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 少し話をしよう。


 僕らの世界の『人間』は、尤も得意な魔法の使い方と属性、その結果(威力など、質、みたいな意味を示すよ)が生まれながらに決まっている。別に色んな属性が使えないわけではないが、炎の攻撃魔法が得意な人は水の魔法や治すといった魔法が苦手、という意味合いで解釈してほしい。


 あ、魔法があるなら人は魔力を持って生まれるのではないか?とか、悪魔や天使、精霊はどうなの?いうのは、まず人外組の魔力概念は人間と異なるのでこれは割愛させてもらうね。それを踏まえて言えば、僕らの世界で人間が魔力を持って生まれることはない。人間が使える魔力は色々面倒な説明があるので、強いていうなら『魔力はそこら辺にある』と言っておこう。


 それら前提に僕の得意な魔法の使い方は【偶像化】だ。これ実はあの説明の時に伏せていたが、僕が頭の中で想像したものが明確であればあるほど忠実に現実化出来る、『あらゆる世界で知識として残されていて僕がそれを知れば、どんなものでも偶像化できる』と理論だ。


 そもそも召喚というのは僕らの世界にとって、使いづらい魔法の一つである。文献通り、正確な知識を以ってその姿、その力を呼び出さなければ使えない。何故なら魔力だけでなく縁あるものを集め、異世界から僕らの世界という異世界に、魂と肉体両方引っ張って来る方法なのだ。知識の欠如が一つでもあれば全く呼び出せないどころか恐ろしいこと……使い手が死ぬレベルまでいくということは聞いたことがある。じゃあその通り呼び出せればOKこれで安泰、というわけでもない。扱える魔力の量と質によってはほんの数秒だけしか使えないとか、呼び出したものによっては命削らないとダメなことがある。日常で使うにはデメリットが大きすぎて侵入するやりすぎ連中へ即時対応する必要がある今の職場にはあまり向いていない能力だ。


 でも僕の【偶像化】はちょっと違った。知識があれば伝承通りの力がなくてもハリボテのように出せたり、ある条件の下で使えば伝承よりも強力な力を持つものをそこに現す事ができる。【偶像化】は僕の思考・記憶を魔法で動かしているのであって、本体を呼び出すものじゃないから、ということにしておこう。


「おらおらぜんっぜん当たんねーぞクソゴミボケ天使が!!!!それで俺ら悪魔殺せると思ってんのかぁ!?」


「はいはいはいちゃんと命取る気で狙ってんのー?ぜんっぜん当たんなーい下手くそー弱ーい雑魚ーい!!ざぁーこ!!本当に本気出してるー?!」


 それでも偶像化できるものは限られている上に発動だって即座じゃない。然るべき手順を踏んで喚び出して契約も結んで使い魔になってくれたタケルさんと名留ちゃんがいて、召喚士という名目で中立世界境界門の番人なんて役職をこなしていけている。

 今盛大に煽って2体を相手しているタケルさんと名留ちゃんは、僕がキチンと手順を踏んで召喚した【正真正銘の伝承にいる者】なのだ。僕自体が普通の召喚ができないとは言っていない、手間がかかるからやらないだけだ。


 話が逸れてしまった。さてそんな契約主な僕を放って発展している戦況なのだが、タケルさんが天使、名留ちゃんが悪魔を相手取っていて、現在優勢なのは僕らの方。天使と悪魔が爪を振り上げて叩き切ろうとか悪魔は炎吐いて応戦とか、天使は目から光のビーム出してこっち焼こうとしているんだけど、うちの使い魔全部避けてるし何ならこっちの炎を当てて身体を燃やしている。二人とも煽り文句もつけていて余裕だなぁ。


「……ってうっかりしてた、ごめん!!2人の力解除するの忘れてた!!それじゃそこそこの攻撃しつつ避けるしかできないよね?!ほんっとごめん!!」


「あ、大丈夫大丈夫これ準備運動だからー!!」


「そうは言っても片つけるなら早い方がいいでしょ!!『アルカナ【審判】の名において、アルカナ【悪魔】の戦線投与の許可をする』!!」


 戦っているというだけでテンション上がってる声音の名留ちゃんに返答しつつ、解除の声を上げた。一見何かが変わったようには見えないが、僕には2人の気配がガラリと変わったことがなんとなく分かった。分かった上でこう付け足す。


