例外の世界干渉

1

 僕らアルカナは基本的に他世界の存亡が掛かっていても直接干渉して助けることはしない。天使と悪魔が故意的に手を出していないで出てきた魔王誕生だの人間同士の争いだのには手を出せないのだ。冷たいと思われるだろうが、その存亡を招いた原因がその世界の人間が自分で考え選んだもの、それすらも尊重しないといけない。あくまで僕らが戦うべき相手は、元々の選択を亡き者にしようとする悪魔と天使だ。


 逆を言えば、その天使と悪魔によってあり得ないことが引き起こされてると判断されたら、僕らは世界へ干渉する。つまり今僕がこの話をするって言うことは、そう言う事態がこのお話の主軸っていうことと思ってほしい。


 それで突然話が変わって申し訳ないけれど、【偶像化】で形にできるものは結構ある。僕自身の知識だけじゃない、他者の願望や深層記憶、トラウマを偶像として現すのも得意なのだ。それは来訪者さんがどこからきてどうしてこうなったか本当のことを探ることができたり、暴れる来訪者さんを大人しくするのにトラウマ部屋を偶像化して放り込むっていうこともできるわけ。門番にはうってつけな能力だ、とありがたい評価をされている。物騒だの最低の力だと思われるだろうが、話だけでは判断に苦しい事柄もあるので仕方ないということで一つ理解していてほしい。


「おめーが嘘をついてんのはわかってんだ。俺も名留も嘘の匂いには聡いもんでなぁ。オラ吐け、この俺様が実力行使しねーうちになぁ?」


「そうそうme達が言葉だけでお願いしている今のうちに、正直に話した方が身のためだよー?五体満足で元の世界帰れるよー?」


 ひとまず、嘘に敏感な僕の契約した使い魔2名が詰め寄り脅して来訪者さんに恐怖を植え付けそうになっているのを止めることから始めようか。


「うちの使い魔が申し訳ありませんでした。」


「い、いや……その、後ろの方は無事なのだろうか。」


「ああ大丈夫です、丈夫なんで、うちの使い魔。」


 2人の頭に力加減をせず杖を落として大人しくすると、僕は来訪者さんに向き直った。

 騎士がよく持つ長剣を提げ、銀の鎧と小脇に兜を抱えてイカつい顔を晒した今回の来訪者さんは、人探しが目的で此処に来たと言った。此処への転移方法もその人から聞いたそう。ここまでは嘘をついていないのだが……どうして会いたいのかということを聞いた辺りから、ちょっと雲行きが怪しくなった。


「一方的な婚約破棄をし、国外から追放した私を恨んでいるか知りたいだけだ。」


 と、この来訪者さんは言ったのだが、これがいけなかった。タケルさんと名留ちゃんの『嘘つきレーダー(僕命名)』に引っかかってしまったらしく、僕が止める間も無く「嘘はいけないよ?」と先程の詰め寄りが始まってしまったのだ。


「ところでどの辺から嘘ってわかったの?タケルさん、名留ちゃん。」


「一方的な婚約破棄の一方的〜の時点でプラズマ出てた。」


「meもそこの言葉から嘘の匂いがしたよー。でもこれ、嘘っていうか濁している感じかな。嫌な匂いじゃないし。ん?おかしいぞ?って感じの。」


 2人揃って頭さすりながら丁寧に答えてくれた。タケルさんは嘘を吐いているところから煙?とかそういうのが見える感じで、名留ちゃんは煙っぽい匂いとして嘘を感じるという、感じ方は違っても同じ言葉から嘘を感じたっていう一致度が高いのもあってこのレーダーの信憑性は実は高い。


「ということですが……此方も真偽がはっきりしない以上通すことはできないんです。」


「私の言葉が偽りだと言われようとも、あれは……私のしたことは一方的な追放と言っても変わりない。婚約破棄だって理由の一切も告げず一方的に突きつけた。私が告げられる真実はここまでだ。」


「それはアンタの勝手な想像。」


 たんこぶがすっかり消えたタケルさんが、来訪者さんをジト目で見つめた。


「俺らが知りてーのは何でてめーがその選択をしたのか、その背景。要はあんたの国の情勢を教えろってことよ。」


「私の国の情勢?彼女に会いたいことと何か関係があると言うのか……?」


「それは聞かなきゃわかんねーけどよ、ただ一方的な婚約破棄が嘘と見えたってことは、婚約者だった女も同意して破棄して国を出てんのに、アンタを此処へ導く方法を教えている。ってことは、こっちの事情が絡んでいる可能性があるんだよ。」


 タケルさんが大分省略して物事を伝えているが、概ねその通りだから僕も頷いて、来訪者さんの言葉を待った。


「……今、皆は突然現れた聖女なるものに盲信的になっている。軌跡をさまざま起こしたというが、当時遠征に向かっていて私も何があったのか仔細はわからない。私が戻ってきた後の国は、聖女の恩恵を受けようと聖女の言葉に耳を傾け盲信的に従い、清貧を志すはいいが明日生きるために糧を求め苦しむ民すらにも反逆と称して貧しさを強いて、まるで思考を失った人形のようになっていた。」


