仇なす無法者が!!」
「覚悟しろ!!」
口々にそう叫び矛先は僕らに向けている。巻き込みたくない人達に僕らのことを知られたようだ。知らせたのは恐らくそこの聖女様だけど。
『既にこの国の兵士は掌握しているの。そして此処は魔法もある程度は伝わっている世界線だから伝令魔法の概念を利用できるわ。』
「それはどうでもいいんですけど、僕らが一般の人達を巻き込むのを厭うこともご存知だったのは何故でしょうか。」
『そんなもの、貴方たちの戦い方を見れば自ずとわかるものよ。』
多分普通の人から見たら美しいと言える笑顔で、僕へ女は手を差し伸べた。
『さあ、去勢をはらずともいいのよ中立世界の人間。彼らの人生を狂わせたくないならば、私に従いその悪魔を殺し、神の教えを広げる僕となって世界を神の思想で統一すると誓うなら助けてもいいわ。』
「はい、無理ですね。というかこの人達の人生狂わせてるのあなたですし。【キファ・ボレアリス】地底へ繋いで。」
返答のわかりきった反吐の出る言葉を一蹴すると杖で自分の足元を叩く。巨大な穴が開いて、僕とタケルさん、そして天使だけを落とした。
数々の石碑が敷き詰めらた所へと着地する。湿った空気と、どことなく生気のない気配から見て、地下墓地と考えていいだろう。
『なあ?!!!!』
「あのなあ、こいつの力は【偶像化】だぞ?こいつの頭の中でわかる範囲のことならある程度は【偶像】として現実にブッ込めるんだよ。こっちに逃げてきた奴の記憶から、この世界に地下墓地があったって知識を活用したったことな。」
「【キファ・ボレアリス】。」
タケルさんが何かを説明しているのが聞こえるが、それはそれで置いておいて、どこもかしこも黒で形成された地底に着地すると黒い大地を杖で叩く。すると僕の下に人の身体一つ分の幅の穴が空いた。穴からは、角張ってしっかりと文字と言えるようなものや文字のようで時にただの波の線が描かれている模様のようなものまで、白い光で次々と溢れ出る。
『異界、不浄、疫病、厄災……災いに囚われた魂…… 天使が嫌うもの、穢れ。【苦しい】【痛み】【辛い】【ニクイ】。』
呼吸と一緒に溢れ出る僕の言葉も虚空の言葉に混じって白く光り形を変え、陣として地に描かれる。そこからいくつもの手、幾つもの人の足、そして豚と人の顔がミックスしたのがいくつか肉塊に浮かんだ……あまりよろしくない外見のものが構成された白い陣から生まれ出て、天使の前に現れた。
「形成、【レギオン】。」
『あっはははっは!!馬鹿ね、私達が殺せる悪霊を呼び出したなんて!!私の力で一掃してあげるわ!!』
レギオンは天使の出てくる書物で登場する死霊の塊。追い払われる立場だ。それは周知の事実だから天使は僕を嘲笑った。無論、僕だってそれは知っている。伊達に天使や悪魔と戦っていたわけじゃない。対抗する不浄なものでも対抗しうるかと言われたら、その元となる書物では追い払われていたとされる。
「さて、本当にそれはうまく行くのかな?」
そのレギオンが、彼らの中に流通する聖書通りの『普通』ならばの話だが、天使が振り上げた鉤爪が身体を裂いて分裂し、消え去るか浄化される運命にあるだろう。
『は……?』
無数にあるレギオンの顔の一つが、その鉤爪を口で受け止めたのだ。
「さっきタケルさんが話してくれませんでした?僕の得意な使い方って、厳密に言えば召喚じゃないんですよ。僕が知っている他世界の伝説を基に相応の魔力で作り出した模倣物なんです。だから【偶像化】って表現なんです。」
「心愛の【偶像化】はあらゆる世界の伝承、知識をベースにてめーらを殺せる程の力を持つよう調整出来るってことだ。そのレギオンで言うなら、不浄の力ってのがお前らの浄化能力が追いつかないようにするとかな。」
『ぎゃああああああああ!!!!!』
バキバキっと砕ける音がレギオンの口の中で鳴って、天使の絶叫が重なる。普通なら再生するところが全くなく、黒い血がとめどなく流れて止まらない。
