最終章 戦争勝利、戦争敗北▼1

「どうしちゃったの、これ」

 真夜中、やけに外が騒々しいことに気が付いたジュは両親を呼ぶ。

 しかし返事はない。

 夜に出歩くのは子供心にとても怖いが、それ以上に、この村に充満する悪の匂いともいうべきものを感じ取っては、呑気に眠り続けることも叶わない。

 そして外に出た瞬間に鼻をつくは、熱さを伴なった、焦げた匂い。

「なんなの……これ……」

 ニヅ畑の方面から炎が立ち上っている。そちらの方から大人たちの喧騒も聞こえる。引きつけられるように、ジュは火へ向かって走り出した。

「お父さんお母さんお祖父ちゃん! どういうことなのこれ!? 聞いてないよ!!」

 長老である祖父を中心に、村の大人たちが、男も女も関係なく、もはや泣きたそうになっている風貌で、ニヅを焼いている火を傍観する。

「どうしようもない事なんじゃよ、ヤミ。ワシたちは、やってはいけないことをしていた。これは報い。子供は、眠っていればいい。それで全てが終わる」

「――何を言っているのお祖父ちゃんは。私は、そんな言葉が欲しいんじゃない」

 ジュの思惑を、わざとはぐらかすかのように、両親は無言でジュの頭を撫でる。

「父さんたちは、人のためだと思って、ずっとニヅを育ててきた。けれど、違うんだよそれは。騙されていたんだ、この村人たちは。くそ、王族め。この村に、人を廃人にさせる手伝いをさせていただなんて……」

 お父さんは何を怒っているの? いくら訊こうが、答えてくれる者はいない。

「……男って、こういう時に羨ましくなるわ。私ではこれ以上、悲しくならない」

 お母さんはどうして寂しい顔をしながら、わたしの頭を優しく、だけどそんなに悲しみを我慢している手で撫でるの?

 分からない、分からない。

 恐慌に陥ったジュが頼りたくなる相手は、両親以上に、あの少年一人しかいない。

 それだというのに。

「……イサちゃんは? イサちゃんはどこなの?」

 いるとすればこの辺りにいるはずなのに。

 ジュの大好きな、シャの姿がない。

「……さあ。分からないわ」

 母は首を傾げる。嘘を言っているのではなく、本心から。ジュには分かる。

「お祖父ちゃんは……? お父さんは? おじさん、おばさん!」

 誰でもいい。せめて、せめてこれだけは。

 なのにジュの願望は、大人たちが首を横に振ることで、呆気なく崩される。

「わたし、イサちゃんを探してくるから!」

 こうなっては居ても立ってもいられない。親の制止も聞かずに走り出す。

 本気を出せば下手な大人よりも足の早いジュは、ここぞとばかりにその本性を現す。

「はあ……はあ……」

 しかしどこに行ってもシャが見つからない。家には当然いないし、シャがいそうな場所はほぼ探した。

 あと、残る場所はといえば。

 ジュは走る。

「そこに居て、イサちゃん、どこかへ行かないで」

 ――そしてジュは悲しみに明け暮れることになった。

 いつもの場所にも、シャ=イサの姿はない。

 絶望。

 ジュ=ヤミという人間から、シャ=イサという人間を引いてしまった時。

 残されるものなど、なにもない。

 大人が来るまで、ジュはただそこに膝を付いていた。

 その大人たちで、まず一番最初にジュを見つけたのは。

「ジュ=ヤミ」

 白い鎧を身に纏った、金髪の女。

「……誰、なの?」

 半身以上を引き裂かれたジュの声には、すでに生気など宿っていない。

「妾はそなたに願いがある。聴き届けてくれれば、シャ=イサは真に男となれよう。セゴナ人でない者が覚醒する。可能となるかどうかは、そなたの小さな双肩にかかっている。ジュ=ヤミよ。シャ=イサが一人立ちをして偉大な男となるその瞬間を、シャ=イサの隣で、見ていたくはないか?」

「…………」

 森の障壁はどうした。それ以前に、どうしてこの村で魔を使っている。

 ――このような疑問を、どうしてかジュは抱かなかった。

「シャ=イサの覚醒を目視したくば、もう一度言うが、我が国へ来い」

 この人は、嘘をつかない。

 信じても、大丈夫。


 後日、沈静化した村で、ジュは大人たちの口から全ての真相を明かされた。

 どうしてこの火事が起きたのか。

 どうしてシャがいなくなったのか。

「……本当に、セゴナへ行くの?」

 母がもともとセゴナ人だということもあって、友人の伝手を頼り、ジュは一人、セゴナへ留学をすることになった。

 セゴナがどんな国かは分かっている。だからと言って、まだ幼いジュがたった一人で外国へ行くのだ。心配にならない親がどこにいる。

「私はイサちゃんのお嫁さんだもん。イサちゃんのためになることなら、喜んで協力するよ。セゴナで一杯勉強して、イサちゃんがどきっとするぐらい、ぐっと良い女になって、私のことを心から好きになってもらうんだから。今はその、あれだよ。倦怠期」

 ジュの決意は変わらない。全てを知って、そして自身がミナヤに利用されていることを理解して尚、シャへの想いをより頑強に固めている。

 そうしてセゴナへ来て、義務教育を受け、シャに相応しい力が備わったかの腕試しにニム試験を受け、どうしてか受かってしまい、さらに磨きを掛けること十年。

 長いようで、しかしそれほど密度は感じない日々であった。

 全てはシャ=イサと再び故郷の地を踏むために。

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