3

 水と火が相入れないという定説はこの世界でもあるのだが、ある理由によって錫朱すずしゅの区として相反する2柱の神様が納め、錫の区、朱の区として区切っている。


「俺は悪くねぇっつってんだろうがあああああああああ!!!!」


「うるせええええええ飲み食いのツケ払ってんだろうが殺すぞオラあああああああああ!!!!」


 さてたどり着いた先は、爆音にも近い噴火の音と罵声と怒声が飛び交うは錫朱の火山区、これが朱の区として分類されたところなのだが……降り立った場所が非常に悪かった。マイヤさん、「ひぇぇ……。」ってもう逃げ腰で僕のローブを引っ掴んでいる。


「わーぉ、絶賛コロシアム中だしコロシアムってんのおじさんじゃん。」


「遅いと思ったら銀朱ぎんしゅ様と喧嘩中かー……。」


「仕事放棄して何してんのおじさんは。」


「名留ちゃん、それタケルさんに言っていいよ、一番聞きたくない言葉だろうから。」


 炎を盛大に巻き上げて殴り合っている二つの影。うち一つは僕の使い魔もといタケルさんだ。この錫朱区を治める一柱、銀朱様とすこぶる仲が悪い。そしてあの炎の量からすると、頭に血が上ってて僕の言葉で冷静になる確率は絶望的だ。


「はは、予想していたことだから俺に任せて。」


 そこで動いたのは青碧様だった。ゆったりとした動作で地を蹴ると、炎が巻き上がり観客もあまり近づけないコロシアムのど真ん中へ移動。


「二人とも。」


 声を荒げずいつものトーンで呼びかけるが一切気づかない。


「いい加減に。」


 それも想定済みなのかトーンは崩れない。そして青碧様が天に向けた人差し指に、徐々に青白い稲妻が集まり雲一つなかった青空に曇天が立ち込めつつあるのにも二人は気づかない。気づいた方がいいと思うのだが……。


「もう喧嘩は、やめなさい。」


 人差し指から雷鳴轟く蒼光が雲へと吸収される。

 その一寸後、まだなお青碧様の真下で喧嘩を続けている二つの影に巨大な稲妻が二つ、綺麗に落ちた。


「俺は悪くねー。銀朱がふっかけてきたのに買っただけだ。」


「アタイも悪くないね、この前貸した酒の代金取り立てただけだし。」


 まるこげになったのを二人は自力で回復して(方法は自分の炎を纏って傷を塞ぐらしい。それ逆に焦げないのかな……?)そっぽを向いて僕らの前で正座している。


「というか、ツケ?タケルさん、聞いてないけど?」


「……大分前の話だよ。有金全部使ったの忘れて、調子こいて二軒目にこっちの酒場行った時の。」


「それで銀朱様にお金借りたの?」


 タケルさんはむすっとしたまま言う。


「この前金貸した借りを返してもらっただけだろ。」


「その時より倍の値段飲んでんだろうがてめぇ!!」


 銀朱様が怒鳴ると同時に髪が燃え上がりかけた……のが、青白いナイフのようなものが二人の隙間を飛んだ。


「銀朱、タケルくん。」


 青白いナイフもとい小さい雷を指にまとっている青碧様がにっこり笑った。


「……すみませんでした。」


 暴れていた2人が揃って頭を地面に擦り付けているのを見下して名留ちゃんが言った。


「ほんとだね、特におじさん。仕事放棄して何してんのさ。」


「ぐっ……よりによって名留に言われんのかそれ……。」


 項垂れたタケルさんの顔が凄いシワ寄って嫌そうだったから、今度からたまに名留ちゃんに注意させよう。


 ということで、錫朱の区を治める一柱、銀朱様の紹介をしよう。腰まである真っ赤な長い髪は、風で靡くのとは異なる揺れ方をしている。髪の先端が炎になっているのだ。だから時々、オレンジ色になったり青が混じったりして綺麗だ。顔立ちは、落ち着いた灰色の瞳で丸くはっきりした形。ちょっと小さい鼻と薄桃色の唇、可愛い部類に入る顔で、身長も榛摺様と同じくらいで子供、なのだが、タケルさんと喧嘩した理由の通りお酒も飲むし、タケルさんと喧嘩できると言うことは相当短気で相当強い方である。