「枷は外した、存分に遊んでらっしゃい。」


 瞬間、2人の羽が青と黒の光に彩られる。怯んだのは天使だった。


『な、何だその力は!?』


「何って……俺らのアルカナとしての悪魔の力、真名契約と力の制限と解除ってのはよくある話じゃねーか。」


「ただme達って、真名と別にアルカナの名前使って制限かけないと日常生活不便なんだよね。パン持っただけで焦げたしさ。あれは泣いたわ美味しいパンだったからさぁ……。」


 ああ名留ちゃんの言葉で思い出した、さっきから出てきている【アルカナ】についても説明しておかないと。


 【アルカナ】は魔力の使い方や質、天使と悪魔との戦いにおいての評価を総合して例えられる名前みたいなもの。コードネーム?二つ名?そういう感じと思ってほしい。誰が強いからこの名前、という意味では基本的にない。

 使い魔として僕に協力してくれている名留ちゃんとタケルさんが【アルカナ】を持つことは本来はない。でも彼らは元々の力が強すぎて真名とは別の名前をつけて契約しただけでは力の制限ができなかったのだ。それこそ持っただけで物が燃えて日常生活にそこで【アルカナ】を使い魔に持たせ、名前を使って力の制限することで日常生活を送れるように二重契約で制限をかけたのだ。これ実は初めての試みで成功する確率は格段に低かったと言われていたけれど……。


「言っとくがこんな不便な二重契約、心愛だから契約に応じたんであってあいつ以外の召喚士とかだったら速攻帰ってるからな。」


「心愛ちゃんがかっこよくmeの力を解放すんの?OKOKバッチこい!!」


 アルカナ契約を持ちかけた際、このコメントでもって快諾してくれた2人によって100%の成功率を叩き出した。これには感謝しかないなぁ。なんて回想に耽っていたら悪魔がタケルさん達に向かって何故何故と喚いている。


『そんな、それほどまでの力があって、何故人間に与する!?天使との戦いを望むなら人間に縛られずとも我らと共にくればいつだって……!!』


「はあー?ああそうか、てめーにゃわからねーだろうな。寿命まできっちり守りてー上に背中預けて戦えるほどつっよい、いーい女に束縛されんのが最高って感覚。ただただ魂を消耗品として見ているお前らにとっちゃ、わからねーだろうなぁー?」


「普段ホワホワしてて美人で可愛よいのに戦う時女王様になるギャップ持ちな人って、me的に最高のご主人様なんでむしろ傅かない理由がないんだけどこれで答えでOK?分かってもらえるとは思っていないけどね。」


 炎を自分の周囲に巡らせた2人の手に、また新たに炎が一つ。

 青、紫、橙が混じって悪魔らしい不穏な色の炎が収縮されていき、それぞれ武器の形になる。それですら禍々しい気配を感じ取ったのか化け物化した悪魔と天使、両者後退か飛び立つことで戦線離脱を図ろうとしている動きを見せるが、突如悲鳴が上がった。どうやら広げた羽根に炎が燃え移ったようだ。自分の図体と炎の接触距離というのを測り損ねた結果だが、両者水魔法を巡らせ消火活動をしようにも消えない、むしろ勢いを増している。実は油でも注いでいるのだろうか?


「無駄な努力お疲れさん。ここまで見たらもうてめーらと俺じゃ格が違うって分かってんだろ?」


 暴れる天使の頭の上にタケルさんが軽快に乗る。その手には禍々しい色の炎が立ち上った銃が一丁。銃というには銃身が長剣くらい長く、銃口も大きい。もちろん持ち手部分もそれなりの大きさがある。


「はーいはい、そっちも抵抗おしまーい、ね?」


 悪魔の背中には名留ちゃんが笑顔で着地。その手には彼女の身長以上の長さもある鎌。刃が接続している部分というのだろうか、小さい髑髏がいくつもついているそれを持ち、乗った位置から狙いを定めるように、丸い目が細まる様はまさに悪魔だった。

