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 ――まだジュがニムになって間もない頃。ミイのことを苗字で呼んでいた当時。

 城の訓練場で、ミイから護身術を学んでいた。

「ところでミイさん。わたし、よく分からないことがあるんです」

「ええと、何が?」

「魔と技の対立のことです」

「それがどうしたの?」

「だってほら、今や技は、『銃』なるものを開発したのでしょう? 引金を引くと、目にも止まらぬ速さで相手に辿り着くと訊きます。それほど威力のあるものですのに、どうしてまだ魔と技は対立しているのです? 時代が進めば進むほど、技が優勢になりそうなものですが」

「あー、一般人ってそんな程度の知識しかないんだよねえ」

 ジュは戦争については詳しくない。というより、セゴナ人は皆そんな感じだ。

「軍事関係をかじればそんな誤解はすぐなくなるんだけど。……んと、それはね」

 ミイは人差指で額に触れた後、少し悩む顔をして、直後に無表情になる。

 カァンと、辺り一帯に赤色の陽炎が纏う。

 どことなく、ナビゼキの頃に見た、ニヅ畑が燃え盛っていた夜を思い出した。

「『独創魔』と『共創魔』があるのは知ってるでしょ。女であらば、修行さえすれば誰でも共有できるようになる『共創魔』。修得できるかできないかはその人の才能と努力によるところが大きい。それとは別に、世界で一人しか使えない『独創魔』。どれだけ憧れ、修得したくとも、絶対に他人が修得することはできない。この二つがある。普段の生活だと面倒くさいから『魔』で統一しちゃうけど」

「ええ。当然知っています。わたしもセゴナの義務教育は受けましたから」

「受けてない私に喧嘩売ってんのかコラ。……で、この共創魔の中に、特定の範囲内にいる人間は、所持している物体が身体から離れた瞬間に力を失う、っていう魔があるの。その名も、【離力失】。修得するのは難しいけどね。でも覚えると効果は絶大」

「そのまんまな名前ですね」

「単純こそ至高。無駄を限界まで省いたものって、大概は美しいよ」

 ふうとミイが息を一つ吐くと、瞬時に青い円陣が地に描かれる。ジュも円陣の内側。

 心なしか、周囲の空気に色がついたように感じる。

 一歩でも円陣の外へ出ると、その違和感もなくなる。

 この空間は目に見えておかしい。

 ジュの反応で成功を確認したミイは、脚元にある手頃な大きさの石を、ジュに向けて試しに投げてきた。しかし石はミイの手から離れたと同時に、石は真下に落ちる。所在なさげに石はころころと悲しげに転がり、ミイの足に当たることで止まった。

「ほらね。私は今、確かに石を投げたのに」

 ジュも試してみる。最近教わっている最中の、腕だけを動かすことで、余分な力を使わない投法。

 投げる感触はいつも通りであったが、手と石が生き別れとなったその時、石は飛ぶことを諦めた。かつんかつんと跳ねることすらなく地を這う。

「これと同じことが、他の武器でも言えるの」

 ミイは大気を捻じ曲げ、窒素の弓矢を形成する。キリキリと弦を引き、矢を放つ。矢は直進することなく、垂直に落下。地面に落ちる間に矢は空気へと還元していく。

「物理的である石だけでなく、精神的である魔で作った矢ですら、この法則からは逃れられない。この離力失の範囲において、いかなる遠距離武器も意味を成せない。しかも、独創魔ならともかく共創魔だからね。修得さえできれば誰でも使うことができちゃう。集団戦なら、一人ぐらいは使えるやつがいるだろうね。そうなるとさ、一対一ならともかく、戦争という規模になれば、遠距離武器は使えない。この状態で、それでも戦いを成立させたいなら、どうすればいいと思う?」

「直接持っている何かしらで攻撃しなければいけない、ですか」

「その通り。だから未だに、剣や槍で戦わざるをえないの。さっきジュさんが言ってた銃は、あれは男同士でのみに通用する。ま、離力失以前に、現代の銃程度の威力じゃ各々の魔で対応可能だけど」

「はあ……よくできているのですね。そう上手くもいかないものです」

「女が戦場に立たず、男だけが戦う世界があれば、それこそ大量殺戮兵器が出てこれるんだろうけどね。セゴナほどなら今の技でもそれが十分可能だと思うよ。専守防衛だから絶対にやらないのは分かってるけど、ちょっと勿体ない気もする。あ、これは私の意見ね」

 想像してみる。魔の存在しない戦いを。

 魔がなければ女なんて腕力というだけでも戦闘には向かない。となると、男だけが戦場にいるのだろう。剣や銃を持ち、相手を倒す。はたまた、肉眼では見えないような、とても遠い場所にすら届くような武器を開発するのかもしれない。

「ついでに教授してあげよう。この離力失って、もともと独創魔だったんだ。その昔、この魔を使っていた女性がいたの。それを戦略として利用しようとした女性が、それを参考に共創魔として広めた。本来なら独創魔は、共創魔には絶対に出来ない。奇跡にも近い業績。そんな人の枠を外れたとしか思えないほどのことを成し遂げた人って、誰だと思う?」

 人の枠を超えた人間。

 平凡なヒトどもは、それを神と呼ぶ。

 そして、セゴナにはそれだけの力を持つ神が、三人いる。その中で、戦いを好む神は。

「ニムナ=クロックと言いたいのですか」

「ぴんぽん。正解。私たちの憧れ、ニムナ様なんだよ。ミナヤ様とニムナ様は、神話と呼ばれる時代、争いあったの。その結果、ミナヤ様は勝利し、ニムナ様を配下とした。ニムナ様は服従を誓った……わけではなく、今でも反旗を翻す好機を待っているのだとか。まあそんな方だから、もともと物凄く強いし、好戦的なんだよね」

 ミナヤは、そんな危険なニムナを配下とすることで、間近で監視している。

「私はせいぜいこの中庭の範囲ぐらいしか離力失で覆えないんだけど、ニムナ様とくれば、全世界をイケるほどなんだって。本当か嘘かは眉唾だけど、まあ嘘だったら男はここまで女に勝てなかっただろうし、本当なんじゃない?」

 大した戦力を持たぬ男が、短期間で女を制圧できた理由。それは、ニムナが技を発明し、本人は魔によって男をサポートしつつ、大暴れ。

「当時、女は近距離では絶対に戦わなかったみたい。相手の目に触れない所で、あくまでも内密に攻撃を加える。……今風に言えば、『呪い』ってところかなあ」

「怨念で相手を殺すのですか。それはさぞ、ギスギスした人間関係が作れそうですね」

「そう、それ。どうもそのころの女は、いざ戦いだーって段になると、協調しあうことがなかったらしいよ。まあ現代でも、私たちの祖国はそうなんだけど」

 ジュは自分の趣味、エス小説を思い出す。

 いつの時代だって、物語として成立できるのは、現実では起こり得ないであろう出来事だ。エス小説は、女と女の愛情を描く。だが、女は敵同士でしかない。絶対に相いれない存在だからこそ、そんな二人が愛し合うことに意味が生ずる。

「だから女は基本的に孤立してた。助け合うっていう考えが最初っからなかったの。こちらは一人。なのに、対するニムナ様率いる男たちは集団を組んだ。本来ならそれでも男が負けるんだけどね。一人の女に勝つには、百人の男が必要って言われてる」

 それほど、魔というものは強力なのだ。

「でも離力失のせいで、女は慣れない近距離・集団戦法を取らなくてはいけなくなった。ニムナ様も巧妙だよね。だってさ、私たちだって魔を使わないで男と戦えって言われても、無理じゃんそんなの。身体を使う護身術は会得してるけど、それでもやっぱ不安。ある程度の対策を持っていてもこれなんだからさ」

 一つのことに頼りっきりの人間が、ある日突然、その一つを失うことで、結果的に全てを手放さなくてはいけなくなったら。

「敵は男よりも、むしろ女だったらしいね。内輪揉めが始まった。なりふりなんて構ってられない。自分が生き残るには、目に移る者全てを排除しなければ。そうやって、戦火は止めどなく拡大していった。……でもね、争いを好まない人も当然ながらにいた。男にも、女にもね。そういった人を取り纏める人がでてきた。十万五十七人いたその男女を、大きなお城で守った。それが後のセゴナ」

「なるほど」

 絶望的な世の中。現れた一筋の光。

 セゴナで神様と呼ばれてしまうだけのことはある。

「ミナヤ様は、ニムナ様と戦った。不老不死である二人は、それ以前からずっと戦い続けていたらしいけど。まあ、記録に残る上では、最初で最後の公な闘い」

 しかし、ミナヤとニムナの戦いが終わり、それで争いが治まったかというと、そういうわけでもない。ミナヤはニムナを押さえ込むだけで精一杯だった。その間に、人間は勝手に世界を荒らしまわり、このような混沌となってしまった。

「結局人間っていうのはさ、戦いが好きなんだよ本質的に。動物のままなの。傷を付け合わないと気が済まない。争いを止めようとするミナヤ様に、反抗する人間の方が多かったわけ。今もセゴナの外では度々戦争が行われているのは、そういう面もある」

「でも、純粋なセゴナ人は、動物とは言えませんが」

「長い時を経て、ミナヤ様はセゴナ人に愛情を降り注いだから牙が取れたんだって、考えもある。だからセゴナ人は、そういった意味ではもはや、ヒトではない。『人間』という、進化した生き物。私たちはモヴィ人だから、その感覚は一生理解できないんだけど――って、そんなことで逃げようとすな。ここまでずっと解説し続けた私も私だけど」

「ちっ、ばれてしまいました」

 気をつけろ。女は急に、黙れない。

 どこかのエス小説でそんなことが書いてあった。

「ほんっと、良い度胸してるよ、ジュさんは」

「ふふ。褒め言葉として受け取っておきます、……でもどうせなら、わたしたちの代でニムの護衛術を実戦で実践することなんて、ない方が嬉しいですよね」

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