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 休憩混じりの雑談を終え、枝をぱきりと折りながら歩いていると、明らかに空気が変わる刹那があった。

「――魔が充満してる。なに、これ」

「ナビゼキがこれまで発見されなかった理由ですわ」

 障壁。

 近くにいるだけで、跪きたくなるようなこの圧迫感。

 魔を知覚できない男であろうとも、ここに来れば魔というものを感じざるをえない。

「入れる気がしないんだけど」

 車で揺られている以上に顔を青くしているミイ。

 それでも気丈な振りをして、こんこんと気軽に壁をノックするように、魔で造られている障壁を叩く。

 物理的にそこに存在しているわけではないので、あくまでもジェスチャー。それがいかにも、本当に壁があるようだった。無駄にジェスチャーが上手い。

「それはもちろん。この障壁の働きは『内から外、外から内の両方とも、突破するにはジュ家に伝わる共創魔が必要』と伝えられていますから。神様とでも呼ばれる女性でない限りは、無理矢理突破を試みても、足を踏み入れるだけでお腹がぐーぐーなるでしょうね」

「最後の余計な一言のせいでいまいち凄さが伝わらない……」

「それだけ、身体にある全ての力を失わせるってことですわ」

「だったらそんなもん、どうやって突破するの。私たちも蜂の巣じゃん」

「こうするのですわ」

 拳を作り、前へ突き出す。

「……それだけ?」

「それだけなのです。時間は掛かりますけれどね。襲撃がきたら、守ってくださいね」

 この村で産まれた、村長の血筋の女だけが使える、魔力がなくても使える共創魔。

 現在では、世界中を探してもジュか、ジュの母親しか使うことができない魔。

 この年になって、ようやく身体を蝕ませずに使うことができる。

 障壁が、ジュとミイの二人だけが通れるだけに薄まるまで、ジュはしくしくと涙を流す。

「うう、どうしてわたくしは、こんな女と」

「私じゃ不満かい」

「わたくしことジュ=ヤミは、恋に生きる生物なのですわ。知らなかったのですか?」

 分かってはいる。

 ジュがここでナビゼキに帰ることがなかったら、シャは全く知らないうちに、自らの故郷を滅ぼしていたことだろう。

 それに気が付いた時、どれほどの罪悪感に身を包むことになるのか。

 それを密かに防ぐための、今回の行軍なのだ。

 だからといって、シャと共に帰ってこれる日を心待ちにしていたのに、実際はミイとだなんて。割り切れない。

「はいはい。これからはニムになること。懐かしいのは理解するけど、仕事のが重要」

「はいはい。これからはニムになります。懐かしいのは本当ですけど、仕事のが重要です」

 ほんの一拍ほど遅らせ、ミイがどこかのニム長のようなことを言うのに輪唱させる。見事に被せられたミイは、むっとした顔をする。

「なら、さっさと村で一番偉い人に話でも私を通しんさい。私はこの村まで知ってるわけじゃないんだし、ヤミが先導してよ」

「了承ですわ。……と、その前に、ナビゼキでは当然ですが、方言があるとはいえモヴィ・マクカ・ウィ語を使うので。錆びついてませんわね?」

「何年姫をしてきたと思ってるの」

 ジュは頭に人差指を置き、ううんと唸る。流石に意識しないと言語を切り替えられない。

 そういえば、とジュは思う。

 出会った時からセゴナ語でのみ会話をしてきたので、同じ国の人間でありながら、相手がどんな母国語でどんな口調で話すかすら知らない。

『うん、こんな感じ。クイ、ちゃんと話せる? もしかして忘れてるってこと、ないよね?』

『ええ。問題なく話せますわ、ヤミ。それにしても、まるでいつも使っているように自然と口に出るものですよね』

『私ならともかく、クイが覚えてないってなると、折角の良い点が台無しだよ』

『あら? ヤミはわたくしのいいところは、記憶力だけと言うのですか?』

『ごめんね、怪力があったことを忘れてたよ』

『まだその話しを繰り返しますの?』

「…………」

「…………」

 何故かここにあるのに存在しない鏡は、向こうと違う容姿になってしまうようだ。表情は全く同じだというのに。

 双方の目の前にいる女は、眉を限界まで寄せることを競っていた。

「……なんか、突きつけられたくない現実を知った気分になったのですが」

「……同感。なんでだろうね」

 相手に確認も取らず、セゴナ語に戻す二人。

 村人と話すならモヴィ・マクカ・ウィ語で、二人が話すのはセゴナ語。

 言葉にしなくとも心で通じ合うことができた二人だった。

 こうしてまた二人は友、もとい敵としての秘密を共有する。

 そうこうやり取りしているうちに、ナビゼキへ通じる穴が開通する。

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