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戦争というものは、終わったら「はい、お仕舞い」というわけにもいかない。戦後処理が残されている。
セゴナは戦勝国とはなったが、モヴィ・マクカ・ウィに対して金銭や土地的な賠償は求めない方針。
戦争という大掛かりなことをしたわりに後始末はそれだけでもぐっと少なくなったが、結局仕事量の寡多は、部署によって大きく変わってくる。
ジュが戦争勃発した時から働いている鎮守府。ここには、一番大きな問題が残されていた。
モヴィ・マクカ・ウィの兵士。
国の威信のためにセゴナと戦い、あちらでは戦死扱いとなった者たち。
この兵士たちを国へ返さなければならない。
これまでずっと気絶した状態を引き伸ばして戦力を無力化させていた。戦争が終わったからには、今度は眠りから覚ませる必要もある。そうして傷の少ない者から順次、帰国してもらうことになる。
二十万人近い人間を一挙に帰すと、まだ敗戦で混乱が続いているモヴィ・マクカ・ウィに更なる混乱を引き起こすことに繋がると、セゴナの政治家たちが協議したための結果だ。
まだナビゼキに腰を落ち着けていたジュは、鎮守府に出頭して手伝えという命令を、ニム長から遠距離通信鈴を利用して伝えられた。
捜索隊はナビゼキに放置したままで、母が陣頭となって見守ってくれる算段。この兵士たちの処遇についても指示を仰がねばならない。どちらにしろセゴナに戻る必要があった。
「大変長らく鎮守府を離れていて、申し訳ありません」
「はは、いいですって別に」
休憩時間を見計らい、私室で僅かな休息に身体を預けている、期間限定だった同僚に謝罪を入れる。
大きな戦力として数えられたジュは、結局はほとんどの時を別の場所で過ごしていたため、まともに責務を果たせていなかった。
それなのに同僚はへこへこしているジュを笑って許してくれる。その心遣いが有りがたく、また、余計に申し訳なさを覚えてしまう。
「でもそうは言いますがクコニさん。大変だったでしょう?」
「いえ。心強い……あまりにも強すぎる助っ人が来てくれましたので。随分楽でしたよ」
「まあ。そんな方がいまして? 私もそれなりに医師とは面識あるつもりですが、鎮守府に来られるような方がいたとは知りませんでした」
同僚は椅子から立ち上がったかと思うと、膝を床につけ、両手を胸の前で当てた。
「この方です。ニムなら分かるでしょう?」
「……ええ、まあ」
分からないはずがない。ジュは、ニムを職業としているのだから。
「挨拶をしてきたらどうでしょうか。それとも、ニムをしているからには四六時中、そのお姿を拝見なさって?」
「いえ、あくまでもニムにとっての理想像なので、本人公認の存在ではないんです、ニムって。……むしろ本人としては、嫌ってすらいるようで。ですから会ったことがあるとすれば、それは公私の私で、なんですよ」
「でもどのくらいの期間、我らが同僚となってくれるかはミナヤ様が決めなさることなので、もしかしたら数時間後には別の仕事で去ってしまうかもしれませんよ?」
それもそうか。どうもあの我がままな神様に振り回されているみたいであったし、いつ居なくなるか分からないならば。
「……ごめんなさい、謁見してきます」
「私のことは本当に気にしないで。だって、あなたはまた勅令が下されるのですから」
「……? 先日まで勅令で村の警備を任されていたのに、またすぐに?」
「行けば分かります。行ってらっしゃい」
いまいち要領を得ない。同僚もニコニコしているだけ。
すぐに解決できる疑問を投げっぱなしにするのも気持ちが悪く、謝罪を済ませたからには、さっさと仕事場へ戻る。
幾百もの兵士が静かに眠っている安置所に、死後の世界へ牽引する死神と錯覚してしまいそうな、黒いツーピースを身に纏った女性。
しかしジュが死神を連想したのとは対称的に、その女性はジュが十人存在したって達成できない速度で、兵士たちの心の治療を施していく。
この方のことだからさぞ適当にやってるんだろうな、と自身の抱いた思いを否定したいジュは、治癒された兵士の心を覗く。
……まあなんと綺麗な包帯の巻き方をするものか。なるほど、これは勉強になる。
「あなたにお伝えすることがあります」
「うわぁ!」
突然女性は目の前に現れた。……というよりも、先にジュの目の前に移動してから向こう側にいる女性が消えた、としか見えなかった。当然のように、魔の残滓は感じ取れない。
(ざ、残像……さすがはニムナ様……)
この人にとってごくごく普通の移動法なのか。目視しているとこうなる、と。なんというか、有り得ない。
「ジュ=ヤミ。ミナヤからの伝言です。『例の麻薬汚染された男は助かった』
よかった。流石はミナヤ。人の生はきっちりと助ける。
ずっと心を引かれていた。鎮守府で救命に当たっている医師が全力で死人が出ないように尽力している中、ジュの気の緩みで人死にを出してしまったかもしれなかった。
それは記録に泥を塗った、のような利己的な感情ではなく、もっと純粋な、人を助けたい、という奉仕の精神から。
「それと、『この男を背負って里へ帰れ』とのこと」
ジュが胸を撫で下ろしているのを無視し、ニムナは続ける。
人一人が入れそうな、下手をすると棺桶のようにも見えてしまう箱を、ニムナは開ける。
そこにいるのは――。
「傷はありません。どうせミナヤのことですから、恰好をつけて最後の一撃を峰打ちで済ませたのでしょう。ただし、鉄の棒で殴るのとなんら変わらない衝撃は喰らったでしょうが。ミナヤの持っているあの【刀】は本当にただの【刀】ですからしばらく安置が必要です」
「……こうしているとまるで、死んでしまったみたいです」
「ある意味間違っていません。ミナヤに斬られた瞬間、モヴィ・マクカ・ウィの軍務大臣は死んだようなものです。ここにいるのは、その軍務大臣が使っていた身体の残り滓。このカスが。まったく、使えない。またミナヤを殺せなかった。こうなってしまったらもう興味がない。……ああ、ミナヤがこれを使わせるようにと言っていましたね。渡しておきます」
ニムナは手の内から、四角い板を取り出す。
地面に置くと見る間に膨らみ、目の前にある箱を載せられるぐらいの台車となった。
「自走車。目的地を口頭で入力すれば、あとは勝手に辿り着いてくれるという、ミナヤの発明品。足で歩かなければならない下等生物にはお似合いの代物。どう使うかは貴方に任せます。それと、ジュ=ヤミ。おかげで森は失わされずに済みました。下種たる人間のエゴイズムによって、この親愛なる地球に傷をつけるなどという、無知蒙昧な輩はやはり須らく死すべきですから。では」
ミナヤと違い、ニムナは必要以上の会話を好まない。
必要なことだけを言うと、自らに課せられた職務を真っ当するため、ジュの目指す神様は、兵士をわざわざ、一人一人起こしては出身地を聴いていく。そうして希望の地へ瞬間的に移動させる。
そこには、世界を滅ぼさんとした者の姿は見えなかった。
「……ミナヤ様、ニムナ様。ありがとうございます。これでようやく、わたしは十年来の目的を果たせます」
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