ひっくり返った巨体をレギオンは立髪?頭の毛髪をいくつかの手で掴むと、軽々と持ち上げて地に叩きつける。絶叫が途切れ途切れに聞こえ、なんとか攻撃に転じようとしてもがいているが、レギオンには通じない。むしろ抵抗が強まるほどに叩きつける力も容赦なくなっていった。
「……はー、【偶像化】って聞いてやれること幅広いって考え付かねーもんかねぇ普通。」
「彼らからしたら人間は等しく人間だからね、仕方ないよ。無知で非力であれっていうのが彼ら共通の願いなんだから。」
一方的な蹂躙が繰り広げられているのを眺めていたタケルさんが、僕へチラリと視線を投げた。
「っていうか、お前この地で死んだ無念全部魔力に変えて、あのレギオンの能力に突っ込んだな?」
「その方が確実に仕留められるからねぇ。」
「……マジお前、敵と見做したやつには容赦ねーな。」
「元々の戦争で死んでいった人間の無念がたくさんあって助かったよ。あんまりよくないことだけどね。」
レギオンの多くの口が天使の肉を貪り始める。既に幾度も叩きつけられて原型をとどめなくなったそれは、更に食い千切られて無惨な姿になる。
動物とも人間ともつかない目が、今度はこっちを向いた。
「おい……あいつ。」
「はは、心配しないで。想定済みだから。」
次の蹂躙のターゲットとして僕らを選んだのだろうが、『天使の肉』を取り込んだ体内は、突然ドロドロと溶け出した。
それは当たり前のことだった。レギオンは元来天使に祓われる存在だと言われている。そしてこれは僕が天使を殺せるよう調整して【偶像化】したレギオン。矛盾した存在だけど、浄化の塊でできている天使を食らってタダで済むはずがないと僕は思ったから、天使を殺した後その力を取り込む動きを見せた場合、自浄が働いて無力化するように調整もした。
「鬼かよ。」
「死霊で【偶像化】するのなんていつもやっているんだから、こうなることは想定済みに決まっているでしょ。」
大丈夫な根拠を説明したら微妙に引かれたけれど、溶けて砂になるレギオンを眺める。
この集合体はこの地で無惨な死を遂げ、なお怨みつらみを募らせ存在していた異世界の魂達。浄化を直接食らったことで輪廻に戻れる穢れを落とすと、肥大化する前のレギオンと同じくらいの大きさの光の塊となって、地底から浮上して行くのが確認できた。杖で空を叩き扉を一つ開ける。
「【キファ・ボレアリス】、彼らの望む空へ繋いで。」
自動で開いたドアの先へ、光は吸い込まれるように入っていった。
「……いややっぱお前女神だわ。」
「は?ちょっといきなり何を言い出してるのタケルさん?」
「さっきの連中はあの天使どもからしたら穢れた魂で見放すか消す対象だったろ。それをお前は輪廻に戻してやった。天使も消して魂も救って一石二鳥なの狙ったあたり、変な天使よりよっぽど慈悲深いわ。」
「いや別に、狙ったわけじゃないよ。」
杖を叩いて扉を作る、僕らの世界に戻るための扉だ。金色のノブに手をかけるとタケルさんが僕の頭を無造作に撫でてきた。
「ま、いつも通り黙っといてやるよ。転生の手伝いなんて、異世界過干渉の何者でもねーしな。」
「……うん、助かるよ。」
魔力を使うときに、時々【強い思い】を受け取ることがある。自分がそうだったら、僕の知っている人達がそう望んでいたら、そう考えると僕はこうしたいと都度思い、いつも浄化を祈る道を選んでしまう。【アルカナ】である前に、僕はただの人間なのだ。
見上げると、タケルさんの眼が優しかった。悪魔なのに……いや、悪魔だからか僕のやることを否定しない。悪魔なら悪魔の道に入れないで輪廻に帰すなんてことを止めるはずなのに、それをしないで黙って見守ってくれる。いつも。
そういうところって何か言いたいけれど、うまい言葉が見つからない。
とにかく任務は終わったのだ。あとは残った仕事を片付けるだけ。改めて扉を開いて、僕はその中へ入ったのだった。
「ってか、予知ってんなら王様にもうバレてんじゃね?」
「……ああ、うん、僕もそう思った。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます