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「本当に今日はありがとうございました!お洋服やこれからのものまで揃えていただいて、本当……この御恩はどうやって返せばよいか……!!」


 気づけば夜に傾く空。碧摺の区にある彼女の家の前でまた難度も下げられる頭。下げている最中のマイヤさんの周りには箱と紙袋数点。後に錫様から後箱5点くらいは来るだろう。


 そんなに時間がかからない、という予想は裏切られ、何と数時間もマイヤさんの洋服選びは続いた。何でも身一つで来たことを正直に話したら、店員さんのやる気が更にバーニングして(その後合流した靴専門店と装飾専門店の店員さんも含む)そしてマイヤさん自体見たことない服や装飾にテンションが上がり盛り上がってしまったらしい。錫様が様子を見なければ夜通し続いていたテンションだったとも。余談だが、錫様お抱えの服飾業の方々は褒められるとやる気が上がる人達ばかりなので、何でも素直に感動するマイヤさんと相性が恐ろしいほど合ってしまったこともバーニングの原因の一つだ。お得意様カードをその日のうちにもらうと言う快挙も成していたし、マイヤさんは絶対常連になると予想できた。


「あはは、気にしないでください、本当は中央の案内も済ませたかったのですが……。」


「いいえ!とんでもないです!中央区の行き方はナルさんから聞きましたから、一人でも大丈夫ですよ!」


 とってもいい笑顔で拳を作るマイヤさん。説明を受けたと言うなら大丈夫だろうと僕も判断する。


「本当にこんな遅くまで付き合っていただいて……あの、神様、えと、青碧様も最後までありがとうございました!」


「いやいや、気にしないで、俺も錫達が仕事しているかどうかたまに見ないといけない立場だからね。ちょうどいいタイミングだったよ。此方こそありがとう。」


 青碧様も笑顔を作ってマイヤさんに礼をすると、ひええというマイヤさんの恐縮(恐れ多い感情が未だ抜けていないのが面白い)の感情を詰めた悲鳴が上がったところで、僕らもそろそろお暇しなければならない時間となった。


「もし何かありましたら、遠慮なく僕達を頼ってください。相談に乗ります。」


「困ったらねー『アルカナのところに連れてって!』って念じれば大体me達のいる職場、ええとね、門に飛べるから!」


「それ念じるときはさっき渡した住民の証握って念じねーと意味ねーからな。」


 と、此処で気づく、マイヤさんの首にしっかりと中立世界の住民の証であるペンダントが提げられていた。


「タケルさん、証いつ渡したの?」


「あ?…………ついさっき。」


「すーちゃんとこの荷物渡す時に渡してたね。」


 歯切れの悪いタケルさんと、名留ちゃんの証言。それが本当ならまさに今、ついさっき渡したという……この住民であると認められた証は、本来なら中立世界の案内をする前に渡すべきもので、それが後手後手に回っていたと言うのが今更露呈した。ということで。


「タケルさんと名留ちゃん、後で中立世界移民案内テストやるね。」


 名留ちゃんはともかくタケルさんが案内の基礎がおろそかどころか砂の山レベルにも達していないという予感を察知した僕はにっこりと笑顔を作った。


「は!?おい待てよ抜けなく仕事しただろ俺!!」


「え!?meちゃんとやってた!!ちゃんと説明聞いてた!!」


「二人とも案内係だって仕事の1つだからね。あまりやらないけど素行悪かった……というか最悪だからね、特にタケルさん。心当たりないとか言わせないよ。」


 名留ちゃんは途中寝そうになったりしたけど、錫様襲来もあるからまあまだ改善の余地あるとした、けどタケルさんは何回かやっているのにこの体たらくは言語道断だ。


「このテスト逃げたら暫く僕の半径5メートル以内接近禁止だからね、分かってるよねタケルさん。」


「おおおい待て待てそりゃねーだろうが!!!!惚れた女に近づけねーとかどんだけだよ!!!!」


「それならきちんと頼まれた仕事をして、寄り道せず帰ってくることは守ってよ。」


「ありゃ銀朱が悪いんだって!!あいつがふっかけてきたんだろうが!!」

「お酒、きちんと容量守って飲んでいれば、そういうことにならないんじゃなかったと思うよ。」


 その割には楽しそうに銀朱様と戦っていたよね。タケルさん自体、強い人好きだから仕方ないかもしれないけど……なんて思っても口に出さず、踵を返す……前に、もう一度マイヤさんへ挨拶。


