住民案内も仕事の1つです

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 【中立世界】に移民希望というのは滅多に来ない。ここに訪れる条件を知っている人が少ないっていうのと、本当、世界滅亡してどうしようもない死ぬかもしれないっていう瞬間に奇跡的に道が繋がって辿り着いちゃった、みたいなことが多い。あと大体来るのは天使とか悪魔が化けた連中。見破ってその場で戦闘開始が本当多い。もう何回やってんのさ、諦めてよ。


「ありがとうございます、ありがとうございます……!!」


 そして今、僕の前に座って平身低頭でお礼言っているこの女性。たまたまが重なり此処に来た人で、移住希望の人である。天使や悪魔が化けた姿じゃないし、理由もここに住むに問題はないという、めちゃくちゃ稀なパターンだし僕自身も久しぶりの事象で動揺が隠せずにいた。だから彼女を立たせると言うことも忘れている。


「ねぇ、この人今の世界はどうしたの?」


「突如起こった大洪水で世界が沈んだとさ。」


「……えっ?天使と悪魔の介入とかなく?」


「そ。心愛もさっき調べたが天使も悪魔も介入なし、しかもクソくだらねー理由で世界破壊が起きた。んでその人だけ流されてる途中木に引っかかって、たまたま持っていた鏡と水面が合わせ鏡状態になってここに飛んだわけだ。」


「わーお奇跡の生き残りコンボ。」


 僕の横で真面目に調書をとっていたタケルさんが、半分寝ぼけて聞いてなかった名留ちゃんへ事情を横流ししているのはあえて注意しなかった。むしろ僕も自分が確認したことだけどそれが間違いないか二重チェックになると思ったから。しかし何回聞いても確認しても。


『その世界の夫婦神が痴話喧嘩した結果大洪水起こして住処を壊しましたごめんなさい。修復まで結構時間(人間年数でいうと数億年)かかるので生き残った彼女をとりあえずよろしく!』


 ……って、どう要約と解釈しても辿り着く事実がこれだから、追い出すなんてできないよねって話になった。


「ことがことだから、今日は門を閉めるよ。」


「あぁー、そうだよなぁ空き場所探さねーといけないのか。じゃあ俺は調書出して移住許可とってくるわ。まあ問題ねーとは思うけどな。」


 タケルさんがすぐに事情を察してくれて、正門をさっさと開けてさっさと中へと消えた。

 取り残されたのは別の扉を作る僕と、はてなマークを頭に浮かべていそうな名留ちゃんと移民希望者さん。


「今、僕の使い魔が住民登録などの手続きを行なっております。その間、【中立世界】について一通り説明していきますね。」


「何それ観光案内みたい。」


「似たような感じだよ、いずれ名留ちゃんにもやってもらうからね、お仕事だからちゃんも覚えるように。」


 僕の付け足した言葉に、悲鳴のような返事が返ってきたのはスルーして、できた扉へ杖をトン、と軽くぶつける。


「【キファ・ボレアリス】中立世界が見える空へ連れて行って。」


 杖を彩る宝石にぽうっと灯った緩い光が扉へ流れ込むと勝手に開いていった。


「では改めまして。ようこそ移住希望者さん、これより僕【境界門の門番】心愛が当【中立世界】の案内を務めさせていただきます。」


 僕の扉の先は空。その下に【中立世界】がポツリと形ついている。中央の陸地は色鮮やかな屋根と菱形だのタワーだののありとあらゆる形の建物が並び、北側に広大な森がある。これが中立世界の中心街、皆【中央区】と呼んでいる。住んでいる人はいるにはいるが、どっちかっていうと商売とか僕らが集まって仕事とかする場所、という意味合いが強い。


 向かって左側、太い橋で繋がっているのは中央陸地より広い陸地。パッと見たところ平野ばかりで畑の緑と金色の小麦畑と、ところどころ住宅街がある。その奥は山がいくつか見えているが、結構遠くにある……ように見せているが結構近い位置にあったりする。歩いて数十分とか。