 天使から引き攣った悲鳴と、くるなといううわ言が漏れている。タケルさんはその手に持った武器を、無慈悲にも向けた。


「俺の方が格が上。だから、てめーに俺の炎は消せない。爆ぜるぞ【カーフ】。」


『く、くるな、やめろ、離せ!!やめっーー!!』


 まず銃声が一つ。禍々しい暗黒の瘴気とかが登っているハンドガンの銃口から青い一つのボール……炎の弾丸が、天使の脳天へ穴を開け吸い込まれる。


『ごあああああああああああああああ!!!!』


 貫通して出ることはない。タケルさんが撃ち込んだのは内部爆発するタイプらしい。白と金の毛に覆われた獣の体の、腹部にあたるだろうところが破裂して、黒い瘴気と炎が広がった。


『ま、待て待て!!わ、私も契約をしてお前達と力を合わせて……!!』


「はあ?meがてめーみたいな生き汚いにも程がある汚物を大事な心愛ちゃんにに近づけるわけねーだろバーカ。」


 そしてその脇、酷く冷めた声の名留ちゃんの声の方は、悪魔の首と胴体が綺麗に二つ音もなく分かれていた。


「【カッパ・ピスキウム】、骨も残さず、いっただきまぁーす。」


 少女が妖しく笑う。鎌が切り裂いた遺体は、切り口から噴出した蒼炎に飲み込まれて、彼女の言葉通り骨も残らず燃え散ったのだった。


「……それで、君にとっての不安因子はこれでなくなったわけだが、このまま元の世界に戻る?」


「あんた達にとっては迷惑だったかもしれない。だが此方は助かった。感謝する。」


 灼熱の世界が元の世界に一瞬にして戻る。同時にもう一つ、作っておいた扉から1人の影。

 剣士としての相貌をしている彼は、視線を下に移した。


「……マサルーが死ぬとは思っていなかった。」


 彼の足元には色褪せて錆びた鎧と、ボロボロの剣だけが転がっていた。天使や悪魔の力に侵食された人間は跡形も残さず死ぬ。僕らの世界にとっては当たり前の知識。人間と天使悪魔はまず身体の作りが違うし、そして双方魔力という概念のない世界の人間にとっては強力な力を持っている。魔法も何もない世界から来た人間にそんな力を授けたら、おかしくもなるだろうし身体だってボロボロになる。だから彼が二つの力を身に纏い、使い続けて死んだ末路が骨も残らないことは何もおかしくないことだ。彼らがいた世界がどのようなものかはわからないけれど。


「残念だけど悪魔と天使にああも利用されていた以上、彼はどっちみちこの末路を迎えていたよ。」


「死期が早まったと思えということか。」


「冷たいだろうけど、そういうことだね。」


 いつの間にか風化していた勇者の亡骸のように、天使と悪魔の力を一身に受けていたであろう鎧も剣も風に煽られ砂となり、徐々に形を失っていく。


「英雄として与えられた悪魔と天使の力を相当使っていたようだね。」


「悪い奴じゃなかったから、せめて、元の世界に帰すか……墓を作ってやりたかったけど、それすらも叶わないか……。」


「そんなことよりてめーはてめーの心配した方がいいんじゃねーの。」


 哀愁漂う青年へ、冷めた声でタケルさんが横槍を入れる。


「てめー、このまま戻って1人で魔王とやらをどうにかするんだろ。その方法も知っているみてーだしな。でもてめーがやったところで終息すんのは一時的、人間はまた同じことを繰り返すぜ。」


「それでもやらないといけない。一時的だとしても俺は、精霊達が少しでも休む時間を作りたいんだ。」


タケルさんの甘言を彼は強く跳ね除ける。


「あれほど優しかった精霊達が怒った原因は俺達人間にある。怒りを沈めるにはその世界の人間の命を使って、魔王ごと精霊達を一時的に別の世界に隔離するしかない。俺は魔法とか使えなかったけれど、生命力だけは高かったから。」