「ん?ああー、アンタ来訪者さんか。アタイは銀朱。まあそんな会わないだろうけどよろしく。」


「ま、マイヤと言います……ごめんなさい、何か気を悪くしたのでは……。」


「あ、んーと違くて……悪い、言い方悪かった。あんたが嫌いとかじゃない、あんたはアタイが管轄するこっちとは無縁って意味。」


 ちょっとびくついているマイヤさんに、銀朱様は眉を下げて火山を見渡す。


「此処は基本金物を作る場所で、まあその縁もあって武器も常に常備出来るから怒りを受け入れる区も兼ねている。要は腹立ったり喧嘩したかったらこっちでやれって訳。錫やアタイの力だったら怪我人出ても対処できるからね。あとこっちに住む連中ってのは腕っ節が強いやつか短気な連中とか鍛冶屋で、男連中が多い。後アンタ、どっちかって言うと怒りとかで暴れるタイプじゃないと見てね、此処で暴れるってことはあんまなさそうって意味で言ったんだ。言い方が悪くて、ごめん。」


「そう、なんですね……。」


「まあイライラしたり怒鳴りたいとかがあったらこっち来て岩盤壊すなりしてくれや。そういう道具は無料で貸し出しているから。」


「は、はい。ありがとうございます。」


「ん、また会ったときはよろしくな!」


 銀朱様はマイヤさんを見上げて背中をバシバシ叩くと、子供らしくにっと笑った。そして銀朱様は遠くで爆音が鳴ったのを聞くや否や「悪いちょーっとやりすぎてる連中絞めてくるわ!!」と言って地を蹴り、赤い炎が綺麗な羽を羽ばたかせて飛んでいってしまった。

 一拍おいた後に「てめぇらなぁに結界外でやり合ってんだごらああああああ!!!!」という怒声が聞こえてきたが置いておこう。


「鬱憤の発散を許されるとは言っても、過度な破壊行為は基本禁止です。もちろん殺人も。そのような事態になる前に、銀朱様が取り締まっています。」


「宿している神の性質で結構血生臭いことに敏感な子だから、ああ言う粗野な感じになっているけれど、悪い子ではないから、もし会えたら仲良くして欲しいな。」


 青碧様の完璧なまでのフォローコメントに感心していると、マイヤさんから意外な質問が飛んだ。


「ええと……色々分かったのはあるんですけど、岩盤って、そんな簡単に壊せる物なんでしょうか?」


 マイヤさんの問いについては、僕は何も答えられなかった。


「え、壊せるよね?普通に。」


「ハンマー使えば壊せるだろ。」


 その代わり日常的に岩盤壊せるのは当たり前じゃんとばかりに顔を見合わせた名留ちゃんとタケルさんに、そんな概念は他世界にあるとは限らないので、後で『此方が受け入れる来訪者さんの基本について』をきちんと、しっかり、教え込まなければと思ったのだった。


 「【キファ・ボレアリス】海底大陸へ繋いで。」


 錫の区での挨拶を終えるとまた杖で空を叩いて現れた扉へ入った。

 視界に飛び込んできた真っ青だらけな建物達。メインの建物は水色で装飾は白や不思議な筋とか入っている貝殻と、赤い珊瑚礁で飾られている。なんで水色の建物がこんなに多いのかは謎だけど、建物周囲では出店が出ていて衣服やキラキラ輝く装飾品、ペンダントなり髪飾り、焼き串や飲み物を売りにしている屋台もある。

 此処は先も言ったけれど海底大陸。つまり今僕らは海の中。見上げると空の青が海水の水の揺らぎでゆらゆらとしている。なのに何故服も何もかも濡れず、普通に人が商いをしているのか不思議だろう。マイヤさんはまたまたポカンと口を開けて周りを見回していた。


「この錫の区は他より品質が高めなものを取り扱ったり、娯楽を主とする区です。中央でも生活用品は揃えられますけれどこだわる人がくる高級店が集まるところ……と言う感じですね。」


「確かに、どれも高そうなものばかり……。っていうか、私達息できるんですね!?」


「錫様の魔法ですね、水を司る神様と一体化しているんで水に関するあれこれをするのは得意なんです。だから海底の中でお店を開いても問題ないんですよ。」


「なー!心愛、あれ試しに着てみろよ絶対似合うから。」


「心愛ちゃーんこのアクセ最新作だよ買おうそしてつけよう心愛ちゃん!!」


 常時お祭り空間なこの場所に引っ張られているようで、タケルさんは身体のスタイルと胸の谷間ががよくわかる派手なドレス?みたいなものを2着持ってくるわすごい意向が凝ってる髪飾り複数を両手で持って目を輝かせている名留ちゃん、今が仕事中というのをすっかり忘れている模様。もう定番の物理で説教するしかないと思っていた……ときだった。


「なああああるううううううちゃああああああん!!!!」


 錫の区の遥か遠く、結構大きい城が建っている場所から水色の何かが飛んできた……というか泳いできてアクセサリー持ってる名留ちゃんの脇へ見事激突。衝撃に耐えられず飛んでいく名留ちゃんの横腹に人影がしがみついたのが見えた。


