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「名留ちゃーん!心愛ちゃーん!こっちこっちー!」
「ひゃああはー!!!!ハーちゃーんだーぁああああい!!」
潜った先で早々、テンションがおかしい名留ちゃんと目を開いてポカン状態のマイヤさんを見つけてしまった。すわ職務放棄かと思ったが、どうもマイヤさんは碧摺の土地と光景に驚いていたようだ。
「えっ、え!?広、え……魔法みたい……。」
「あはは、魔法使える世界ですから、ここ、一応。」
「へ、あ、すごい、門番さんいる……魔法って本当にあるんですね……それにしてもすごい広いですねここ……お野菜も小麦もすごい育ちそう……。」
マイヤさんは1人上下左右視界を向けては感心している。そして今更気づいたけれど、マイヤさんの住む世界には魔法がないようだ。いいリアクションをしてくれると思った。
「それで、あの男の子って……ナル、さん?のボーイフレンドなんでしょうかね、凄い嬉しそうですし。」
「ええと……そうですね、お友達って意味では間違いではないです。」
さて遠くから、ぶんぶんと手を振り親しげに駆け寄りながらのお出迎えをしてくれた男の子。それにも驚いているのだろうけれど、何より物凄い勢いで手を振り返す名留ちゃんの光景に、驚きっぱなしだったマイヤさんの心臓が落ち着いたようでほのぼのと見守っている。しかし彼は名留ちゃんのボーイフレンド《恋人》ではない。残念なことにうちの名留ちゃんは可愛いものや綺麗なものが病的?狂気的に大好きでそう行った人達に対応が滅茶苦茶に甘いしああ言うふうに振り切ったテンションとスキンシップを取ろうとする。
「ハーちゃーん!!」
「なーるちゃーん!!会いたかったよー!さっきタケルさんが来てね、移住者さんがくるって言ってたから、案内で名留ちゃんもくると思ったんだ!だから待ってたの!」
男の子は名留ちゃんと抱擁してから、パッと顔を上目使い。なお抱き合ったままである。そして繰り返すが名留ちゃんは可愛い子がやる可愛い動作にひどく弱い。後ろから見守っている状態だから顔は伺えないけれど、きっと今、人様に見せられないような表情をしているだろう。
「えっ、ハーちゃんmeのこと待っててくれたの?え?最高なんだけどつまりこの観光仕事を完璧に覚えればハーちゃんといつでも会える……?」
「名留ちゃん案内係のお仕事するの?じゃあ錫ちゃんが喜ぶね!」
「あ、どうしようやる気が死んだ。」
錫様の名前が出た瞬間やる気メーター落ちるのが死ぬほど早かった。
さてこの可愛いという幸せの光を振り撒く妖精(名留ちゃん談)男の子、一見普通……いや違うな、小麦畑をそのまま写したみたいな色の綺麗な金茶色の髪に、瞳はよくお値段高めの透き通った蜂蜜の色。顔のパーツは丸っこいけど整っていて、確かに可愛い。
あと可愛いものが病的なまでに大好きな名留ちゃんが魅了されているし、普通じゃなかった。
そして、白地を主にして刺繍で空色の糸で何かの葉っぱが描かれている彼の服。袖の部分が下に長く流れていて、腕を振ると同じくラヒラと揺れるのが美しい。何が言いたいというと、今着ている服や纒う雰囲気に高貴な気配がちらほら見えるのだ。
「貴方が移住希望者さんだね、初めまして、
「えっ、領主様なんですか?まだこんな小さいのに凄いんですね!」
名留ちゃんからパッと一旦離れてお辞儀する。所作が幼いのもあるから、ああそういう解釈になるよね、と思う。でも違うんだ……。
「あ、ううん、俺ここの神様!」
僕が訂正説明をする前に、針摺様本人が満点の笑顔で否定した。普通の人じゃ到底理解できない事実も添えて。
「……え?」
「俺、ここの地区を治める神様の1人?ん?違うな、ひと……いいや後であおちゃんに教えてもらお。神様のひとつだよ!」
「………………え?」
マイヤさん、一言発するのに凄い時間かかっているし、また思考が止まっている顔してしまった。けれど榛摺様は気にしない、何なら説明という僕のお仕事をさらっと奪ってくれている。