「え、君1人の命である一定の期間精霊達を隔離できる世界が創れるってこと?怖っ……!!」


 凄く力が抜けそうな名留ちゃんの解釈が口から漏れたところでタケルさんが拳骨を落とす。黙らせるにしろもうちょっと違う方法を取れないものかと思うけれど、言うのも野暮かと思って見ないふりをした。


「君が世界を切り離すための物理的な力と、精霊達を維持するための生命力を持っているってことも……それを行うことで君らの世界は長いこと魔法という概念が使えなくなること、君の世界の人達は気付いていたのかな?」


「魔法が使える世界で生まれたくせに魔法が使えない俺が、自分達の救世主になる筋書きを嫌ったからマサルー達を勇者として担ぎ上げたんだろ。俺の世界は魔法が使えない人間は劣っていると捉えられているしな……だが、魔法が使えなくなるって話は確実に知らない。あの魔王こそが精霊の根源様だとも知らないようだったしな。」


 彼が自嘲してそれきり口を閉ざした。もう僕らに話すことはないと思ったのだろう。


「僕らは生きるものの選択肢を守る立場。君の選んだことを止める権利はない。原則、不干渉の立場にある。」


 ふと視界に入ったそれが、光を放つ。鎧があった場所に、風化せず転がっていたのは丸く磨かれた透明の水晶玉だった。


「これ、元々は時間を長く伸ばすための増幅補助の水晶玉なんだけど、持っていっていいよ。」


「え……?」


「恐らくこれは『精霊達を少しでも長く休ませたい』と君が望んだことで生まれたものだ。望み通りの補助をしてくれると思うよ。」


 足元に転がっていた水晶玉はふわりと勝手に浮かんで剣士くんの手元に浮かぶ。彼が両手で受け止めると光を落ち着かせて収まった。

 そして杖で空をトン、と叩く。白と金縁で彩られた扉が現れた。


「さようなら来訪者さん、選択の果てに幸せがあることを願っている。」


「……ありがとう。この礼が返せないことが悔やまれるが、あんたが正してくれた使命、必ず全うする。」


 剣士くんは扉の中の白い光に包まれて消えていく。振り返らないまま去っていく彼を見送って……扉は閉じる、そして音もなく消えた。


「……はーやだやだ、自己犠牲心強い奴ってのはこれだから……。」


「おじさんああいう人すんごい嫌いだよね。」


「命超粗末にした割に得られるもんが少なすぎるの分かってんのに、あえてその道選ぶ意味がわからん。」


「あーでも、それは確かにって思うね。あれかな、そんな自分がかっこいいって思ってるのかな?」


「その思考だったとしても、理解できんししたくもない。」


 剣士くんの選択肢へ辛辣な悪魔2人に苦笑しつつ、僕はまた一つ別の扉を作った。茶色い自宅風の扉を見た2人の、ちょっと苦い顔が一気に明るくなる。


「ほらほら、もう仕事おしまいにしたから帰るよ。それともまだ仕事する?」


「バッカ酒取るに決まってんだろ!!」


「カルボナーラカルボナーラ!!今日の運動量なら3杯くらいはいける!!」


 テンションが上がった2人を先に扉を通す。


「彼は気付いていないだろうなー……予言をしたお婆さんっていうのが、彼の言う根源様の写身ってこと。だってそもそもここに来る方法を知っているのは、大抵人外だからねー……」


 誰もが聞いていないだろう独り言を呟く。そして同時に思い出すのは、剣士くんが持っていった水晶玉。


 実はあれ、補助道具と濁してはいたが本当はわからない。気配からして悪いものじゃないのだが、魔術的なものが込められていたのは確かで、その中身は恐らく似たような魔法を使う僕だから気づけた。


「あれ多分、精霊の根源様が空間転移用の魔力を溜めたやつじゃないかなぁ……。」


 口に出したその魔法が発揮したその行き先が、何となく察してしまえる。

 根源様がもし、あの剣士くんを生かすつもりなら。そしてその生かす環境を予め整えているのであれば……?


「……ま、こんなこと今考えても、仕方ないね。」


 僕は思考をそこでご飯のことに切り替え、扉をくぐっていく。

 きっと、彼らはいい方向へ行くだろうというほぼ確定した未来に、憂はいらないだろうと思って。

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