「ごっめんごめん名留ちゃん見えてついつい興奮しちゃった、えへっ。ぁ、あらヤダァお客様いたのお!?」


「ええはい、新しい住民さんです。」


「やだアタシってば挨拶してないわぁ。アタシはすず。錫朱の錫っていうのはアタシのことよ、この海底大陸を任されているの。趣味と本業は可愛い子を愛でることで好きなものは可愛くて美しい子、まあ心愛ちゃんと榛摺ちゃんと名留ちゃんみたいな子はドストライクなの。覚えておいてね?あら勿論来訪者さんも可愛らしくてアタシの好みよ!末長く仲良くしてちょうだいねぇ。」


 ……腰まである水色の髪を、真珠が囲む感じで彩っていて、蛇……?みたいな細めの目の形と、通った鼻筋と薄い唇がより蛇っぽい。でも器用にも笑顔が人懐っこさを醸し出しているせいで、怖さが感じられない。泡吹いて失神している名留ちゃん抱きしめたままだから余計怖さがないのかも……と思ったけど普通に失神気味の女の子抱いてにこやかに挨拶してくるのって、怖いな。


 この方は全体的にボディラインがわかる服、というか、踊り子さんがよく着るような胸だけ覆うのと、ふわりとしたズボンとヒラヒラとしたヴェールが腕に引っかかっている感じの色気ある衣装を纏っている。そしてその口調から女性を思わせるのだが、その……主張している平らな胸と、腕がタケルさんと似た感じに筋肉が主張している点。何より隠しきれていない微妙に男らしい低い声。マイヤさんもどう挨拶すればいいのか困惑気味だった。


「えっと……水の神様?お、お綺麗……です、ね?」


「あぁら本当?似合う似合うとは思っていたけど可愛い子に褒められるともおっとうれしくなっちゃうわぁ!この衣装新作なのよぉ。あ、アタシこう見えて男なのよ意外でしょう?」


「意外でもねーよしっかり女装趣味の変態野郎にみえっぶべぇ!!」


「無粋な男はお黙りなさい。」


 当たり障りない挨拶で場が和み、錫様はそのまま衣装トークへと入っていくはずだったのが聞こえないよう配慮はしてタケルさんがボソッと呟いた言葉を耳聡く拾い、張り手で引っ叩いた。

 ここまで来たらもうお分かりだろう、この錫様、男性だ。顔から下さえ見なければその美貌は確かに女性で通るけど、露出された腕や腹、真っ平らな胸についているがっしりした筋肉で意外も何もない。


「っていうかヤダ、あおちゃんいたの?相変わらず気配隠すのうまいわね。」


「俺がわからなかったのって錫が名留ちゃんしか見えてないからって言うのもあるけどね。」


「あらそうね、名留ちゃんも特別可愛いからついつい……。というか本当珍しいわね、あおちゃんがこっち来るなんて。」


「久しぶりにきちんとした来訪者さん……まあ移民さんだし、ちょっと前に銀ちゃんが暴れている気配がしたから来たんだよ。」


 青碧様の答えに「まーたあの子とそこの使い魔が喧嘩したわけね。」と錫様はすぐ事情を察して苦笑い。うちの使い魔が申し訳ないです、と思いつつ話を進めようとしたら、名留ちゃんから苦しげなSOSが発せられた。


「錫ちゃ……そろそろ……はなしてくだしい……。」


「えぇ〜もう?もうちょっと堪能……。」


「meが小動物ならまだいいけど人型!!見てくれがアウト!!仕事に!!ならない!!それからmeが挟まりたいのは美人なおねーさんかかわよい女の子の豊満か発展途上のやらかい山なの!!」


「じゃあ今度水風船挟んでくればハグオッケーってことねわかったわ。」


 名留ちゃんのどうでもいい主張を心底どうでもいい解決策でねじ伏せた錫様を加えて、錫の区についてご本人様の解説付き観光が始まった。


「行き来を考えて中央区に似た造りを心掛けたけど、完全に違う点は娯楽がメインで移住を限定的に絞っているってところねぇ、ほら、お役所的な真面目な施設、どこにもないでしょ?」


「あ……本当だ、診療所とか見当たりませんね。看板もみんなキラキラしてます。」


「そ。真面目なところは中央と碧摺、錫朱は割とハメを外す担当って覚えてちょうだい。」


「は、はい……あのもしかして、此処に住める人ってお魚さんとかでしょうか?」


「うーん、概ね正解ってとこね。一応住める人間もいるから。アタシみたいなものに好かれているとか、水に愛された人間限定なんだけどね。」


「君の世界でもいたんじゃないかな?その人が手がけた畑は凄く実りが良かったとか、その人が漁に出た日は大漁で……しかも住んでいる場所も水辺や草木が多いところだった、とか。」