「神様は俺入れると4人いて、火山と海の中の地区は銀にいと錫ちゃん、こっちはもう1人、あおちゃんが神様として治めているの。あ、碧摺の名前は俺とあおちゃんの名前から取ってるんだ。覚えやすいでしょー?」
「あ、あの、門番、さん、神様ってこんな親しげにお話って……できる、ものなんでしょうか。」
「当世界ではよくあります。」
当世界、と強調したのにはちょっと訳がある。それは世界観というよりもこの神様方の出自から来ているもので、割とデリケートなことだから果たして説明すべきかどうかと思案していると、マイヤさんは首を傾げて此方を見たままだった。
「……当事者じゃないので詳しくは話せないのですが、考え方、感じ方が人に近しい神様、と捉えてもらった方が早い……でしょうかね。」
「はあ……人に近しい……。」
あ、どうしよう、全く納得いっていない。納得いってもらうためにどう説明すればいいか考えあぐねていると、僕の傍にヒヤリとした風が通り抜けた。
「俺達のことでしょ、知られても不都合はないから話しても大丈夫だよ。」
低くも優しい響きのある声に、僕らは彼が降り立ったところを見やる。
榛摺様と同じ型の衣服は、快晴の空を連想させる生地をメインに、金色の刺繍が縁取りで施されている。彼も袖が同じく長く垂れていて、不思議な作りをしているなぁと毎回思う。落ち着いた大樹の色を思わせる緑の髪と衣服と同じ色の目は垂れ気味の……何だろう、こう、幸せになれそうな人の顔というか、特徴はないけれど、笑顔になると更に優しさに溢れている印象だ。突然空から現れ、宙に漂っているままいる男性はそのまま一礼した。
「初めまして、ようこそ碧摺の区へ。俺は
「あ、は、ど、どうもご丁寧に……マイヤです、よろしくお願いします。」
「そして質問に対する答えなんだけど、俺達は此処と別世界で生きてた人間で神様の贄に選ばれて死んだんだ。ただ何の因果か元の神様と一体化してしまってね、転生しようにもできなくなったところでここに住まわせてもらって今に至る……という感じなんだけど、納得してもらえたかな。」
「ちなみに俺もあおちゃんも、死んだ時の年齢で止まっているよ!」
「あおさんハーちゃん納得も何もマイヤさん生贄って聞いてから顔真っ青泣きそう!!その話はストップ、ストーップ!!!!」
青碧様が穏やかな笑顔で包み隠さず本当のことを突っ込んできた、簡潔だけどサラッと聞くには重すぎるアンサーにさすがの名留ちゃんもストップを入れたが時すでに遅しだ。
「い、生贄……一体化……?」
「名留ちゃん何か飲み物をお出しして。落ち着いてもらって。」
「あ、今日とれたての牛乳で作った沼地オレあるよ!皆で飲も!あ、ねえあおちゃんお菓子ない?せっかくだからみんなでおやつ食べようよ!」
「待ってハーちゃんオレだけでいいと思うよ!!ピクニックは今度にしようか!?」
「
「あおさん何気に準備いいですね!?」
気を失いそうなマイヤさんを抱えてツッコミ捌いていく名留ちゃんを眺めながら、神様意識の説明フォローって難しいなぁ、と僕はうっかり現実逃避をした。
「不躾なことを聞いてごめんなさい!!」
「いやマイヤさんは何も悪くないよ、うん、me達がきちんと説明すればマイヤさん混乱せずに済んだもんね……不甲斐ないです。」
「そうですね、濁していた僕らにも責任があります。」
結局ふかふかのシートを木陰に敷いて、ミルクたっぷりのお茶に龍粉餅が広がる前にて深々と頭を下げる僕ら3人。そしてそれを温かい眼差しで見守る神様2人。原因は貴方方ですとは言えないので謝り続ける。
「いつまでも謝ってても仕方ない……って僕らが言うのもなんですが……話を進めても大丈夫でしょうか?」
「あ、はい、お願いします。あとミルクに葉っぱ?混ぜたの?美味しいですね。名前が何故沼地なのか不思議ですけど……。」