 説明順序を考えて景色に目を走らせていると移住希望者……長いから名前で呼ぼう、『マイヤ』さんが浮いている自分にちょっと悲鳴をあげていたのを、落ち着かせるようにちょっと肩を叩いた。


「怖いようでしたら僕の服につかまっていてください。」


「ひいい、す、すみません、すみません……!!空なんて飛べるんですねこの世界……。」


「ええと飛べるのは今特別なんで、普段は飛べないです。」


「あ、そうですか、よかった空飛ばないとダメな世界だったらどうしようって……。」


 結構気が動転していたらしい、空から俯瞰して全体を見ようはまずかったかもしれない。今度から移民クリアしたら空飛んでも大丈夫か確認しよう……と反省しつつお仕事再開。


「まず僕らのちょうど真下にありますのが、中央陸地。僕らは中央区と呼んでいます。そうですね……店とか働く人が集まっている場所と思ってください。困ったことがあった時頼る機関も此処に集約してます。」


「困ったこと……病気や怪我とかはその中央区に行けば治せたりするんですか?」


「はい。緊急時の場合のことや住宅などはまた別に説明しますが、そう言ったことは基本的に中央区で解決します。それで向かって左側が【天地の区:碧摺へきずり】。こっちが住宅、農耕、生産系の地域という感じです。」


 マイヤさんは「ほえー……。」と感心した声を上げた。そこに溶け込んで「ほー。」なんて感心している名留ちゃんのことはもちろん見逃しも聞き逃しもしない。最近この世界について教えたばっかだったんだけどな?後で抜き打ちテストしようと決めた。


「診療所とか、お料理屋やお洋服を作ったり売ったりするところは中央区に集まってて……その材料を作ったり人が休む場所みたいなところは此方って、分けている感じなんですか?」


「あ。そうですそうです、碧錫の区は元々が広い上に、何もしなくても人を含めた生き物が住みやすい土地になっています。それで……。」


 僕が向かって右側へ視線を向けた……時、もう何度も見ているけれど今見たくない光景が飛び込んできた。


「えな、な!?噴火!?」


「右側は【炎流の区:錫朱すずしゅ】……まぁ見た通り火山と水で構成された区です。」


 中央陸地と同じように浮かぶのは土と岩とマグマの赤が目立つ岩国。そしてその下……つまり海底にもう一つ陸がある。海底大陸というやつだ。これは遠くで見るより安全確保をした上で見学してもらった方が早い。


「後で少し見学しますが、火山だらけなものですから噴火は分単位、噴火じゃなく殴り合いで岩壁が爆破するのも分単位。岩場で出来た自然コロシアムで誰かが毎回喧嘩する、住むのには一番向いてない区になります。」


「え、噴火じゃない方は放っておいていいんですか?」


「あえてそういう風にした区でもありますからね……そして水を示す区は海底大陸になります。此方も見た方が早いので説明は今は割愛しますね。」


「海底……たいりく……。」


「あっ海底大陸って……え、あそこ行くの心愛ちゃん。」


 マイヤさんはとうとう思考放棄顔で上を見上げてしまい、名留ちゃんは海底大陸、の単語であることに気づいたのか嫌な顔。そういうのは覚えてるんだね、と思いつつ、でもお仕事だよ、と笑って黙殺。


「最初に住む場所の確保をしに、碧摺から行きましょう。」


 杖の先端で空で叩く。木で出来た門が造られて目の前に現れる。


「【キファ・ボレアリス】、碧摺の区へ。名留ちゃん先に入って、マイヤさんを案内して。」


「OK、マイヤさんmeの服か手か肩掴んでてね、あ、眩しかったら目瞑ってていいよ、着いたら声かけますからねー。」


「は、はい!」


 開いた扉、白い光が溢れる向こう側へ最初に名留ちゃん、そのすぐをガッチガチに緊張しているらしいマイヤさんが、フリルがふんだんに使われている名留ちゃんの服の裾ををぎゅっと掴み、更に目も同じくぎゅっとした状態で潜っていき、最後に僕が入る。

 久しぶりの大陸巡り、喋るの主に僕だからのど飴か何か、長時間喋るのに向いているものを持ってくるべきだったなぁと僕は呑気に考えていた。

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