 錫様の説明を引き継ぐ青碧様の問いに、マイヤさんは大きく頷いた。


「そう言った人達は恩恵がある場所の近くの方が住みやすいんだよ。」


「へええ……そうなんですねー……。」


「あら、そう考えたら銀ちゃんのところに住める人間もある意味選ばれた人間なのね、鍛冶屋とか酒呑み連中とか……。」


 ボソッと呟いた錫様の言葉にマイヤさんだけでなく僕も納得してしまったのは内緒である。銀朱様のところの治安の悪さは口で説明するのが面倒なのでやめよう。マイヤさんには縁なさそうだし。


「そうだわ、折角此処に来たんだから歓迎のプレゼントの一つや二つ持っていってちょうだいよ!」


「え?」


 店へ視線を彷徨わせていたと思ったら錫様はマイヤさんの肩をスマートに抱いて、一つの店の扉を盛大に開いた。

 僕らが鏡で使えるくらいツルツルに磨かれた真珠色の扉が開いた先は、なんていうか、すごいシンプルなワンピースから持ったら肌触り良さそうで凝った刺繍をしたドレスみたいなものが揃った空間が広がっていた。


「ちょっといいかしら?プレゼントを包みたいのだけれど。」


「まあ錫様!!また名留様へ贈り物ですか?まだ最新作出ていませんわよ?」


「ちーがーうーわーよ、それも欲しいけれど今回はこの子。今日からあおちゃんとこに住むことになった子なの、マイヤちゃんよ。」


 散り散りで仕事をしていたような人達が僕ら……もとい錫様の元にワラワラと集まる。みんな青を基調とした髪色とか、下半身が魚とか、割と特徴的な姿をしているが美人揃いだ。こう、目力と胸の存在感が強い迫力系美人(キチンと女性)が集まって囲んでくるのって、結構圧巻だと思う。マイヤさんもすっかり縮こまってしまっている。


「あらまあ!こちらの方のお洋服を?」


「そ、いいもの見繕ってくれる?」


 隠れようと身を縮めていたが悲しきかなマイヤさん、錫様に肩をしっかり掴まれてしっかり前へ出されてしまった。


「まああ!かしこまりましたわ!ただいま準備いたしますから、錫様方は此方の方でお待ちください!」


「やだ可愛らしい子!服だけじゃ勿体無いわ、やるなら全身よ全身!」


「伝達頼みました、すぐ来るとのことで、採寸室も整えましたので始められます。」


「OK、さあさあさあマイヤ様でしたね?どうぞ此方へ。」


 マイヤさんを見ては皆さん目をキラキラさせあれこれと服を引っ張り出して別室に運び込み、そしてマイヤさんをすず様から優しく受け取り優しくエスコート、ちょっと奥まった部屋へ皆様消えて行った。


「お、これ買おーぜ。心愛に似合うだろ。」


「それもありだけどこっちもありだよね、ほら、露出するとこと隠すところの絶妙さやばくない?」


「お前そういうの探すのクッソ得意だよな。おい心愛これ試着してくんね?絶対似合うだろ。」


「そういうことは銀朱様に借金返してから物言おうねタケルさん。名留ちゃんは着ていく場所を想定しての発言かな?そんな露出激しいのとフリルだらけのもの着てどこに行けというのさ……。」


 マイヤさんを待っている間の僕と名留ちゃんとタケルさんは、洋服について買うか買わないかの攻防戦をしていた。此処の服、買えないことはないけど正直買うなら食費に回したいというのが本音だったり……。


「此処は真珠の子が大好きなのよ。手入れをすればするほど美しくなるからね。」


「つまり彼女は真珠ってことか。」


「あら、あおちゃんもそう思ったから一緒に来たんじゃないの?今を生きている子にしては心根が綺麗な子だったし。」


「はは、そうだね。」


「……別にはぐらかすことないんじゃない?そもそもあおちゃん、一緒に案内に来るなんて滅多にしないでしょ、もう気に入っているって認めたら?」


「……そうだね。つい、いい子だと思ってしまったよ。」


「ふふ、これから楽しみだわぁ。」


「馬鹿言うなよ、彼女は人間だろ。」


「どうかしら?これからのことは誰にもわからないんだからね?」


 傍で2柱の神様が、そんな会話しているなんていうのは僕らは知らなかった。

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