マイヤさんは温かいカップに口につけて微笑む。取り乱していた気は持ち直した様子。
「遠いから今日は案内できないけど、この地に沼地があってね、そこで生えている葉っぱで作ったお茶だから沼地オレなの。あ、花も綺麗だから是非見にいってね!」
「あ、はい、是非。」
「龍粉餅もどうぞ、今日のは美味しく作れたと思うよ。」
「え、作ったって……これ、神様が作ったんですか!?」
「はは、神って言っても元は人間だから仕事は欲しいんだよね。それから俺達のことは名前で呼んでほしいな。神様って言われるのちょっと恥ずかしいから。」
青碧様はそう笑って僕らの分まで丸く整えられた真っ白いそれを渡してくる。指でつまむと持った部分が沈みこむ感覚は、よく食べるけどやっぱり不思議に思う。マイヤさんも恐る恐る口にしてそしてしばらく咀嚼してから声を上げた。
「わあ、不思議な味……でも美味しい!甘いのに、どこかしょっぱい!中のソースの味……?」
「はは、ご名答。この塩梅がまだまだ安定しなくてね、今日は成功したみたいでよかったよ。」
マイヤさんの喜びのリアクションは青碧様も嬉しかったらしい、穏やかな笑みがなお穏やかになる。青碧様が来訪者さんに穏やかな態度のままだから、大丈夫だなと内心思いつつ。
「ねぇ、これいつも美味しいのに成功とか失敗ってあるの?meわかんないよ……?」
「大丈夫、僕も分からない。」
青碧様の成功ポイントが結構繊細でわからないものだと再確認した僕と名留ちゃんは顔を見合わせて……とかやって和やかな雰囲気が完全に戻ってきた頃、龍粉餅の半分を食べた榛摺様がニコッと笑って本題へ切り込んだ。
「そうだマイヤさん!住みたい家とか土地とか、何か欲しいなって希望はある?」
「希望、ですか……。」
「例えば牛が欲しいとか、家が大きい方がいいとか、そういう希望、何かある?」
榛摺様がニコニコと聞いてくることに、マイヤさんは口元に手を当てて考え込む。思考を経て、しかしまだ考えるようにゆっくり口を開いた。
「私は此処にくる前、ええと、別の世界というのでしょうか、小麦を作る仕事をしていましたので、出来れば小麦畑とか……そうですね、あと、お野菜やお花が育てられたらいいかなーって……高望みですよね。」
「OK、土地の広さもそれが叶うくらいでいいのかな?」
「へ?」
「そのくらいなら叶えられるよ、小麦畑と、野菜とお花の畑でしょ?んー、規模的には……。」
「は!!待ってください、あ、大農家じゃなくて1人で管理できるくらいがいいです!!」
「え?そうすると結構小さくなっちゃうけど、いいの?」
「は、はい、私1人ができる範囲でいいんです!」
「榛摺、この方は1人で来たんだ。1人で暮らして落ち着けることを念頭に入れなさい。」
「あ、そっかぁ!一人じゃおっきくても大変だね、わかった、ついてきて!」
青碧様に助言をもらって何か思いついたのか、榛摺様が先をスキップみたいな足取りで駆ける。それに僕らはついていく形で地区を眺めながら歩いてついていった。
「大丈夫なんですかね……私、凄く欲張りなお願いをしたのに……。」
「いや普通……?というか、まともだよね心愛ちゃん?欲張りどころか全知全能の力を寄越せとか、強欲な人がいたもん。」
「全知全能……あげられるんですか?そういうの。」
「無理です無理。だからそう言う人は元の世界にお帰りいただいている……よね。」
マイヤさんへ返した答えが正解かどうか確認するように名留ちゃんがこっちを見たので、言い方としては間違っていないから僕は頷く。マイヤさんも「そうですよねぇ。」と納得してくれたからこれ以上何も言うとことはない。
「よし、ここにしよっか!」
と、そんな小話を挟み、小麦と畑と田んぼと牛が続く道を歩いて着いたところはまだ小山として盛り上がっている場所。一面何もない、草しかない場所だ。
「じゃ、始めるよ!おいで【ヘニスタ】!」
その中央へ駆け登った榛摺様が元気よく両手を天に向けると、一直線に走る光。彼の手に巨大な槌……僕くらいの大きさがあるんじゃないかと思うくらい大きいハンマーになった。