「聖女……今まで暴利貪っていた貴族だの身分高い連中が清貧心がけるのはいいけど、国全員に強いるような強制力……普通の人ではなさそうですね。」


「私と彼女を含めた家族だけが、聖女を不審がっていた。門番殿の言う通り人間ではないだろうとあたりをつけて、私の一家が聖女のことを探ろうとした。それがお受けの不評を買ったのだろう、俺ではなく婚約者の周りで不幸なことが起こった。些細なことだが頻度がおかしくて、やがて彼女の身内が命を落としかねない事故に巻き込まれた。」


 ぐっと、その人は拳を作った。血管の浮き具合から、かなり苛立っているようだ。


「……例え家同士での利害関係が絡んでいる婚約であっても、俺は彼女が大事だった。だから、あえて表舞台で婚約破棄を告げ、追放という形をとり違う国……いや、世界か。とにかく聖女の息のかからないところへ逃げるよう促したんだ。」


「それで婚約者さんの逃げ先が、ここだって思ったわけですか……。」


「ああ、恐らくという予想の範囲だが……彼女の一族は土の精霊を祀る一族だと言い伝えられていて、実際、豊作が現実になるようなそういう魔法も見たことがある。遠征した国も魔法を使う人間がいた。……思い出したな、聖女が祈りを捧げたとき、流行病で死んだはずの人間が生き返っていた奇跡だけは、見たことがなかった。」


「死者が?」


 名留ちゃんがピクっと反応した。反応したが来訪者さんの言葉を今までよりも険しい顔で聞き入る。


「今俺の世界では汚水が原因の疫病が流行っていて、遠征先から持ち帰った技術と知識で改善が徐々に見込めていたのだが……それが間に合う前に、流行病で命を落とした国民が聖女の祈りによって生き返ったんだ。」


「それは……身分問わずに?」


 名留ちゃんの問いに彼は激しく頷いた。


「貴族も農民も等しく、流行病にかかって死んだ者だけが生き返ったんだ。それから皆聖女の言うがままだ。全員働くことをやめ、祈りを捧げるだけの生活。飢餓が加速しても皆何も言わない。聖女が言う祈りさえ続ければ全てが救われるとばかりしか言わない!!」


 名留ちゃんが何について引っかかったのか気になったから、ちょっと彼女を見てみた。


「……それ、その蘇った人ってさ、その人自身じゃないよ。絶対。」


「どう言うことだ?」


「話だけしか聞いてないからまだme達の敵かどうかは知らないけど、蘇生魔法っていうのはどこの世界にもないよ。逆を言えば、そんなどこの世界にもない魔法をあるように使えるのは天使か悪魔ってことよ。」


 名留ちゃんは死者のことに敏感で、妙に詳しい。特に蘇生魔法のことについては僕やタケルさんも舌を巻くほど。


「話聞く限り今回のはシンプルに死体を操る術だね。でもその魔法を使うにはどっちかの魔力を人間に流さないといけなんだよねぇ……どんな方法で、どっちなのか、これは見て確かめないといけないかな。」


 それは当然やることとして、名留ちゃんの情報も整理しつつ、僕は来訪者さんに質問をした。


「聖女が来たことで、あなたの世界はどのように変わったんですか?」


「我々の生活からの排水が浄化できなかったのが原因とされていた汚水が何故か消え失せ、病は減った……だがそれだけだ、蘇生した者達も率先して聖女を持ち上げるばかり。あの盲目的な姿は俺の知る者達じゃなかった、こうしていても、民の生活は死へ近づいている。あの聖女をどうにかしないと、我が国どころか、全ての人類が死に絶えるかもしれない。」


「その前に、てめーが愛した女が生きているか確認しようってか。」


 来訪者さんはゆっくり、観念したかのように頷いた。


「……心愛。」


 タケルさんが呼ぶ。その含まれた意味は僕の考えている『もしかすると』をタケルさんも名留ちゃんも察しているということ。ただ、確信めいたものが欲しいと思った。


「【キファ・ボレアリス】深層の記憶の扉を示せ。」


 自分の世界の有様を思い出しているのか、怒りで拳を震わせている来訪者さんへ杖先を向けてその空を叩く。叩いた先の空間に溢れる波紋から、一つの白いドアが生まれた。ノブまでも真っ白なドアが示すものは皆共通して記憶の扉を示している。


「何だこれは!?と、扉が勝手に出てきた!?」


「すみません、体調に異変をきたす等はないのですが、貴方の記憶から改めて貴方の世界に起きていることを見させてもらいます。勝手に記憶を見るなんて行為、正直いい気持ちになるとは思えないのですが僕らが適切な判断を下すのに必要なんです。なので先に謝りますね。」


「俺の、記憶を見る……そんなことできるのか?」


「はい。僕自身そう言う魔法が得意なんで……その突然現れた聖女を確認させてください。もしかするとそれは、本来貴方の世界にいてはいけない存在かもしれなくて、僕らが出向いて処理する対象かもしれない。」


 僕は白い扉を杖でノックする。ゆっくりと扉が開かれる前に、タケルさんと名留ちゃんを呼んだ。


「タケルさん達はちょっと待ってて、視界共有できるよね。」


「おう、ばっちりだ。」


「大丈夫だよー!」


 2人からのいい返事を聞くと、扉の内側、真っ黒い空間へと身を投じた。

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