「それではマイヤさんおやすみなさい、本日はお疲れ様でした。ほら帰るよ、名留ちゃん、タケルさん。」


「テスト嫌だぁああああ〜……。」


「悪かったって心愛!!おい!!こっち見ろって!!」


 とまあ、こうして稀な移民さんを案内するという稀で平和的なお仕事はこんな形で幕を閉じた……。


「っていうか、俺遊んでたわけじゃねーんだよ。あのマイヤって女がどうしてここに送られたのか本当の理由も聞いてきたんだから遅くなったっての。」


 更に夜が更けた頃、テストと添削後の復習で疲れ果てた名留ちゃんがすやすやと夢路へ旅立った後の話である。


「理由って……夫婦喧嘩じゃないの?っていうか、そんなこと誰から聞けるの。」


「そこの世界の創造神に決まってんだろ。俺様を誰だと思ってんだよその辺りの情報網くらいあるっての。」


「いや普通そんな情報網ないんだけど……聞けたの?理由。」


「ああ、あの世界に悪魔と天使が直接介入することはなかったが、そいつらがいつぞやに落とした因子を人間が神として祀ったことで世界の崩壊速度が一気に加速した。要は信仰の掠め取りをリセットしたかったってわけだ。」


 元々存在していた神を神ではないような形に貶め、天使や悪魔へ……例えば天使だったら自分が仕えている【神】を信仰させるよう仕向ける常套手順として、信仰の掠め取りがある。マイヤさんの世界で発見され、信仰されそうになった因子は恐らく、わかりやすい軌跡でも起こして掠め取っていったのだろう。


「あの女がいた世界は俺が連中の情報流している一個で、結構信仰の速度が速かったからやむを得なく流したってわけだ。」


「それだけじゃマイヤさんだけが生き残った理由が分からないんだけど……。」


「それあいつらも不思議がって何してたか調べたらしいんだが……誰も彼もが因子を崇める中であのマイヤって女だけは元の信仰を続けていた。そしてあの日生きたいって気持ちが神への祈りとなった。あの女の信仰の深さは、本人の『生きたい、助けてほしい。』って願いが余裕で叶えられるほどに。」


 タケルさんからもたらされる情報とその言い方に、ふと疑問を持つ。


「というかその言い方さ、あっちの神様自体信仰が残っていることを想定してなかったって感じだね。」


「想定してなかった貴重な生き残りの願いが届いたからこそ、あいつらも急いでこっちに飛ばしたんだろ。条件も無理矢理に整えて。」


 タケルさんはソファーに深く腰掛けて天を仰いだ。


「神ってのは人間が存在を覚えていねーと呆気なく消えちまうもんだもんな。」


 彼の視線の先は天井なのだけど、心に浮かべている風景はどこなのだろう、なんて僕は思った。


「はあー……なるほどねぇ……。」


 僕の思案を悟られないように返事をして、マイヤさんのことへとすかさず思考を切り替えた。


 実は全部更地に戻すレベルの大洪水起こって一人しか生き残らなかったって奇跡には、実は少し神様の贔屓目があったのでは?と勘ぐっていたのだが、まさか本当に、本当にその世界の創造神すら想定外な稀が起こっているとは、僕も珍しいことが起きたものだと感嘆した。


「加護とか何もねーのに生き残ってんのは確かに不思議に思ってただろ。」


「まあねぇ、でもその理由でわかったよ。確かに滅亡の危機から生き残る奇跡なんて、土着の信仰を捨てず培った信仰全振りしないと無理だ……。」


 最初聞いた時に釈然としなかった理由の、本当のところを知ったところで安堵した僕はダイニングテーブルに備えられている椅子から立ち上がった。


「彼女が信仰を大事にした選択も、そして生きたいと願った選択はきっと間違いじゃないと思うから、このままにしても大丈夫でしょ。」


「だな、あの女なら、多分自分の世界のことを忘れないだろうし。」


 タケルさんがマイヤさんを見て思ったことは間違っていない。彼女がここで生を終える時、此方の世界に慣れていても、自分が元の世界で過ごした日常をきっと忘れない。それは信仰も含めてだ。

 神が世界をリセットすると決断を下しても『生きたい』と願って、諦めない選択をした。だからあの世界の神様は彼女を生かしてこっちの世界に飛ばしたのだろう。まあそれは本当に神のみぞ知るマイヤさんの心の中だけれど。


 さて何だかんだで明日も仕事だ。できれば今日みたいな日が続けばいいが、そうもいかないだろうとわからない明日を思いながら僕も寝る用意を始めた。


「お?寝るか?いつも通り腕枕いるよな?」


「タケルさんさっきのテスト0点だったよね。5メートル以内は立ち入り禁止。僕ソファーで寝るから。」


「俺が寝るからせめてベッドで寝ろ!!」


 蛇足だが後日、マイヤさんと青碧様が中央区を歩いていたのを見かけた。その二人に流れていた空気に何だか泣きそうな気持ちになったのは、いい方向に見えたからと思う。

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