「新しい人が住みやすいお家をつくるよー!」
元気よく宣言すると、軽々と振り上げたハンマーで盛り上がる小山を一回叩いた。
「ひ?!」
ずん、と立っているのが難しい振動が一帯を揺らす。すかさずマイヤさんの肩を掴み支える。そのタイミングで青碧様が指を鳴らし僕らを地から少し離れる程度に浮かしてくれた。なお名留ちゃんは事前に飛んでいた模様。来訪者さんへ気を遣うことを後で教えよう。「よいしょー!」という元気な掛け声と共に降ろされるハンマー2回で、山は真っ平になった。
「お家はー……この辺にしよう【ヘニスタ】!」
その真っ平を眺めて一角を見つけると、その地にハンマーを振り下ろす。突然木と土が湧き上がり、よく見る家の形に組み上がっていく。また別の一角を振り下ろせば広めの、しかし1人で管理できそうな畑が2つ。そして家の脇に花がちょうど5つか6つくらい咲きそうな空間が出来上がっていく。口をぽかんと開けて交互に見てくるマイヤさんへ青碧様が穏やかに笑った。
「土を司る神と一体化している影響でね、榛摺は家を建てたり畑のベースを作るのが得意なんだよ。」
「僕らの世界では『構築』と言う意味の魔法になっていますね。いやーいつ見ても早いなー……。」
「すごいですね……神様……。」
「あ、碧摺の区に建ってる建物は、最初は必ず榛摺様に建てていただいています。」
「えっ!?さっき見たおっきい牛小屋とかもですか!?」
「そうですね、後から自分で改築している部分もありますが、最初は榛摺様が建ててます。居住後に災難から守っていただくための意味もあるんです。」
「すごい効果ありそう……。」
……僕も入れないようにしてはいるが、力が強い天使や悪魔が束できたり、強くかつ狡い方法を使って門とは違う場所からこの世界に侵入するのがいる。そんな天使と悪魔が世界の人に手を出せないよう講じた対策として、榛摺様と一体化している神が持つ守護の力によって侵入できないようにすることだった。人だった頃の榛摺様の特性が『構築』というのもあり彼が建てた建物は後で僕らが強化なんてしなくても、触れたら腕が消し飛ぶレベルに要塞が完成されていた。
「できたよー!」
榛摺様の奮っていたハンマーが消えると同時に、小さくもしっかりとした一戸建の小屋が一つに、小規模な畑。
ちなみに室内は窓が2つくらいに、木で作られたテーブルに椅子、玄関より奥の方には暖炉、鍋がいくつかと食器が一人分。薪もあるしベッドもきちんと整えられていた。完璧に今日から暮らせるセットが完成していた。
「わ、素敵……!すごい、住んでいた家に似てるんですけど、もっと心地い感じがします……!」
「マイヤさんが住みやすいお家にしたいなーって思って造ったから、気に入ってくれてよかったよ!」
マイヤさんの輝かんばかりの笑顔に、榛摺様もにっこりと満足げに笑った。はしゃいだテンションのまま一頻り内装を眺めたマイヤさんは、満足したのか此方を振り返って深々とお辞儀をした。
「どう御恩を返せば良いのか……!本当にありがとうございます!」
「ははは、お礼言うには早いですよ、案内は終わってないですから。」
「錫朱の区は俺も一緒に行くよ。」
「え!?青碧様が?!」
驚く僕へ青碧様がにっこり笑った。しかしその後に言われたお言葉はこれだ。
「さっき相当強い火炎の匂いがしてね、ちょっと様子見ようかと思ったんだ。」
「……あのう、それって……。」
「強い炎の匂い、それが二つ。」
「銀朱様と張るくらいの強い炎ってもう……。」
思い浮かんだ顔は、先程頼んだ用事から一向に戻ってこない一人。頭を押さえてしまった僕に、首をかしげるマイヤさんと名留ちゃん。
マイヤさんはともかく、名留ちゃんが僕によぎった感情を知るのはその区へ着いた後だった。
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